第14話 号砲
「総裁、万歳! 万歳!……」
突然、万歳の声が上がった。
正面スタンドに設置されたステージに龍珍が立っていた。
『我が愛すべきロボット工学者諸君……』
方々のスピーカーから彼の声が流れた。張りのある若々しいものだった。万歳の声が止み、競技場が静寂に包まれる。
『……我が国のロボット技術は世界最先端にあるが、進歩の歩みを止めるわけにはいかない。時に神は悪戯をする。たとえば……』
彼がフィールドに視線を向け何かを探した。そうしてカラフルなシェフハットを見つけると指さした。
『……日本から来た美味しんボーイだ。昨日、そのロボットはI-キングとの戦いを制した……』
美味しんボーイとI-キングの勝敗は報道されていなかった。SNSでのつぶやきは即座に削除された。とはいえ古くから、人の口にとは立てられない、という。美味しんボーイの勝利は、ボクシング会場にいた人々の口から知人へ、口伝えに広まり始めていた。ロボット開発関係者がそれを知らないわけはなかった。だから、フィールドにいたメカニックたちは龍珍の発言に驚くことはなかった。が、スタンドにいる観衆は違う。彼らのほとんどはI-キングの敗北を知らなかったから、驚きの声が波のような騒めきになった。
『……私は美味しんボーイに、この大会への参加を要請した。なぜなら、ここにあるロボットこそ、我が国の最先端技術の結晶だと信じるからだ』
「ずいぶんプレッシャーをかけるな」
団長がつぶやいた。
「東和民族は、プライドが高いですからね」
寺岡が龍珍に視線を向けた。
「見ろよ。東和の奴ら。顔が真っ青だ」
団長はフィールドのメカニックたちを見やった。
「負けたら収容所送りかもしれませんから」
「それはないだろう」
団長にとって、彼らの立場など他人事だ。にやにやしていた。
「勝ったら、私たちが収容所送りになるかもしれませんね」
「おい、冗談だろう?」
団長の表情が引きつった。
(ツクヨミ、龍珍、紳士のように見えるけど、暴君なの?)
(暴君かどうかはともかく、あれこれ理由をつけて抵抗勢力を収容所に送っているのは間違いありません。公式には認めていませんが、収容所ごとのデータがあります)
(そうなの?)
(収容所は、収容者数で国家への貢献を誇示している。それに公安の公開データでは、5年ほど前から失踪者が飛躍的に増えている。内陸部の少数民族に多いけれど、すべてそうだというわけでもない。彼らの多くが再教育を理由に収容所に送られ、教育の終了をもって解放される。けれど直後、彼らの多くが失踪する)
(そうすると、屯珍完と揶揄して収容所に送られた人も……)
(理由はともかく、収容所に人を集める必要があるのだろう)
(血ね……)
『選手のロボットはトラックへ』
アナウンスがあり、龍珍の警告と激励の演説が終わっているのに気づいた。
美味しんボーイは水を一口飲むと『行ってきます』と告げてスタート地点へ向かった。
「頑張れよ!」
団長の激励に小さくうなずいた。
招待選手扱いの彼は最前列の中央に立った。隣にいるのは昨年のチャンピオン、流星8号だ。
――ドーン――
花火が上がる。スタートの号砲だ。
ロボットたちが一斉に動き出す。先頭に立ったのは小柄なロード・クイーン。スピードスケートのような姿勢で疾走している。他のロボットは7メートルほど後ろを団子状態で走っていた。
「おいおい、あれって反則じゃないのか……?」
団長がロード・クイーンを指さした。
「駆けているのではなく、足裏のタイヤで走っているようです。運営が止めないのですから、ルール内なのでしょう。……効率的に進むには車輪はベストな解と言えるのでしょうね」
「それなら寺岡君、どうしてロード・クイーンはチャンピオンになっていない?」
「推測ですが……」彼はロード・クイーンの走りに目をやった。「……足底のタイヤは小さい。段差には対応できないでしょう。おそらくトラックのような平たんな場所ではタイヤで走り、起伏のある場所では人のように走る。二足で走るのが遅いのではないでしょうか?」
「なるほど、そういうことか……。美味しんボーイの走りっぷりはどうかね?」
「流星8号をマークしているようですね」
美味しんボーイは流星8号の真後ろを走っていた。
「先頭をぶっちぎり、なんてことは無理か……」
「さあ、ピットに向かいましょう」
マラソンコースにはメンテナンスのためのピットが4カ所、設けられている。メカニックたちはそこまで運営側が用意したバスで向かうことになっていた。
ロボットランナーはトラックを10周すると競技場を後にする。そのころにはロード・クイーンと後の集団には200メートルほどの差が生じていた。集団の先頭は流星8号で、美味しんボーイはその横、3位につけていた。
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