第4話 砂の王と踊る剣

 カルタゴ――古代フェニキア人が築いたその都の遺跡は、赤く染まる夕陽の中、黙して語らぬ巨石と化していた。

 裕政は市場の喧騒を抜け、地下神殿の入り口に立っていた。案内人は若き女性考古学者ナディア。かつてこの地を統べた「砂の王」ネムールの霊廟が、地下に隠されているという。


 「その双刃“踊る剣”は、殺すための刃ではない。重ね合う刃の律動で、戦場を踊り場へ変える――と伝えられています」


 神殿の奥へ進むうち、裕政は奇妙な模様の浮彫を見つけた。氷晶に似た文様。その脇に、フェニキア文字でこう記されていた。


 > “踊る剣を手にする者よ、かの島の記憶を忘るるなかれ――カフェクルベン”


 「カフェクルベン……」

 裕政は小声で繰り返した。

 それはかつて、彼が北極航路を進んでいた時に、一夜だけ立ち寄った孤島の名だった。

 グリーンランドの西岸、地図にもほとんど載らぬその島で、裕政は**“幻の剣匠”ヴェルグ”**と名乗る男に出会った。凍土に咲く焚き火の中で、男はこう言っていた。


 「炎が砂となり、砂が剣となる。それが世界の輪廻よ」


 ヴェルグは裕政に、黒曜石の小片を託した。

 「必要な時に、これを炎にかざせ。“踊る剣”の心が見える」


 ――そして今、その時が来た。

 霊廟の最奥。砂に埋もれた台座に、二枚の刃が交差した奇妙な剣が横たわっていた。黒曜石を取り出し、松明の火にかざすと、空気が震えた。踊る剣が、砂とともに目を覚ましたのだ。


 その瞬間、砂の嵐が霊廟に吹き荒れる。現れたのは、黄金の仮面を被った亡霊――砂の王ネムール。

 彼はかつて、世界の終焉を防ぐために、踊る剣を封じたという。


 「お前に問う、旅人よ。剣は誰かを殺すためにあるのか、救うためにあるのか」


 裕政は、ブリムスカルヴの冷気とサテの焚き火を思い出しながら、答えた。


 「剣は――命を忘れないためにある。過去を刻み、未来へ繋ぐための記憶だ」


 ネムールは静かにうなずき、砂となって消えた。


 踊る剣は、音もなく裕政の手の中で微笑んだ。

 砂嵐の中、遠くカフェクルベン島の焚き火の残り香が、ふと風に乗って漂った。



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