第8話 石橋駅

――向かう裕政の姿があった。


 記憶の世界から解き放たれた彼の背には、“祈剣の舞”の風がまだ微かに残っていた。まるで彼の歩みを後押しするかのように。


 石橋駅へ向かう東北本線の列車の中、裕政は窓際の席に座り、車窓から流れる田園風景を眺めていた。懐かしさと、新たな決意が胸に入り混じる。手にはまだ“踊る剣”が残っており、鞘に納められたまま、重みだけが静かに彼に語りかけていた。


 石橋駅に近づくにつれ、空気が変わった。列車の窓越しに見える空は、どこか揺らいでおり、風景の輪郭が不自然に歪んでいる。まるで現実と記憶、過去と未来が溶け合う境界のようだった。


 駅に到着すると、すでに誰かが彼を待っていた。


 ――それは、白装束に身を包んだ少女、アカリだった。


 「ようやく来たね、裕政さん。六の舞を取り戻した今、あなたは“封印の儀”を成せる存在となった。でも……まだ試練は終わっていない」


 アカリの背後には、古びた石の鳥居があり、その奥に続く参道の向こうから、黒い霧が立ち昇っていた。その中心にいるのは――“影の舞手”カミヌマの真なる姿、“影喰らいの王”だった。


 「お前の記憶だけでは足りなかった。だから、俺は“他者の記憶”も食らう。石橋の地は、最初の封印が行われた場所。ここを奪えば、すべての舞は無に還る!」


 黒き霧の中から、無数の亡霊が立ち上がる。それはかつて剣に敗れた者たち、そして舞を恐れて捨てた者たちの怨念だった。


 裕政は一歩踏み出し、アカリの前に立つ。


 「“祈り”がある限り、舞は滅びない。俺は、俺たちは、恐れに打ち勝つために舞うんだ」


 剣が風を切り、彼の周囲に六つの残像が舞い降りる。それは失われた舞を繋ぐ者たち――歴代の剣舞の継承者たちの幻影だった。


 


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