第7話 雀宮
裕政の前に現れた“影の舞手”カミヌマの幻影は、静かに歩み寄り、霊堂の中央に立った。空白だった台座に黒き剣が浮かび上がり、それを手に取るや否や、空間にひび割れが走った。
剣と剣が交差する寸前、ナディアが叫ぶ。
「裕政さん、待って! この空間は“記憶の庭”……剣を交わせば、過去に引きずり込まれる!」
だがその言葉より早く、二振の剣が激突した。光と闇が渦を巻き、裕政とカミヌマの姿は、一瞬にして消えた――。
目を覚ますと、そこは昭和末期の雀宮だった。
木造の駅舎と瓦屋根の並ぶ町並み。裕政の前に広がるのは、戦後の面影を色濃く残す風景。踏切の音とともに、遠くに東北本線の列車が通り過ぎる。
だが、それはただの過去ではなかった。
「ここは……俺の“記憶”か?」
裕政の胸に、懐かしい痛みが走った。幼いころ、両親と暮らしていた町。剣舞など知らず、ただ平凡な日々を過ごしていた時代。
すると、かつての自分――少年の裕政が、道端で木の棒を振って遊んでいる姿が見えた。だがその後ろに、カミヌマが静かに現れる。
「記憶は剣に宿る。そして、お前の剣には“抜け落ちた時間”がある。お前は一度、舞を捨てたのだ。忘れたか?」
カミヌマの言葉が、剣のように突き刺さる。
裕政はかつて、両親の死をきっかけに、剣と向き合うことを拒み、すべての舞を忘れた。雀宮のこの町こそが、彼の“喪失の地”だったのだ。
その時、少年の裕政がふとこちらを向き、こう呟く。
「剣は怖いよ。でも、守れるなら……踊ってもいいの?」
その言葉に、裕政の心の奥が震える。
「……ああ、怖くてもいい。舞は戦いじゃない。思い出と向き合うための“祈り”だ」
次の瞬間、少年と現在の裕政の意識が重なり、“踊る剣”が光を帯びる。
記憶の雀宮に、風が吹いた。失われた六の舞――“祈剣の舞”が、ふたたび甦る。
カミヌマが驚愕の表情を浮かべる。
「……この風は……まさか!」
裕政が剣を構える。
「お前が封じたものは、もう戻ってきた。“響き”は、俺たちの中にある!」
光が雀宮の空を覆い、記憶の世界が音とともに砕け散った――。
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