第20話 二日酔いエルフと黒い粉

「……今日は一段と隈が濃いですわね。昨日、何かありましたの?」


「うん……まあ、なんでもないよ」


 昨晩は碌に眠ることが出来なかった。いや、それだけじゃない。ただの睡眠不足だけならまだしも、別の要因で俺の顔はやつれて見えるのだろう。今朝、鏡を見忘れたと今更ながらに気が付く。全く俺らしくないが、リズに指摘されるとは……もしかしてだけど、パンダみたいになってる?


 あんなことがあっては、隣室の騒音など気にする余裕が無かった。

 ……あれはセシリだった。久しぶりに顔を見たんで思い出すのに少し時間がかかったが、間違いない。ジェイクの偉業、その建国を共にした仲間である。


 セシリは……なんというか、カディアほどではないものの、少し気難しいところがある女性エルフだ。そうだな……ツンデレというやつだろうか? 少し自分が揶揄ってやればトゲのある言葉をまくし立て、困ったときは小言を最初に並べるものの、なんだかんだ手助けをしてくれる。そんな女性だった。

 更には、少しだけ男嫌いの気があるエルフ。清廉潔白な淑女。そんな表現が当てはまる人物だろう。


 ……それも、かつての話らしいが。いや、本当にあれはセシリだったのか? 俺の見間違いじゃないか? というか、なんでこうも昔の知り合いに出くわすんだ。たまたまにしては俺への嫌がらせ過ぎるだろ。

 そう、昨晩のアレがセシリであるなら……時の流れは残酷と言わざるを得ない。なんであんな残念美人に成り果てているんだ。風俗街でスパダリ漁りをしているセシリなんて見たくなかった……。500年で、人はあんなに変わってしまうのか。もしかしたら、エルフにも更年期ってやつがあるのかもしれない。


「……悲しいなぁ」


「? 何の話ですの?」


「いや、なんでも」


 移り行く時間を嘆く俺に、リズが困惑している。いや、本当になんでもないよ。今日はゆっくり寝るだけさ……。


 さて、気を取り直して依頼を見繕おう。今日は何の仕事をしよっかな、と……。


「すまない。遅れてしまった」


「おはよ~」


 遅れて登場したのはクロムとカミュー。並んで出勤とは意外だな。

 たまたまバッタリ会ったようにも見えるが……そういえば最近、カミューがクロムに緊張する場面なんて見ないような気がする。もしかしてリズがあれなだけで、そこは仲が良いのか? 獣人同士、通ずるところがあるのかもしれない。

 まあ何にしろ、俺の負担が減るなら大歓迎だ。


「ロイ、すまないが私は欠番だ。急遽ギルドから依頼が入ってな」


「残念だけど今日は3人だね」


 既に聞き及んでいたのであろうカミューは残念がっている。……ところに悪いが、思わぬ朗報に俺は心の中でガッツポーズをした。ほとんど2日連続休みみたいなもんじゃん! 今日はそこまで体力を使わずに済みそうで助かる。

 クロムが邪魔なわけではない。……いや、場合によってはそうかもしれない。リズと喧嘩さえしなければいいのだが、毎日のように小競り合いをするのだこの2人は。間に入ってやる俺の身にもなってほしい。最近のストレスの大半を占める理由がこれなのだ。こうやってクロムが忙しくなるほど、俺の精神的疲労は大きく緩和される。


 今日はボーナスデイだと知り、元気を取り戻した俺……だったが、そんな上手い話は無かったらしい。人生経験上、面倒事は立て続けに起きる。それを忘れて、俺は浮かれていたのだ……。


 チリンチリン……。


 ギルドの扉が開かれた。この時間に依頼を受けに来る冒険者は多いので、珍しいことじゃない。しかしその総数が少ないということもあり、チラリと目をやるのも習慣になっている。

 いつものように横目をやった俺は……激しく後悔した。時間の問題でもあったが。


「う……コホン、亡霊戦士さんはいらっしゃいますか?」


「! セシリさん、ご足労おかけしました。彼女ならそこに――」


「ム、来たか」


 どう見ても二日酔いになっているエルフを見て、リーシャさんは丁寧にお辞儀をし、クロムは待ってたと言わんばかりに近寄っていく。

 俺はすぐに視線を逸らし、内容をほとんど見ないまま依頼の紙をかき集め始めた。


「ちょ……! ロイ! それは流石にあたしでもヤバイって分かるよ!」


 おっと、気が動転し過ぎていたようだ。気が付けば10枚ほどの依頼用紙が俺の手に収まっている。

 HAHAHA! 1日じゃこんなに受注できないよな! サンキューカミュー! 他の人の仕事を奪っちまうところだったZE!!


「ん……? そちらの方々は?」


「あぁ、私のパーティーメンバーだ。気にしないでくれ」


「ぱ、パーティー!? て、てっきり群れるのはお嫌いな方かと……」


「心外だな。人を選んでるだけだ」


 ……話の内容を聞くに、セシリの目はこちらに向いているのだろう。リズとカミューはチラチラと盗み見ているようであるが、俺はもう何も見たくなかった。

 大丈夫っすよ。一人だけガン無視決め込んでますけど、気になさらないでくださいね? どうぞクロムさんと話を進めてください。




「――今回の依頼についてですが……うっ」


 場所は変わってギルドの応接室。吐き気を必死で我慢するセシリ。リズは困惑し、カミューは仲間を見つけたと喜……同情して彼女の背中をさすっている。クロムは平常運転。俺はセシリに冷ややかな視線を注いでいた。


 はい、結局こうなるんですよ。何がついでだよ。クロムさんへの指名依頼ですよね? なんで俺達まで巻き込まれるんですか。……やっぱりパーティー組んだの不正解だったよな。俺、そのうち髪が真っ白になっちゃいますよ?


 予想はしていたが、やはりセシリも国のお偉いに名を連ねる重要な役員だった。だからリーシャさんも、こんなヤツにぺこぺこと頭を下げていたのだろう。

 そして問題が生じたのは、セシリがリズを見た時だった。学園での体育祭は注目を浴びたらしく、その優勝を勝ち取ったリズを彼女は知っており……流れるように俺の顔も見られてしまった。


「ロ、ロイ、メイリング……」


 ……もう、指名手配されてない? そんなレベルで俺は目をつけられている。例の学園長の影響力が凄まじいのだろう。というか、話によれば俺の捜索依頼がセシリのところにも舞い込んでいたようだ。あのジジイ、どんだけ俺のこと好きなんだよ。


 ということで悪目立ち含め注目されていた俺とリズはその実力も認められており、今回クロムを指名していたという依頼に同行するハメになってしまった。

 俺はやんわりと断ろうとしたが、ワクワクと尻尾を振り始めたクロムを見て抵抗を諦めた……。実力的に、このパーティーの最終決定権はクロムの手にある。彼女がYESと言えば、首を縦に振るしかないんです……。


「す、すみません水もらってもいいですか……?」


「いいですけど……日を改めません? 具合悪そうで見てられないんですけど」


「いえ、お構いなく……個人的な行いで仕事に影響が出ては……う」


 ……いや、手遅れでは? なんでそんなになってまで仕事しようとするんだ。昨日どんだけ飲んだんだよ。……まあ、泥酔してなければあんな振る舞いはできないか。見ていただけのこっちが思い出したくないもん。


「それで依頼というのが……とある犯罪集団を追ってまして。主にマルヴォルでの話なんですが、密輸が問題になってるんです」


「密輸?」


「はい。これはかなり前のことなんですが、検閲されていない荷物の存在が発覚しまして。国が調査を入れたところ、ダンジョンで採集できる素材が不正に流れていたんです」


 とんだ命知らずも居たもんだな。ダンジョンへの侵入が許されているのは、冒険者とギルドに許可を取った者のみ。それも安全性や治安維持のため法律で定められていることだ。

 いくら高値で売れるからって、そうまでして犯罪なんか……そういえば、俺が初めてリーシャさんと出会った時、冒険者を騙る犯罪者が多いとかなんとか……もしかして、これのことか?


「物流を担っていた何件かの事業主を検挙し、丸く収まったかのように思われたのですが……最近になって、荷を積んだ魔動車が襲撃されるという事件が発生してしまったんです。まだ調査中ですが、恐らく犯罪事業に影響が出たグループの仕業ではないかと推測されていて、未だ被害が拡大しつつあります」


 ……なんか、結構な大事おおごとじゃないか? え? これの解決が依頼内容ですか?

 でも、そうか。もともとクロムを指名してたもんな。……しかし、なにか違和感がある。なんでクロムなんだ? 腕っぷしはあるが、犯罪集団の一斉検挙が目的なら、力強さよりも知略に長けた人材が欲しいはず。


「肝心なのはここから。被害の大きさから私に仕事が回って来て、調査をしていたところ……その行動パターンから、次の襲撃はこの町で起こる可能性が高いんです。証拠に、聞き込みの結果、見慣れない集団が歩いていたという目撃情報もありました」


 なるほど。だからセシリはこの町に来たのか。俺の正体がバレたんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ。

 ……じゃあ、昨日のあれはなんだったんだ? まさかと思いますけど、公務そっちのけで豪遊してました? ……ま、まあ息抜きくらいは咎められるべきじゃないか。


「ふむ、なかなか手強いな。そう簡単に捕まらないところを見るに、手慣れているように思える」


「はい。調査をしていた所感ですが、侮るには危険だと思います。断続的に被害が増えている筈が、なかなか尻尾を出しません。地域を転々としているのも理由の一つだと思いますが」


「……ごめん、全然理解できなかったや。何の話?」


「……私達には難しい依頼ですわね」


 間抜け面をするカミューを見て、リズは呆れ気味にそう言った。


 しかし……俺もこれは難しいと思うなぁ。何でも屋みたいなところがある冒険者とはいえ、これは専門外すぎる。クロムはまだしも、リズやカミューを連れて行くことになれば心配が勝るし。俺達には対人経験が圧倒的に足りていない。

 かなり重要な情報を聞いた後で悪いが、セシリには断りを入れた方がいいだろう。


「すみませんが、俺達3人は断りたいです。手に負えません」


「そうですか……」


「ム、私が居るだろう? 問題ないぞ」


 問題大ありだよバカタレ。お前に守られながらじゃ目立ってしょうがないし、それだと調査もままならないだろうが。

 大方、相手はこの町に出入りする魔動車を襲うのだろう。1人ならまだしも、4人で行動するのはリスクが高いし、こちらには隠密に長けたメンバーが居ない。

 加えて相手は犯罪集団。シーフ系統のスキルに精通していると考えた方がいいだろう。現場の近くに陣取っていたら、それこそ奇襲される可能性がある。


「では、情報だけでも頂けませんか? 何か、些細なことでも」


「些細、っていってもなぁ」


「目撃情報では、楽器らしき物を担いでいたとあります。心当たりは?」


「……ん?」




 はい、心当たりありまくりだったので世話になってる安宿までやってきました。


 なんか音楽隊を自称する割には下手くそだったし、なんなら音楽とは到底言えないような雑音だったから違和感あったけど、まさか犯罪絡みの集団だとは……。

 オーナーにも事情聴取をしたが、特に有益な情報は出てこなかった。数少ない貴重な客だったこともあり、変に詮索をして客足を遠のかせたくなかったらしい。俺も顔を合わせてない為、人相すら分からない。


 ということで奴らが宿泊していた部屋を捜索。既にもぬけの殻だが、何かしらの手がかりを求めて物色する。


「? 変な臭いだな」


 そう言ったのはクロム。彼女が真っすぐに臭いのする方へ向かうと……床に、黒い粉末のような物が落ちていた。形跡から見るに、不用心にも零して行ったのだろう。

 クロムはそれを指ですくい取り、鼻で嗅ぎ始める。……大丈夫? なんか、その、いかがわしい粉だったりしません?


「……? 鉱物らしき臭いがするが、何だこれは」


「くんくん……うん、なんか炭臭い」


「間違っても吸い込むなよカミュー」


「吸い込まないよ!」


 さて、軽口はこれくらいにして……見慣れない黒色の粉末に、一同全員、首をかしげることしかできない。リズに視線をやるが、彼女もフルフルと首を横に振った。


 そんな重要な物でもないか……黒色の粉末ねぇ。炭を砕いたような物、としか言いようがないが、きちんと調べるべきだろうか?

 俺も長いこと人生を送ってはいるが、こんなもの見たことも……ん?


「……火薬?」


 見たことはない。ないが……あれ? 火薬かコレ?


「ロイさん知ってるんですか?」


「ぃいや、断定はできないですけど……」


 心臓に悪いからセシリは話し掛けないで欲しい。いや、それよりも、火薬じゃないのか? これ。……クロムが言う鉱物の臭いって、硫黄のことか? 記憶が朧気なんで自信無いが。


 ……え? じゃあ、マズくね?


「その、カヤクというのは?」


「……いや、なんでもないです」


 そうだ。思い出した。ジェイクの時、これを開発しようとしてやめたんだ。俺が扱う分にはいいけど……そのほとんどの用途が、危険行為そのものである。銃に爆弾、ロクなことにならないと思い至ったんだ。

 ……セシリが知らないということは、まだ国の上層にすら情報が知れ渡っていない代物。それを犯罪者が……?


「あの、セシリさん。魔動車の襲撃って、詳しくはどんな内容ですか?」


「えっと、魔動車が走ろうとした道が爆ぜたらしいです。恐らく相手に魔法使いが居たのかと」


 ま、まずい。既に敵は爆発という手段を手に入れている。……もう、そういう時代まで来ているのか? 今のところ犯罪者達は物資強盗をしているだけだが、もしこれが国家転覆のような大犯罪に使われたら……?


 想像以上に面倒な話になって来た。そもそも物資を強奪している理由は金儲けなのか? 何か、とんでもないことを企んでいる集団なんじゃ……俺、関わっていいのかな。歴史が動きかねないぞ。


「何か、心当たりがあるようですわね。ロイ」


「……はい」


 全くもって関わりたくないが、ここは観念しよう。流石にこれは撲滅しないといけない気がする。俺の平穏のためにも。

 少なくとも、俺が生きてる内は戦争なんてさせないからな。


「それは……多分だけど、爆発するから気を付けて」


「え!? ちょ、さわっちゃったよ!?」


「火を近づけなければいい。あと、水で手洗え。色は取れないと思うけど」


 さて、どこまで話していいものか。……ここだけの話で済ませられたら良いが、セシリが居るからなぁ。エルフは知識欲に貪欲なところあるし、彼女も例外じゃない。勝手にやってくれる分には構わないが、俺から発祥となると話は別だ。世紀の大犯罪者待ったなしである。


 急いで手洗い場に直行したカミューと、余裕ありげにその後を追うクロム。残されたのは俺とリズとセシリだけ。……同じ敵を追う仲間なはずが、ただならぬ緊張感が走っている。リズは俺が何かを隠していることに、セシリはそれに似た何かを感じ取っているのだろう。


「……それが爆発すると何故分かったのですか?」


「直感です。炭と鉱物から火を連想しました。魔法使いなので連想ゲームは得意なんですよ」


「それにしては随分と具体的な指示でしたね」


 ……ん? あ、これ俺が怪しまれてる? まあ、そりゃそうか。エルフも知らない物質が犯罪者の居た部屋にあり、それを知ってそうな人間が居たら、そりゃ疑ってかかるわな。それに俺、魔法学園から抜け出してきた不良だし。


「それは――」




 俺が弁明しようとした矢先、部屋の窓が光り輝いた。一瞬遅れて爆音が響く。窓どころか、この部屋さえも揺れた。


 急いで窓の外を確認すると、遠くにある町の北門近く、魔動車が常駐する広場から黒い煙が上がり、その場から逃げようとする集団が見えた。

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