第22話 無言詠唱、解放
来た道は塞がれ、何者か達が近づいて来る状況。カミューは平静を失い、俺も焦りを募らせつつある。
「ひぃ! どんどん来るよぉ!」
カミューは怯えながらもすぐに逃げようとしない。まだ腰が抜けているのだろう。どうする? 迎撃するか? しかし魔法じゃ限界がある。どうしても詠唱に時間がかかるため、接近戦に持ち込まれたらこちらが不利だ。相手の人数は分からないが、相当な頭数だと考えた方がいいだろう。
ステゴロでいいなら戦える。しかし、そうなるとカミューを援護できるか分からない。カミューは立てないよなぁ。敵が迫りつつある現状に恐怖が昂ってしまっている。更には巨大な得物も重荷になってしまっているのだ。
道を塞いでいる巨石は動かされ続けているが……このペースだと、敵が来る前に取り除けるとは思えない。魔法で無理やりどかそうにも、向こう側に居る仲間への影響が懸念される。意思疎通ができないため、下手な真似は控えるべきだ。
となると、ここは逃げ一択。
俺は腰を抜かしたカミューを手早く背中に担いだ。
「しっかり掴まれ!」
「う、ん!」
俺にも敵の気配は分かる。先への道は分かれており、不幸中の幸いか敵は同じ方向から向かってきている。別の道を進めば問題ないだろう。
このダンジョンは入り組んだ通路が多い……しかし、良かったなカミュー。俺に土地勘があって。
コソコソ動くより、パパっと移動した方がいいと判断した俺は、全速力で前へと進んだ。次いで敵の足音が消える。恐らく異変を察知し、シーフのスキルを使ったのだろう。さて、俺の足の方が速いことを祈ってくれ。
「ご、ごめんなしゃぁあい!!」
「謝罪は後にしろ!!」
こちらの位置が筒抜けといえ、そんな大声出されたら、ますます敵が寄って来るだろうが。カミュー、泣くのはいいけど声は抑えてくれ。
くっそ、逃げ出したはいいが、どうすっかなこれ。振り切りたいがためにスピードを上げ続けているが、なかなか撒ける気配が無い。恐らく相手もダンジョンの構造を熟知しているのだろう。やはり敵はこの場所を拠点にしている可能性が高いな。
さて、3階層までやって来たはいいが……状況は悪化してしまっている。敵は振り払えず、仲間との距離もドンドン離れている。このままではダンジョンの最奥まで行ってしまうぞ。
いや、別にずっと一本道なわけではない。なん箇所か道が合流する地点がある。そこまで行ってUターンすれば来た道を戻れ……なさそうだなこりゃ。
「カミュー悪い知らせだ」
「へ?」
「前からも来た」
「へ!?」
後ろからついて来たのも結構な人数だったが、マジどんだけ居んだよ。ほとんどゴキブリじゃん。いや、ゴキブリそのものだな。証拠にカミューが怖がってるし。
さて……こうなってしまえば迎撃する他ないな。俺が知る限り、他に道も……。
……あぁ、あるわ。
カミューを連れてってしまうことになるが……やむを得ない。敵に先回りされる前に、辿りつかないと。あの場所がバレてないことを祈ろう。
ザッザッザッ。
「ま、前から足音するよ!! なんで向かってってるの!?」
「考えはあるから黙っとけ」
……よし、間に合った。この通路、間違いない。もし塞がってたら目も当てられなかったが、前と変わらぬ姿で存在している。……カディアやセシリあたりが整備してくれてたんだろうな。口には出せないが、せめて心の中で感謝しよう。
何も無いように見える岩壁に、俺は手をかざした。
「開口」
「――ガホッ、ゴッホッ! 埃ヤベェ!」
「へっくしゅおん!!」
散らかりすぎだろ……めっちゃ蜘蛛の巣張ってるし。おかげでようやく隠れられたからいいけどさぁ。隠し扉の前を掃除できるなら、中もやってくれてたって……あぁ、そうか。日本語話者じゃないとここ開けられないもんな。失敬失敬。
「な、なにここ……」
「さぁ。運が良かったな」
「……流石に無理があるよ?」
ぐ、カミューなら誤魔化せると思ったが、そう上手くはいかないか……。
この場所は……特に名前は無いが、まあ秘密の部屋といったところだろう。ここの存在を知っているのは、俺とカディアとセシリとグランツの計4人。ジェイクが残した書物にもこの部屋のことは書かれていない。
ちなみにグランツはドワーフの男で、この部屋と、ここに保管する装置の製作を手伝ってくれた。人間ほどじゃないにしろ、ドワーフはそこまで長生きする種族ではないため、存命はしていない。……後で墓参りでも行こうかな。
とりあえずカミューには適当に言い訳をしよう。
「実はここに来るの初めてじゃないんだ。前来た時に、たまたま見つけてさ」
「へ~そうなんだ! ……でもアイツらにバレないかなぁ」
「多分大丈夫だろ。あと完全防音みたいだから、もう泣き叫んでもいいぞ」
「もう平気だよ……」
良かったな。ジェイク・パーソンズに感謝しとけ。
しかし、汚いなぁ。ここに居るだけで病気になってしまいそうだが……まあ文句は言えない。そもそもダンジョン内で不衛生を気にする方が野暮だ。一応、保存食とか置いてたが……全滅だな。500年も経ってるし当てにしてはなかったが。封を切るのも怖いため、そっとしておこう。
安全は確保できたが、問題は過ぎ去っていない。こちらから外の様子は窺えないし、リズ達が部屋の前を通っても俺達には気付けないだろう。セシリがこの場所を教えるとも思えないしなぁ。
ここに残ればカミューと仲良く餓死。外に出ようにも敵が潜伏している可能性がある。……時間稼ぎにはいいが、長居するくらいなら……いや、しかし……。
ある可能性に目を付け、しかし躊躇をする俺。その傍らで、いつになく気弱な姿を見せるカミューが居た。
「……」
「……どうした?」
「えっ、あ、いや……ちょっと、自己嫌悪中で……」
……調子狂うなぁ。天変地異の前触れじゃないか? 自己中が取り柄といってもいい程の我が儘娘なカミューが、自己嫌悪だって? 何をそんなに気に病むことがあるのだろうか。……もしかしてだけど、負い目でも感じているのか? この状況に。
「元気出せって。こういう時こそ前向きに、だぞ」
「……で、でも、あたしが罠にかかったせいでこんなことになって……なのにロイに頼りっぱなしで、全部あたしが悪いのに……これからどうすればいいのかも想像できないんだよ」
「どうすればいいって……今はとにかく、助けを待つしかないだろ。俺だって足手まといになってるし、あんまり気にすんな」
「うぅ……」
うーむ言葉の慰めじゃ効果無さそうだな。どうすっかなぁ……これは骨が折れそうだ。何かカミューが安心できるような根拠……根拠……思ったよりも絶望的な状況だわこれ。この部屋、一部の魔法を遮断するようにできてるんだよな。外から探知できないよう作ったのが仇になるとは……。
「あたしが、あたしがなんとかしなきゃいけないのに……勇気が出ないよ、ロイ。あたし、あの人達と戦うのが怖い……」
……あぁ、俺のせいだわこれ。そりゃカミューに戦う選択肢が無いのも納得だわ。だって武器がなぁ……魔獣をミンチにできる鉄塊だもん。人に振るえば、ひとたまりもない。こっちも命を狙われてる状況だし、相手を気にする余裕なんてないと言いたいところだが……カミューには酷な話だろう。俺としても、カミューに無惨な人殺しをさせたくはない。
力加減なり、対人手段なり、何か施してやるべきだった。……カミューも、四の五の言ってられる状況じゃないのは理解しているのだろう。それでもやはり、人としてあるべきラインがあるわけで。
冒険者の辛いところだな。というか、やっぱり依頼を引き受けるべきじゃなかった。……こんなこと考えて、今更後悔しても遅いか。マズイ、こんな場所で俺まで気が滅入り始めたら、それこそ本当の終わりへ急転直下。前向きにならないと。
……やるしかない、か?
今の俺の実力では、カミューを守りつつ魔法で応戦するのは、あの数相手だと困難を極める。それも相手は機動力に長けた集団だ。仮に体術を交えて本気を出したとしても、血が流れるのは避けられないだろう。そうなれば、せっかく勝利を収めてもカミューの心に悪影響が残る。……穢れた争いを知るには、カミューはまだ若すぎる。
いたたまれない空気の中、俺はチラッとカミューの様子を窺った。彼女は今にも泣きだしそうな顔をしている。……そういえば、カミューが泣くところを見たことが無いかもしれない。今回は、よほど精神にキているということか。
……はぁ、もういいや。これくらいは大したことないだろ多分。
「よし、脱出するぞカミュー」
「……? で、でも敵が……」
「俺ならなんとかできる。……今から強くなるからな」
「??」
「の、代わりに、ここで見たことは誰にも言うなよ? リズとクロムにもだ」
「え……えっ、なにするの?」
「はい返事ぃ!」
「い、イエッサー!!」
……さてと、いい返事も聞けたことだし、準備しますか。
俺はこの秘密の部屋、その中央に置かれた何かを覆う布を勢いよく剥ぎ取った。
ウェ、ッホ!! 埃すご……500年物は伊達じゃないな。
というか、なんとかすると息巻いたのはいいが、動かなかったらどうしよう……まあ、なんとかなるか。前世の俺とセシリの知識、そしてグランツの、ドワーフの技術の結晶を信じよう。
「ケホッ……な、なにこれ……」
布の下にあったのは、まさしく機械だった。金属製の歯車がそこかしこに敷き詰められ、中央には宝石のような物がはめ込まれている。
それは燃料を必要としない……正確には、ダンジョンから湧き出る魔素を燃料とし、半永久的に駆動する絡繰り……かつての仲間達との共作、世に出ることはなかったジェイク・パーソンズの偉大な発明である。
前世で見た物と全く同じ、色褪せないその最高傑作に、俺はつい、心の声を漏らしてしまった。
「……流石だな」
「?」
「いや、なんでもない……さて、動いてくれよ」
これはまだ死んでいない。そう確信しつつも……俺は奇跡を乞うかのように、祈りを込めて詠唱を始めた。
「使用者登録、ロイ・メイリング」
俺の言葉に応えるかのように、機械は駆動し始めた。歯車が回転し始め、中央の石が光り始める。……よし、辞書は読み込めたみたいだな。そういや、今の服のままで大丈夫かこれ? 遮光性の高い素材だが……袖から光が漏れてたりしないよな? 他人にはバレたくないし、後でカミューに確認してもらおう。
「望郷、言葉の不在、魔の交信、森羅万象を象る者――」
どうやら上手くいっているようだ。俺の言葉に反応するかのように、石は明滅を繰り返し、歯車は加速していく。
「彼方へ墜ち、この場に昇る。果ての円環……先目指すは大地、祈りは介さず。この身は巨石、染み渡り、濡れる。灯り、滴り、音無く照らす、液なる光であれ……!」
詠唱が終わると同時、加速していた歯車の回転と、限界まで光り輝いていた石は落ち着きを取り戻し、一定の速さで機械は駆動し続けた。
……よし、成功だな。前世含め、この絡繰りを使うのは2度目。詠唱文が頭に残っていて助かった。
そのうちメンテナンスも必要になるだろうなぁ。いや、もしくは今回だけ特別で、壊れたらそのままにしておくのが吉かもしれない。……また不測の事態に陥った時が大変か? 悩ましい……。
「えっと……な、なにしたの?」
「ん? あぁ……簡単に言うと、魔法を詠唱無しで使えるようにした。更には音の重複で詠唱の時短、具現化するまでのラグを減らして――」
「うん、やっぱりいいや。さっぱり分かんない」
柄にもなく発明の自慢をしたかったが、相手が悪かったな。まあ、とはいえこれを知ったのがカミューで良かった。他人にバラそうとしても上手く説明できないだろうし、そもそも興味も無いだろう。……お口にチャックの約束だけ守れるか不安だが。後で念押ししておくか。
ジェイク・パーソンズには、無言詠唱者なる逸話が残っている。現代の魔法理論に反する伝説であり、魔法使いの間ではただの与太話となっている。それゆえ気に留める人は少ない。
正解は、これだ。この装置。仕掛けは少し複雑だが、理屈は簡単。本来、魔法使いが必要とする詠唱を、この装置の中心にある石が代わりに行ってくれるのだ。これは『反響石』と呼ばれる物で、大気中などにある魔素を吸うと、音を伝達するという性質がある。俺も世話になっている魔電話も、この石を使った発明だろう。
そして、この絡繰りは俺と接続された。俺が詠唱文を頭で思い起こすと、背中に刻まれた日本語、特に漢字が大半を占める辞書と同期され、その情報が遠隔でこの装置に転送される。
転送された情報は複雑な絡繰りによって、正確に反響石を刺激する。すると反響石は俺とそっくりな声で詠唱を始める。それも輪唱のように。
大量の魔素が漂うこのダンジョン内で詠唱された魔法は強力なものだ。更に、装置が俺の背中にある辞書の座標と同期させ、詠唱された魔法は俺の身の回りに具現化される。
結果、周りから見ると、俺は一切の詠唱無しで、即座に強力な魔法を具現化できる唯一の魔法使いとなる。
喜べエルバート。ジェイク・パーソンズの偉業は本物だぞ。有能な仲間あってこその栄光だがな。
「よし、試し撃ちだ。外に出るぞ」
「て、敵がいるかもだよ? 試すならここで済ませた方がいいんじゃ……」
「下手したら鼓膜破れるぞ」
「そ、それは困る!」
この部屋が完全防音になっているのは、周りから室内の音が聞こえないようにするためだけではない。なるべく大量の魔素を巻き込むため、部屋内部の音が反響しやすいように出来ている。獣人のような耳が繊細な種族にとって致命的な爆音が、ひっそりと奏でられることだろう。
「とりあえず敵は俺に任せろ。カミューは自己防衛を優先にね」
「分かった!」
「……開口」
俺達は気を引き締め、秘密の部屋を出た。
――ロイはかつての力を扱う不安とは別に、久しく感じる全能感に浸っていた。
表に出たロイはまず、敵を探知するために魔法を使う。通路の両方向から敵の存在を感知した。
ロイは数の多い方に足を向け、なるべく気付かれないようカミューと共に近づいて行く。
注意深く道を歩く敵の背に、ロイは片手を向けた。
エルフの知識、ドワーフの技術力、そしてジェイクのアイデア、応用性によって駆動する装置は、誰も居ないその部屋で本領を発揮する。
「!?」
敵の体が、突然現れた水の球体に封じ込められた。地に足を着けることも叶わず、呼吸困難に陥った敵はそのまま気を失う。ロイは敵が気絶したことを確認し、詠唱も無く魔法を解いた。
異変に気が付いた敵が続々とロイの前に立ちはだかる。……しかし、距離を詰めることも叶わないまま、瞬時に繰り出されるロイの無音の魔法によって、抵抗虚しく無力化されていった。
土に埋もれ、風に吹き飛ばされ、焼け、凍り、敵が次々と地面に伏せて行く。死者こそ出なかったものの、これはただの一方的な暴虐である。その異様で無惨な光景を、カミューは唖然と見ているだけだった。
しばらくすると、敵は焦りのままダンジョンの奥へと逃げてゆく。ロイはその気配を感じ、一瞬の思考を要した。
『このまま仲間と合流するのは容易い。しかし、その間、敵は大人しく待ってくれているだろうか? 自分達がこのまま引き返す内、敵はダンジョンから脱出し、逃げおおせてしまうのではないか?』
普段のロイならば、安心安全を第一に考え、すぐに仲間の元へと帰っていただろう。自分だけならばまだしも、ここにはカミューも居るからと。
しかしロイは、過ぎた力に責任が伴うことを理解していた。いや、そう考える癖があった。過去からの経験、本能に染み付いた癖である。
……ロイは自身で忌避する間もなく、使命感を持ってしまった。
「追うぞ。壊滅させる」
そう言い放つロイの目はいつになく本気だった。それを目の当たりにしたカミューに拒否権は無く、2人は敵に気が付かれないように、その後を追い始める。ロイは無言のまま、気配を消す魔法までも行使した。
カミューの目から見て、今のロイは別人であった。頼りになるのは変わりないが、あまりにも無慈悲で強い。普段、虫で虐めて来るロイが恋しくなってしまうほど。
ロイは敵を倒せるという根拠ある自信があった。もし相手の力量を見誤ってしまったなら……自分が責任を取り、いくらか奥の手までをも使おうと。
ロイの見立て通り、万が一にも敵が勝つ道は既に無かった。このロイの判断は正しく、戦いは勝利を収めようとしている。
しかし、この選択を、今世における『平穏に生きる』という目的とは相反するこの道を、本人には知る由も無いが、ロイは激しく後悔することとなる。
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