第12話 勝利の方程式
――カーン!――
第2ラウンドが始まる。
リングに立ったI-キングの頭部の修理は終わっていた。首にギプスのように白いものがまかれている。強引に持ち上げてテーピングで固定したのだ。
(アマテラス、少し視覚を借ります)
(試合を見ないの?)
(赤外線、紫外線、熱、エックス線……それらを使って試合を見てみたい)
(いいけど……)
彼女は少し残念そうだった。
――ドン――
I-キングはリング中央を動かず激しいパンチを繰り出した。
――ガン・ガン――
美味しんボーイは時計回りに移動しながらジャブを繰り出し、時に懐に踏み込んでストレートを打った。が、はた目には防戦一方に見えた。
「押されているな……」
「相手はボクシング専用。おまけに重量差30キロですから。勝つのは奇跡ですよ」
不安顔の団長に寺岡が答えた。
「勝つのは奇跡か……。日本人としては残念だ。……いや、I-キングはあんなデカ物なんだ。持続力に問題があるんじゃないのか? 9ラウンドぐらいにはバッテリーが切れるに違いない。寺岡君、あいつの戦歴は分からないのかい? 敵を知り己を知る。それが
敵を知る前に戦い始めているのだけれどな。……ツクヨミは団長の見識を疑った。
「ああ、少々お待ちを……」
寺岡はスマホを操作し、I-キングのデータを見つけた。
「……ありました。過去20戦20勝、すべて1ラウンドKO勝ちです。バッテリーがどれだけ持つのか、分かりませんね」
「分からない。だからこそ期待が持てるな」
会長の声が明るくなった。
リングでは地味な戦いが続いていた。パンチの数では明らかにI-キングが優勢だけれど、美味しんボーイは巧みに強打をかわし、大きなダメージを受けることなく第2ラウンド終了のゴングを聞いた。
「なかなかいい試合だったぞ」
会長が戻ってきた美味しんボーイに拍手を送った。
〖センサーの場所が分かった。可視光線センサーは両肩に2カ所、脇の下に2カ所。エックス線センサーがトランクスの中に2カ所。パンチを繰り出した時は脇の下のセンサーが活性化している〗
ツクヨミは教えた。
【トランクス部への攻撃は反則。肩と脇の下のセンサーをつぶしても、こちらの動きは見えてしまう……】
〖そういうことだ〗
【バッテリーの位置は?】
〖背後全面、装甲は薄いが……〗
【回り込むのは不可能】
〖脇の下のセンサーの直下にエネルギーコントロールチップらしき物がある。そこならどうか?〗
【了解、ありがとう】
会長がペットボトルを差し出した。
「ほい、水だ。飲むのだろう?」
『ありがとうございます』
美味しんボーイは水を二口飲んだ。
「ロボットが水を飲んで、錆びないのか?」
『私はチタン合金ですから。それに私は水素電池で動きます。水は水素の原料です』
「ほう、水で動けるのか。なんとも安上がりだ……」彼がカラカラ笑う。そうして口を閉じたかと思うと再び話した。「……良い話がある。I-キングはこれまですべて第1ラウンドで勝利している。おそらくあいつはスタミナがない。粘れば、水が飲めるこちらが有利なはずだ」
『それはありません』
美味しんボーイが赤コーナーを指した。I-キングに充電ケーブルが接続されていた。
「やはり勝つのは奇跡か……」
団長が肩を落とした。
『ご安心を。私は勝ちます』
「どうやって?」
『バトルターボを起動します』
「バトルターボ?」
首をかしげる団長に、美味しんボーイはウインクを投げた。
――カーン!――
第3ラウンドが始まった。
「美味しんボーイ、ガンバレ!」
可視光線の視界を取り戻した美琴は、あらん限りの声で応援した。
美味しんボーイの動きはそれまでに増して早く、鋭かった。あっという間にI-キングの懐に入り込むとパンチを肩に集中し、二つのセンサーをつぶした。
「あれがバトルターボか。なんかすごいな。イケー! ヤッチマエー!」
会長が興奮していた。
肩のセンサーを失ったI-キングは慎重になった。パンチの数を減らし、一撃に賭けているようだ。
〖大きいから、脇ががら空きだ〗
【いかにも。必殺、クロス・カウンター】
I-キングが右のパンチを繰り出した瞬間、その腕の下を走った美味しんボーイのパンチが脇の下のセンサーをつぶした。それが原因か、I-キングの反応が鈍くなる。動きがぎごちない。
〖全然、必殺になっていないし。とはいえ、センサーは残り三つ〗
【もう十分。必殺、ドラゴン・ジョルトブロー】
美味しんボーイはI-キングの右側に回り込むと左の拳を大きく振りかぶってマットを蹴って飛んだ。その拳にはひねりが加えられ、I-キングの脇の下に食い込む。強固な装甲も2度の必殺技には耐えられなかった。
――ヴィーン――
I-キングの首元から音と白煙が漏れ、右手と右足が小刻みに震え始めた。赤コーナーからタオルが飛んだ。降参の合図だ。
美味しんボーイとI-キングの間にレフリーが割って入った。
――ウオー……!――
日本人スタッフが歓喜の声を上げ、東和国民はブーイングで答えた。
「お見事!」
そう言ってリングに上ったのは石永ではなく、厳めしい制服姿の軍人だった。
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