第13話 龍兄弟
「将軍様だ……」
観衆の中にざわめきが走った。
「将軍様、万歳!」
一人の東和国民が叫ぶと他の者たちが追随する。
「万歳!……万歳!……」
(将軍様って……あの?)
(アマテラス、名前を忘れたのですね。
(そうそう、そうだった。龍完もバンパイアかしら? それにしてはしわくちゃだけど……)
(私はバンパイアではないと考えている)
(兄弟なのに、どうして?)
(権力者にとって、親族ほど脅威になる存在はない。まして龍完のような人望があっては……)
(取って代わる存在、ということね)
龍完は観衆に手を振って応えながら青コーナーに進み、グローブを外した美味しんボーイに右手を伸ばした。
無反応の美味しんボーイ。その両側で団長とグローブをぶら下げた寺岡がかしこまっている。
〖スサノオ、握手をしてやってはどうか?〗
【相手は軍人だ】
〖今のスサノオはお料理ロボット。愛想をふるまってやるのが得策だ〗
【それもそうだ】
美味しんボーイは折れた。龍完の手を握る。
『お会いできて光栄です。龍完閣下』
「料理の腕前は優れていると聞いていたが、ボクシングから礼儀まで。恐れ入った。我が国のロボット開発者は見習うべきところだ」
彼はそう言うと赤コーナーを振り返った。そこではメカニックたちが煙を上げるI-キングを懸命にリングから降ろしていた。
『I-キングは強敵でした』
「お世辞までできるのだな。参ったよ」
彼が笑った。年齢や立場に見合わない、人懐っこそうな笑みだった。
「さて……」彼は笑顔を消した。「……君のすばらしさを珍総裁にお見せしたいのだが」
『……』
「総裁に、ですか! それは素晴らしい!」
反応したのは団長だった。
「あなたは?」
「はい。流通小売業訪問団団長です。お見知りおきを」
「それはちょうどいい。聞いた通りです。明日、美味しんボーイを兄に見せていただけないものだろうか? できることなら、今回のような雄姿を」
「それは構いませんが。また、ボクシングを……?」
彼は赤コーナーで煙を上げているI-キングに目をやった。
「ボクシングは完敗でした。あれに勝るロボットはわが国には存在しない。ただ、タイミングが良いことに、明日、ロボットのフルマラソン大会が開かれるのです。我が国の伝統行事と言っても差し支えない。セレモニーには総裁も顔を出される……」
「それに参加しろと?」
団長は美味しんボーイの顔に目をやった。感情のない表情をしていた。
「我々にリベンジの機会をいただけないものかな?」
美味しんボーイを見る龍完の目に光が走った。
(ツクヨミ、これって、勝つまで勝負を続けるということ?)
(そのように取れますね。負けを認めたくないのでしょう)
(ねちっこい国民なのね)
(向こうから挑んでくれるのはありがたい。内部情報を得るチャンスがあるに違いません)
〖スサノオ、勝負を受けて。負けてもいいから〗
【戦うからには負けられない】
〖負けたふりをして撤退し、敵将をおびき寄せて生け捕りにする作戦〗
【了解】
『その挑戦、お受けしましょう』
美味しんボーイの返事に龍完が破顔した。
「それでこそ美味しんボーイだ」
彼は美味しんボーイの手を握って大きく振ると、「皆の衆、聞いたか!」と美味しんボーイがロボットマラソン大会に参加することを宣言した。
「これで逃げられなくなりましたね」
団長に話す寺岡の口元が笑っていた。彼もまた、美味しんボーイが東和民主共和国の高官たちと関りを持つことを歓迎していた。
翌朝、ホテルにリムジンが着いた。
「さすが将軍だな。待遇が違う」
団長が喜んで乗り込んだ。
「まあ、そうですが……」
寺岡が美琴を先に乗せた。
「さあ、美味しんボーイも乗りなさい。寺岡君も」
美琴たちを乗せたリムジンは30分ほどでロボットマラソンのスタート地点になる陸上競技場に着いた。かつてオリンピックに使用された場所だ。
グラウンドには30体ほどの人型ロボットとそのメカニックたちがそろっていた。I-キングと異なり、細身の軽そうなボディのロボットばかりだ。
(ランニングに特化したロボットですよね? スサノオ、勝てるかな?)
(スサノオにとっては、ボクシングよりマラソンの方が有利です。前回の優勝記録は2時間ジャスト)
(そうなの? もっと早そうに見えるけど……)
(軽量化と稼働時間はトレードオフの関係にある。結果、多くのチームはバッテリーを減らして途中交換を選択している)
(走りながらバッテリーを交換するの?)
(それでタイムロスが生まれる)
(スサノオは水を飲むだけだからタイムロスはない)
(勝てるのね?)
(理論上はそうだが、検討を要するところだ。私たちは選択を迫られている)
(どういうこと?)
スタンドには2万人ほどの観衆。押しのロボットがあるのだろう。たくさんの横断幕が掲げられている。ちなみに美味しんボーイを応援するものはない。商工部との交流イベントは継続しているので、日本人スタッフはイベント会場にいる。
貴賓席の様子は巨大モニターに映されていた。親衛隊に守られた龍珍と龍完、他に技術科学庁や国家運動庁の官僚らが並んでいた。龍珍の顔は、空港に飾られた肖像画より若々しいものだった。まるで彼は時間をさかのぼっているようだ。
「兄弟なのに、弟の方が父親みたいだな」
何も知らない団長が並んだ龍珍と龍完を見て言った。
「彼らには兄がいましたが、消息が知れませんね」
寺岡の話に、「兄?」と団長が首をかしげた。
「
「ああ……」団長がポンと手を打った。「……そう言えば昔、3人合わせて
「シッ!……それはタブーです。公安の耳に入ったら収容所送りだそうですよ。なんでも、龍屯も龍珍の策にはまって収容所に送られたのだとか……」
「そうなのか……」
団長は自分の口を手で覆った。
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