40匹目 傷心の日にはまったり釣りでも
「落ちたかなぁ」
フィオは川に釣り糸を垂らしつつ、しみじみと呟いた。
三日間の試験を終えて、あとは試験の結果を待つのみ。ただ待つのもつまらないので、以前話題にあがった川を探した。もう試験も終わったのでネッラの反対もない。むしろネッラが探すのを手伝ってくれたので、すぐに川はみつかった。名前はよくわからないけれど、これだけ大きな川ならば何かしら名前があるだろう。
小雨が少し降っていて川はかるく荒れている。こういう日の方が魚はよく釣れる。水が濁っているから針が見えにくいのだとかトンマ爺が言っていたけれど、理由は知らない。魚は水中で目が見えているのかもよくわからない。目がついているんだから見えているんだろうけれど。
「受かってますよ、きっと」
ネッラが後ろに立っている。フィオと同じようにフード付きのコートを着て、小雨の中、フィオの釣り姿を見守っていた。
「あんなに勉強したじゃありませんか」
「したね。したけれど、ぜんぜんわかんなかったわ。ここ、勉強したけど思い出せないな、ってとこより、勉強した覚えもないんだけど、ってとこの方が多かったわ」
「まぁ、時間ありませんでしたからね。相当ヤマを張りましたし」
「さすが魔法学院、思いつきで入れるほどあまくなかったわね」
「思いつきだったんですか?」
「ん? いや、昔から。昔からの夢だったの」
「まぁ、知ってましたけどね、お嬢様が思いつきで言っているの」
「え? 何で?」
「わかりますよ。何年お嬢様の御付きやっていると思っているんですか」
「じゃ、わかるでしょ。ぜんぜん筆記試験できなかったの。あんなにネッラに勉強見てもらったのに。ごめんね」
「大丈夫です。絶対に受かってます」
「そこはわかってくれないんだね」
ネッラが本気で言っているのか、慰めで言っているのかわかりかねた。テキトーに言っているだけかもしれない。その辺りの機微を感じ取る能力は、フィオに備わっていない。
「ところで、釣りをするのはいいのですが、もっと晴れた日にしませんか? 結果がどうであれ、しばらくこちらに滞在するのですし」
「ネッラ、釣り日和ってどんな日かわかる?」
「やっぱり適度に晴れた日じゃありませんか? でも、そう尋ねるということは、こういう小雨が降った日なんですかね。魚が釣りやすいとかあるんですか?」
「うーうん、どちらも違う。釣り日和ってのはね、釣りをしたいと思った日のことよ」
「……風邪を引く前に帰りましょうね」
早く帰りたそうである。ただ見ているだけではつまらないのだろう。だから、フィオはネッラにも釣りをするように言ったのだ。けれども、興味がないと断られた。釣りをするより、釣りをしているフィオを見ている方がおもしろいと。絶対にそんなことないと思うのだけれども、彼女の好きにさせている。
「ところでお嬢様、あのぐるぐる巻くやつは使わないんですか?」
「リールのこと? うん、今日はのべ浮き釣りの気分だから」
「違いがわかりませんが」
「説明してほしい?」
「いえ、別に」
「あ、そう」
「釣れてます?」
「ぜんぜん」
「お魚住んでいないんですかね」
「まぁ、こういう日もあるわよ」
そういえばネッラと一緒に釣りに来たのは初めてじゃないだろうか。長い付き合いであるが、基本は母からの御目付役。釣りをしていれば家に連れ戻すのが彼女の仕事であった。このようなモラトリアムでもなければ、一緒に釣りをする機会もなかっただろう。
「ねぇ、ネッラ。私が東方に嫁ぐことになってもついてきてくれる?」
「奥様次第ですね。私の雇用主は奥様ですので」
「そこはね、そういう手続きは横において応えるものじゃないの?」
「うーん、正直、東方地区は食事がおいしくないのであまり行きたくないですね」
「正直過ぎない? 少しは気遣ってほしいんだけど」
「いつも気遣っているじゃありませんか。今日だって筆記試験ぼろぼろで傷心しているだろうと思いまして、こうやって雨の中でも釣りにお付き合いしているんですから」
「私がね、ノンデリってよく言われるのはね、絶対にネッラの教育のせいだと思うの!」
ネッラは肩をすくめて見せた。フィオにとって姉のような存在であるこの女の影響は明らかだが、フィオはもう少し人に優しいと思う。
「まぁ、お嬢様が望むのならばついて行ってあげますよ」
「最初からそう言えばいいのに。いじわるなんだから」
「仕事ですからね」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「別にそんなつもりは、ん? 今、何か聞こえませんでしたか?」
「もう、ごまかさないでよ」
「いえ、そうではなく、ほら、あそこ、何か流れてきますよ」
「ん? 流木じゃないの?」
……
「「犬!?」」
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