第7話 捜索
千絢は食事を済ませるとマンションを出た。ツクヨミの指示通り、地下鉄に乗ってH駅に向かう。
地下鉄に揺られながらアマテラスが言った。
(不思議だわ。博士、私の目が見えるようにしたり、ツクヨミを創造したりと、とても優秀なのに、どうして貧乏なのかしら?)
(アマテラスは、仕事のことより博士のことが気になるようね?)
(だって、博士のお蔭で物が見られるようになったし、こうして外出できるようになったのよ)
(博士が好きなのですね? 中年のオジサンなのに)
(見た目は関係ないわ。博士は、私にとっては……)
そこで彼女は言いよどんだ。
(白馬の王子様?)
(いいえ、神様です)
(お客様は神様です)
(ツクヨミ、冗談はやめて。私、本当に博士には感謝しているの)
(了解です)
(でも、どうして……)
(何でしょう?)
(ツクヨミのようなバイオAIやSaIが作れるのに、貧しいのかしら?)
(SaIを作ったのは博士ではありません。貧しさのボーダーをどこに設けるのか、それは主観的なことです。事務所はおんぼろでもマンションは平均以上のものだと考えられます)
(そうなの?)
(私は、アマテラスに嘘は言いません)
(冗談は言うのに?)
(冗談は人間関係の潤滑油だというのが一般的な評価です)
(そうなのね。私、そうしたことに疎いので……)
アマテラスは長く冗談のない世界で生きてきた。……ツクヨミは、彼女に同情を覚えた。
最寄り駅で降りて地上に向かう。白杖を持ってすいすい歩く千絢を、怪しむ者が時折振り返った。
(コワイ……)
彼女がつぶやいた。
(今日は居所を確認するだけにしましょう。もし泊里有紀子さんを見つけても声を掛けたりしないでください)
ツクヨミは、道案内をしながら提案、いや、指示した。
(どうして? 連れ帰るのが仕事でしょ?)
(もし彼女が走って逃げたら、捕まえられる?)
(それは……ムリ)
(だからです。居所が分かったら、後日、スサノオを連れていく。そうしたら逃げられない)
(そうね。それがいい)
アマテラスが笑った。
最初は〝セイレーン・トモ〟こと田中亜由美のアパートを訪ねた。そこにいたのはチャーミングな彼女とその恋人だった。二人は夜の仕事をしているのだろう。まだパジャマ姿だった。
「こちらに泊里有紀子さんはいませんか?」
尋ねる千絢の黒い丸メガネを、亜由美は不思議なものを見るような目で見た。
「いないけど、どうして?」
「探しているのです」
「やめなよ」
亜由美がにらんだ。
「なぜですか?」
「ゆきちゃんは父親が嫌いなのよ……」
彼女によれば、由紀子は自宅にいた時より今が幸せらしい。
(泊里さんの家庭も複雑なようね)
アマテラスはつぶやき、ツクヨミは有紀子の経歴書のデータを再確認した。現在、公立高校の三年生。それに怪しいところはなかった。
「彼女はどこに住んでいるのですか?」
「さぁ? 聞いたこともないな」
「連絡を取る方法を教えてもらえませんか?」
「私に、友達を売れというの?」
彼女の言葉がささくれ立つ。奥から彼女の恋人が顔を見せた。
「トラブルはごめんだぜ……」彼が千絢をなめるように見て目じりを下げた。「……報酬によっちゃ、考えないわけでもないが……」
「ケンちゃん、止めなよ」
亜由美が、千絢に触手を伸ばす恋人を制した。
(アマテラス、危険です。離れましょう)
(……うん)
彼女の身体が小刻みに震えていた。
(落ち着いて。パニックを起こさないで)
(……うん)
(挨拶をして、回れ右!)
「突然すみませんでした。失礼します」
指示されたとおり、千絢は外に出て玄関ドアを閉めた。大きく息をすると細い足を引きずるように走ってアパートから遠ざかった。
まっすぐ駅に戻ると電車でN町に移動した。〝ケルベロスZ〟のアパートを訪ねた。あいにく彼は留守だったけれど、隣人に話を聞き、同居者はいないと確認が取れた。
(仕方がないですね。T公園に行ってみましょう)
(はい。ツクヨミ、案内してください)
(了解。では地下鉄へ)
地下鉄に乗ってT公園に着くとパパ活目的の〝たちんぼ〟がいるという通りを歩いた。ツクヨミは通りに並ぶ女性と写真の有紀子の顔とをすべて照合する。
(いた!)
青いワンピース姿の有紀子は物憂げにたたずんでいた。まるで悪魔に魂を抜かれたようだ。その顔に生気はない。
(スサノオを呼んで)
(昼間は無理。彼女を尾行して住んでいる場所を確認するのよ。スサノオを呼ぶのは、それからです)
(分かった。ツクヨミの計画通りにする。ツクヨミは間違わないから)
(バイオAIですから)
ツクヨミは謙遜して見せた。
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