第6話 新しい任務

 千絢の住まいは繁華街のはずれにあるセキュリティーの高いマンションにあった。そこの1108号室が神山の住居で、一室が彼女の住まいに当てられていた。神山に家族はなく、おまけに研究所に居続けている。戻ってくるのは三日に一度、風呂に入る時ぐらいで、千絢が彼に気遣うことはほとんどなかった。事務所兼研究所のみすぼらしさに比べたら、住まいは不相応に立派だ。そんな部屋を借りる資金がどこから出ているのか、ツクヨミは知らない。もちろんアマテラスも。

 千絢は部屋に戻るとSaIを取り、外耳に入っていたアダプターも取り外して充電器にのせた。そうしてベッドに倒れ込むと、あっという間に眠りに落ちた。

 疲れたのだね。……光や音を失ったツクヨミも、その感想を意識した途端に意識を失った。高度な改造を受けたとはいえ、まだ1歳の脳細胞の変種だ。SaIから送り込まれるデータの処理は負担が大きかった。

 翌朝、目覚めた千絢はシャワーを浴びてさっぱりした後にコンビニに向かう。食事の90%はコンビニで買う弁当やおにぎり、パンだ。残りの5%はデリバリーで、5%は神山とともにファミレスでとる。

(今日の食事は何?)

 ツクヨミは味覚を共有していない。だから何を食べようが影響はない。必要なエネルギーと栄養素を送り届けてもらえればよかった。案じるのは、どちらかといえばアマテラスのためだった。食事は文化だから……。視覚や聴覚が欠けているのだ。せめて味覚ぐらい、豊かであってほしい。

(食欲がないからゼリー食品かな)

 彼女は答えながらコンビニに入った。

(またそれか。毎回話しているけど、それだと脂質やたんぱく質が不足するんだよ)

(分かるけど……)

 彼女はレジカゴを手にして食品のコーナーに向かう。最初にマスカット味のゼリー食品をとり、それからポテトチップスをレジカゴに入れた。

 視覚情報がツクヨミに流れ込む。ほんの一瞬だったけれどサラダの映像があった。

(それ! チキンサラダを買って)

 ツクヨミは頼んだ。

(おいしいの?)

(味は知らない。けれどグルメ情報の人気ランキング2位です。心配はいらないかと)

(そうなんだ……)

 彼女はチキンサラダの真空パックを手に取った。

 支払いは神山の家族会員クレジットカードだ。博士から特段の制限をされていないにもかかわらず、千絢は最低限のものしか買わない。欲望というものが小さいのだ。

 マンションに戻ると食事をとる。その間、ツクヨミはインターネットに接続して泊里有紀子の居所の手がかりを捜した。分かっているのは名前や年齢、卒業した学校や趣味といったプロフィールだ。それらからアカウント名にしそうな名称を推理する。同じように学友も探した。

 そうして見つけた。〝ゆっきー2806〟という彼女のSNSアカウントだ。名前と生年月日の組み合わせという単純なものだった。月と日を入れ替えて工夫したつもりらしいが、西欧諸国では普通のことだ。それで秘匿性が高まることはない。

 彼女は独自のページを持っていなかったけれど、複数の友人のサイトにコメントを残していた。どうやらT公園周囲をうろついていることが多いようだ。そこでパパ活をしているのかもしれない。

 コメントから、面識のありそうな友人は〝ケルベロスZ〟と〝セイレーン・トモ〟〝ミトオカ・エヌ〟の三人。投稿写真と日々の移動情報から〝ケルベロスZ〟と〝セイレーン・トモ〟の住まいも見当がついた。有紀子がそのどちらかに転がり込んでいるのなら捕まえるのは簡単だけれど……。強引に連れ戻すならスサノオを連れて行くのがいいかな?……ツクヨミは捜索方法の検討を重ねた。



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