第9話 自治医大駅

 裕政の足元に、剣舞の六つの残像が静かに並ぶ。過去の継承者たちは無言のまま頷き、彼の背を支える風となって霧を裂いた。


 「アカリ、自治医大駅までは……」


 「ええ。そこに、最後の封印が眠ってる。カミヌマが狙っている“核”……“命の舞”の源よ」


 裕政は頷き、再び列車に乗り込む。石橋から自治医大へ向かう短い旅路。だが、そのわずかな時間が、彼にとっての永遠のように感じられた。


 列車が動き出すと、外の景色はますます異様さを増していた。風景の色彩が抜け落ち、モノクロの世界が広がる。まるで世界そのものが記憶の渦に飲まれているかのようだった。


 「――近づいてる。カミヌマが、“記憶の舞域”を広げ始めてるのね」


 アカリが呟いたと同時に、車内の空気がピリリと引き締まる。乗客は一人もおらず、まるで彼らのためだけに時間が止まっているようだった。


 裕政は静かに立ち上がり、“踊る剣”の柄に手を添える。


 「この剣に宿る舞と共に、最後まで行く」


 やがて列車が自治医大駅に滑り込む――だがそこに駅の姿はなかった。


 代わりに広がっていたのは、かつて病が蔓延した村の記憶。朽ちた祠、咳き込み倒れる人々、そして、祈りによって封じられた“命の舞”の始まりの光景。


 その中心に、黒衣の王・カミヌマが現れる。


 「来たか、舞の継承者よ。だが遅かった。この地の記憶はすでに“終末の律”に染まった!」


 空が裂け、巨大な影が降り立つ。それはかつて舞を否定し、命を奪った存在――“舞喰い”そのものだった。


 アカリは裕政の隣に立ち、白装束の袖を広げた。


 「舞を……始めましょう。命を繋ぐために!」


 裕政は剣を振り上げた。空に描かれる円舞。六つの舞が一つに溶け合い、最後の“終焉の舞”が幕を開ける。


 風が吠え、剣が歌い、過去と未来が交錯する。


 それは、すべてを救うための、たった一度きりの祈りだった――。



---


 裕政の前に黒衣の王・カミヌマが静かに歩を進めてくる。彼の足元には、黒い羽毛のようなものが舞い散っていた。それは“舞喰い”の残滓か、あるいは――異界からの兆しか。


 アカリの瞳が鋭く光る。


 「……毛羽毛現けうけげんが近くにいる。あれは、死と病の象徴。舞の気配に惹かれて、古の封印から這い出てきたわ」


 その言葉通り、駅の幻影の奥、廃墟となった診療所の影から、もぞりと異形が姿を現す。全身を不気味な長い毛で覆われた、毛羽毛現。その赤い目がアカリと裕政を射抜き、笑った。


 「舞い踊るか……この地の記憶と共に」


 カミヌマが片手を上げると、空間が歪む。記憶の舞域がさらに広がり、時間さえも歪んだ。数百年前の疫病の記憶と、今の戦場が交差する異空間。人々の悲鳴、祈り、絶望――それらすべてが風となり、裕政に襲いかかる。


 しかし、裕政の剣がひと振りされるたびに、その記憶が静かに浄化されていく。六つの継承者の舞――それぞれの型が今、彼の身体に宿っていた。


 「“命の舞”は、記憶に沈むものではない。今を生きる者の中で、未来に受け継がれていくんだ!」


 裕政の足元から、光の円が広がる。その光に触れた毛羽毛現が、一瞬だけ怯え、後退る。だが、すぐに再び前へとにじり寄る。カミヌマが口元を歪めた。


 「ならば、命の価値を見せてみよ。お前の舞で、あの“毛羽毛現”を超える力を!」


 その瞬間、毛羽毛現が飛びかかった。巨大な体躯とは裏腹に、動きは風のように速く、無数の毛が鞭のように襲いかかる。アカリが舞を解き、結界を張る。アカリは魔力を使い過ぎたのか、よろよろしてる。


 「ここから先は、あなたの舞――!」


 裕政は飛び上がり、空中で一回転しながら剣を振るった。光が弧を描き、毛羽毛現の身体に命中する。断末魔の叫びと共に、異形は霧のように崩れていった。


 だが、次の瞬間、カミヌマの身体が宙に浮かぶ。そして、その背後から無数の黒い“手”が伸びる。かつて命を奪われ、舞を否定された人々の記憶の残響だ。


 「さあ、継承者よ。真の“終焉”を、ここで示してみせろ!」


 裕政は剣を握り直した。




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