第19話 トラウマに立ち向かえ!
俺は宿の自室に居た。……何故ここに?
吐いた後の記憶が無い。酒で記憶が飛んだ……? いや、俺が店で提供されるような酒ごときで酔うとは思えない。ゲロったのもアルコールではなく、心労的な理由だと推測できる。
……き、気絶? 精神的負荷で? まさかそんなことで……ありえるかもしれん。かつてならばまだしも、この生は楽に生きようと奔走していた。メンタル面も幾分か鈍っている可能性が大いにある。
……もうちょっとストレスあった方がいいのか? いや、いやいや勘違いすんな俺。普通の人はこんなもんなんだよ。むしろ良い兆候だろ。この程度で気絶するってことは、それほど楽しい人生を歩めている証拠じゃないか!
しかし……記憶が無いのはマズイ。何がって……招き入れた覚えも無い来客が居るのだ。それも2人。就寝中でも感じ取れる筈の気配に、俺は気付いていないということだ。このロイ、一生の不覚。
「……」
「……」
……俺が起きたの気付いてる? ベッドに預けていた上体を起こしたから、流石に気付いてないことはないだろうが……招かざる客である2人、リズとクロム、彼女らは無言のまま睨み合っていた。
それ、いつからやってます? 大方、無様にもダウンした俺をここまで運んでくれたんでしょうけど、随分と時間経ってません? もう朝日が昇り切ってますよ。もしかしてですけど……店を出て、ここに来てからずっと……?
……あれ? そういや2人に俺が住んでる部屋教えたっけ??
「ロイ、おはようございます」
「あ、あぁおはよう」
「……」
……まあ、この際どうでもいいや。あと挨拶する時はちゃんと相手の目を見てしましょうねリズさん? 俺そっちのけで別の人と睨み合いながら挨拶されても困っちゃいますから。
そしてこれ、クロムにも挨拶した方がいいのか……? 無表情なのに目の色だけで不機嫌なのが分かるんだが……声を掛けたくない。もうそそくさとこの場から逃げ出したい。さっさと今日の分の仕事を終わらせたい……。
「……おはようございますクロムさん」
「おはよう」
……本当になんでこんなことになってんの? 昨日なにがあったの? リズはよくクロムを相手にして狼狽えてないな。そもそもそんなに仲悪そうでしたっけ? いや本当にマジで何があったんですか??
「あの、昨日なにがあったんです……?」
「……あなたを介抱しましたのよ。いきなり嘔吐したと思いましたら、椅子から転げ落ちて心配しましたのよ?」
「私もだ」
「えっと、お世話になりました…………睨み合ってるのはなんで?」
「この駄犬があなたの寝込みを襲おうとしましたのよ」
「ほお、言うじゃないか小娘風情が」
あの、喧嘩するなら外で……って、寝込みを? クロムが? ……えっ、何それ知らん怖っ。しかも本人も否定してないし。
「あのぉ、なんで寝込みなんかを……」
「私は服を着替えさせようとしただけだ。ゲロ塗れだったしな」
「必要ありませんと何度も申し上げましたわ」
「だから何故お前が止める? 関係ないだろう」
「あなたこそ関係ありませんわ。ロイにはロイの事情がありますの。見過ごせるわけないでしょう?」
良し。よくやったリズ! これはお前が正しい。危うく俺の黒歴史が公開……いや待てよ? ……アカン。クロムに見られたらマズイものがある。うわ、一目でも見られたら正体がバレるぞこれ。
もしバレたら……どうなるか想像がつかない。昔のクロムだったら、という予想を出そうにも、それはまだ俺が生きてた時の話になってしまう。……下手をすれば彼女が激昂しかねん。最悪は……あぁ、また胃ガガガ。
ふぅ、落ち着け俺。もう吐く物も残ってないだろう。それに肝心なのはクロムの機嫌を取ることだ。これも俺の平穏のため。やる気を出すんだ。
「あの、リズのことはすみませんクロムさん。俺からお願いしてたことなんですよ。ちょっと人前で肌を晒すのに抵抗があって……でも俺のこと心配してくれてたんですよね? 凄い嬉しいです。ありがとうございました」
「……ならいい」
フッ、どうよ俺の処世術。相手を立てつつ、やんわりと断りを入れるこの塩梅。碌な人生を送って来なかったガキにしては上場じゃないだろうか? クロムも納得してくれたようだし、これで万事解決だな!
……さてと、我ながら臭くて敵わんから着替えたいし、2人にはお引き取り願おう。ベッドも洗うの大変だなこりゃ。
「じゃあ体洗って着替えるから部屋出てもらってもいい?」
「分かりましたわ。では先にギルドで待っております」
「私もそうしよう」
……ん? ギルド? クロムはともかく、リズも? ……あ! そういえば昨日の報酬受け取ってなかったんだっけ。
部外者のリズを待たせるのも悪いし、俺も急ぐとしよう。
「パーティー情報を更新しました。お疲れ様です。……いきなり大所帯ですね? ロイさん?」
「ははは、なんででしょうね」
本当、なんでなんでしょうかね。カミュー早く来てくれ……。
いつの間にか4人パーティーになっていた。何を言ってるか分からねえと思うが……いつの間にかそうなっていたんだ……。
話を聞けば昨晩にもう決まっていたことらしい。クロムの方はチョロっとそんな話をしていた記憶があるが、まさかリズまでも加わるとは思っていなかった。既に実家と学園には連絡済みであるらしく、休学という体で話は通っているようだ。……学園長、いくら社会勉強を推進してるとはいえ、こんなあっさり決めちゃっていいんですか? 面倒だなぁと思ってた問題が解決したはしましたけど……今朝みたいな修羅場になるなら、もうちょっと考えさせてほしいところです。
……リーシャさんからの視線が痛い。俺の本名を教えてからずっと呆れ気味だ。女を侍らすクズとでも思われているのだろうか……。こんなこと言ってもしょうがないと思いますけど、違いますからね? これっぽっちもこんなこと望んでませんでしたよ俺は。
「それで……これは個人的な質問なのですが、リズベットさんはロイさんとどういったご関係で?」
「……ただの幼馴染ですわ。気になさらないでください」
「幼馴染、ですか……ちょっと、ロイさん」
リーシャさんが俺に小声で話し掛け、ちょいちょいと手招きする。つられるがまま彼女に近づき……おいそこ、幼馴染2人組、そんな目で見るな。別に何も無いからいちいち訝しむんじゃない。
話を聞こうとすると、リーシャさんがもう少し近づけと合図を出したため、受付に寄りかかるように俺は耳を貸した。
「なぜ亡霊戦士さんがパーティーに入ったのかはいいとして……もう一人の彼女とはどういったご関係ですか?」
「ん? ……そんな気になります?」
「心配ですよ。その……お体のアレがあるじゃないですか」
……あ。そういえばそうだった。リーシャさんのご厚意に預かり過ぎて忘れていたが、俺には悲惨な過去があるという悲劇的な設定があった。あえて詳しく説明していないのが逆に悪い方へ向かってしまっている。これ以上リーシャさんに心配をかけないためにも、誤解を解いておかなければ。
「リズは悪いヤツじゃないですよ。それに、このことも知りませんし。……コレに関してはもう
「……ふぅ、なら良かったです。こういうことは事前に説明してください」
「あはは、すみません」
よっし、これで大丈夫だろう。全く、次から次へと問題が出てきて参っちまうぜ。まあほとんど俺が悪いんですけどね。
耳打ちを終え、俺は2人の元に戻った。
「何を話してましたの?」
「なんでもないよ。俺が心配かけちゃってただけ」
「……最近、ロイの言葉を信用してよいのか、思い直してるところですわ」
えっ、何それ地味にショックなんだが? そんなに信用ない……? だって、たかだか学校を勝手に辞めて、見知らぬ土地で冒険者を始めて、カミューと行動を共にしているだけじゃないか? ……こう、改めて考えるの良くないな。仲良くても信用は出来ない自由人みたいだわ俺。
「体のアレってなんだ?」
「……ん? え? は、はい?」
「聞こえて来たぞ」
……耳が良すぎやしませんか? そういやコイツも五感が良かったな。はぁ、迂闊に変なこと言えないじゃん。カミューもそうだけど、獣人ってチートじゃない? 人間が劣等種族すぎて笑えるわ。
「アレ、とはなんですの? ロイ」
……もうちょっと配慮できたら完璧かなクロムさん。こういう不躾なところは頂けない。まあ何も言い含めていないから察しろと言う方が無理難題なのは分かりますけどね? でもちょっと何かこう……ね、わざわざ小声で話してるんだから少しくらい意図を汲み取ってくれません??
リズにこんなこと話せないじゃん……下手したらヘイトが両親に向いてしまうし、そうなってしまえば両親に心配と迷惑をかけてしまうのも目に見える。……思い出したくないこともままあるが、テオとしての立ち振る舞いを思い出さないと、クロムの手綱を握れないなこりゃ。Sランク冒険者とかいう立派な肩書があるんですから少しは自制して欲しいところなんですけどね。切実に。
「ごめん遅れた~! 私の取り分は!? あるよね!?」
来るのが遅いぞバカミュー。今からリズの機嫌を取らないといけないんだよ。
――名実ともにクロムとリズとパーティーを組んだ数日後、いや、そろそろ1カ月が経とうとしている頃。俺は悪夢にうなされるように目を覚ました。
……ハッ! ま、まずい早くギルドに……あ、違う。今日はクロムがギルドからの指令で丸1日不在の日だ。リズとの予定も入っていない。久しぶりに孤独を謳歌できる日。……もう日は昇りきってるな。
パーティーを組んでからというもの、俺は今世紀最大のストレスを抱えながら依頼に奔走していた。
なんとか呪いについてはバレずに済んだものの、俺を待っていたのは心休まらない日々。朝起きては依頼を受け、依頼が終わればカミューの付き添いに酒場で酔えもしない酒を飲み続け、週休日はリズに付き合わされる。時たまクロムの常識無い行動に振り回され、相変わらずクロムとリズの仲は悪い。なんでパーティーなんか組んでるんですかね?
もともとそんな寝る方ではない俺でも、この生活は心身休まらない。目の下に隈を作っては、たまに酒場で気絶する。そうすると翌朝、当然のようにリズとクロムが俺の部屋に居座っている。そんな状況のまま仕事に向かったのは何度目だろうか。
なんで俺だけこんなブラック環境なんだ。クロムとリズのおかげで人目をはばからず高難易度の依頼を受けられるのは良いが、金が溜まっても使い道が無い。特にこんな田舎じゃ。……これでドカ食い気絶でもしようものなら、また彼女たちがここに来るのだろうか。もはや慣れてきた自分が居るのが不服でしょうがない。
……もう外に出なくていいか。今日はこのままずっと寝よう。
再び毛布を被る俺の耳に、コンコンとノックの音が聞こえた。来客の予定は無い。最近では恐怖を感じる音である。
「ルイスさ~ん! オーナーですけども」
扉の奥から聞こえたのは割安で宿を貸してくれているオーナーさん。一気に緊張が解けた俺は、そそくさと扉を開けた。
「どうも、世話になってます。何かありました?」
「うん。急遽うちに団体さんが泊まることになったんだけど――」
ドンドン! パフパフ! ブォオーン!! カンカンカン!! パッパラー!!!
「……音楽隊の皆さん。両隣の部屋に」
「……お引き取り願うことは?」
「ハハハ、バカ言わないでよ。客をみすみす逃がすわけないでしょ? だからちょっと我慢してね? 明日には出発するみたいだから」
「……わかり、ました」
あぁ、俺の休みが……。
クソが。重い瞼を必死に上げ、俺は町に出る他なかった。
……どうしようか。今日くらい高い宿を借りてもいいかもしれない。幸いにも金ならある。こういう時のための備えだろう。どうせまた明日から労働が始まるんだ。
……いつの間にか社畜になってないか俺? いや、社畜っていうか、パーティーの潤滑油というか……いや、不和のタネ? 死にたくなって来てウケる。
「ん……? ロイでやんすか?」
「! 本当ですね!」
目の前から歩いて来た2人。そ、その声と喋り方は……! 我が友、悪ガキ共ではないか!!
「お前ら! 久しぶりじゃん!」
「こっちのセリフでやんすよ!」
「急に居なくなって心配してましたよ!」
旧友……旧友? との邂逅に俺達は肩を抱き合った。最後に会ってから未だ1年すら経っていないが、気持ち的には大人になって久しぶりに出会った学友だ。
まさかの再開に蓄積していた疲れが吹き飛んだ。うぅ、なんやかんやあったが、やはり自覚が無かっただけで、心のどこかでは恋しく思っていたのかもしれない。いや、最近のストレスが半端ないだけか。
そもそも何故こんな場所に居るのだろうか? ていうか、エルバートは?
「エルバートはどうしたんだよ?」
「補習でやんす」
「ギャンブルが合法になってから、勉学に身が入らなかったようで」
何してんだアイツ。青春を謳歌するのは良いけど、それじゃ本末転倒じゃねえか。名門校の名が泣いてるぜ。
「ロイはこんなとこで何してるでやんすか?」
「冒険者だよ。もう働いてんの。マジで最悪でさ~、最近なんか……いや、俺の話はやめとこう。お前らは? こんな町に何か用事?」
「え、えっと~」
「ははは……」
……? なんだ? なんでこんな歯切れが悪い? まるで何かやましいことでもあるような……。
そうやって俺が訝しんでいると、セロが小声で話し始めた。
「実はでやんすね……成人してからというもの、ギャンブル三昧だった我々、次の目標を立てたんでやんすよ」
「ほお、目標」
「次のターゲットは……」
セロはそう言って、奥にある通りに視線をやった。
当ても無くブラブラしていた俺だが、ここがどこであるかようやく理解する。こ、ここは……風俗街の入り口!
「ま、まさかお前ら……!」
「へっへへ、ロイもどうでやんすか?」
「じ、実は僕達だけで来たのはいいものの、なかなか勇気が出ずに、まごついてまして……」
こいつら、大人の階段を上ろうとしてやがる……! なんてことだ。これでは悪ガキじゃなく、エロガキじゃねえか! もし俺が学園に戻ろうものならエロガキ4人衆とか呼ばれるのだろうか……戻りたくない理由が増えちまったよ。
しかし……風俗、かぁ。……良い思い出がない。本当に。
そりゃあね? 俺も男ですから、興味はありますよ。興味はあるんだけど……痛い目を見てから拒否反応が凄まじい。苦手意識どころかトラウマレベルの代物だ。あれを風俗と言っていいのか分からないが、とある事情で俺は女性恐怖症を患い、前世は様々な女性からアプローチを受けていたものの、童貞のままジェイク・パーソンズとしての生を終えたのだ。……あぁ、思い出したくない。
その名残か分からないが今でも、女性とまでは言わずとも、そういった趣旨の店には抵抗感を覚える。薄暗く汚い路地、甘ったるい香りに酒の匂い。……うっ、トラウマがヤバイ。もう二度とファベルのような人生は歩みたくない。
「お、俺はいいかなぁ」
「なに恥ずかしがってるでやんすか。今時、好青年キャラなんて流行んないでやんすよ」
「そ、そうですよ! 行きましょう!!」
いや、風俗街にすら入れなかった奴らがよく言うよ。自分のこと棚に上げちゃってさ? そろそろいい歳なんだから大人に……こいつらって、良い感じの女友達とか居るのかな。俺が居ない間に変化が無ければ……うん、彼らの名誉のためにも考えるのはよそう。
……まあでも、ありではある、か? 平穏な人生を謳歌するという目標がある自分だが、こういった問題は無視できない。何せ結婚願望があるのだ。こんなことをいつまでも引きずってるようじゃ、それも夢のまた夢。そういった情事に手こずれば、仮に夫婦になれたとしても問題が生じてしまう。
トラウマを克服する機会がやって来たのかもしれない。……ちょ、ちょっと時間を、いや、怖がるな俺。少しづつ前に進むんだ。
良し! 俺はやればできる子!
「ここで、やんすね」
「お、おお」
「壮観ですね……」
やって来たのは、ちっちゃな店。まだ昼過ぎだが、営業はしているらしい。
……はい、本番無しのお店です。お前らさぁ……いや、最初からはちょっと俺もハードルが高いし、丁度いいのか?
店名は『サキュバスのイチャイチャ教室♡』……なるほど。まだ経験の浅いサキュバスが接客を通して男性との付き合い方を学ぶ、という趣旨らしい。初心者ばかりということもあり、価格も安めだ。
……帰ろうかな。
いや、萎えたわけじゃなくて。警戒心MAXなんです。サキュバスがもろにトラウマなんですよ。こいつらに人生を狂わされたと言っても……まあ少しくらいは過言じゃない。というか、女性関係のトラウマの原因である。
……店員が初心者、というのはつまり、法律で性交渉が可能な歳になったばかりのサキュバスが働いているということだろう。わざわざ昼に営業しているのも、酒に酔ったりとか面倒な客が来ないように、なのかもしれない。推測でしかないが。
「は、入るでやんす!」
「は、はい!」
コイツらはもうヤル気マンマンである。いや、本番無しですよ? 分かってるよね??
……心配だし、付いて行く他ない。今更ながらに後悔している自分が居るが、後の祭りである。
頼む。どうにかなってくれ……!
――日が沈み、風俗街が明かりに満ち溢れた後、俺達はようやく店を出た。
相手をしてくれたサキュバスが店前まで送ってくれるようで。
「あ、あの! また来てください……!」
俺達に付いてくれたサキュバス3人がこちらに手を振る。それを見た俺達は清々しい顔で手を振り返した。
結論から言おう。……最高だった!
「これは……また来たいでやんすね」
「うぅ、マルヴォルから遠いのが残念です」
学園の目に付かないようにと遠出してきたコイツらには悪いが、俺は間違いなく常連になるだろう。毎日通いたい。
風貌こそアレだったが、そんなにいかがわしい店じゃなかった。例えるなら……そう、メイド喫茶のようである。可愛いサキュバス達による手作り料理を食べながら、たまに会話をする程度。マジで丁度よかった。
入店してからというもの、ガチガチに緊張していた俺達を出迎えたのは、これまた緊張が目に見える若いサキュバス。
「あ、あの! いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ」
薄暗く妖艶な雰囲気の店に似つかわしくない初心を感じさせる店員さん。当初、セロとダリルが考えていたような店ではなかったが、それでも結局、全員がハマった。
「ロイさんって冒険者なんですね! 凄いです! カッコイイ!」
……でへへ。そんなキモイ声が俺の心から聞こえた。悔いは無い。
トラウマなんてあったとは思えないくらいに俺の心は満たされていた。というか、もう俺が知ってるサキュバスじゃなかった。俺が知っているのはもっと妖艶で、狡猾で、慈悲も無く……しかしこの店の店員さんは、純粋で、可愛らしく、献身に満ち溢れていた。誠に素敵でした。
「……今なら、イケる気がするでやんす」
「梯子、ですか」
……先ほどまでは人通りが少なかった風俗街だが、今では活気に満ち溢れている。開店しているのはどれも大人の店。『サキュバスのイチャイチャ教室♡』とは比にならない深淵の世界である。その数々に、セロとダリルの目は向いている。
「……やるんだな?」
俺の一言にセロとダリルは大きく頷いた。
さっきの可愛い店員さんを相手にし、ワンチャンを狙って慢心しているわけではない。俺達は、あのサキュバスさん達から勇気をもらったのだ。大人の階段を上がるための勇気を。
今から相手にするのは本物だ。それはセロとダリルも理解している。俺達には想像もつかないような茨道だと。しかし……男には、やらねばならぬ時がある。
それが今だ。この階段を上り切り、俺達はあの店に戻って報告するんだ。『やってやったぞ』と。……これはちょっとキモイか。
「行くでやんす……!」
「「おう!」」
俺達は、苦難の道を歩みだした。刹那……。
「――なんで私が出禁なのよぉ!」
「いえ、ですからその……」
「訴えてやる! 死刑よ死刑!!」
「ど、どうかそれだけは……」
「なら男を出しなさいよ男をぉ!!」
「勘弁してくれ……」
とある店の前で、エルフと思しき女性が何やら暴れていた。俺達はそのあまりの気迫に、思わず足を止めてしまう。女性の主張の内容を聞くに、どうやら女性向け風俗の店を追い出されたようだ。店員の弁解を聞くに、どうやら女性の難癖のつけ方が凄まじいらしい。
「男を出しなさいよぉ! イケメンで頭良くて体も鍛え抜かれてて高収入で優しくて聡明で大勢の人を救えて私だけに笑いかけてくれて結婚してくれる奴! 一人くらい居るでしょ! それでもプロなの!? 金なら出すっつってんでしょ!!?」
「当店では応えかねます……」
……当店というか、居ねえだろそんな奴。なんだアイツ。怖すぎだろ。
エルフは長命ゆえに年齢が分かりづらい。しかし、だからこそ若さを保ちやすい。見たところプロモーションも良い。……勿体ないなぁ。酒を飲んでるのか知らないが、あんな性格じゃいくら外面が良くても男が寄り付かないだろう。
せっかく顔も美人で……。……?
「……俺帰るわ」
「え!? 何言ってるでやんすか!?」
「ぼ、僕達を置いてく気ですかロイ!?」
「おう。まあ、また会ったらさっきの店行こうぜ。お疲れ~」
後ろから何か2人が言ってる気がするが、俺はそれを無視して宿に戻った。
ガキン! バキッ! ドゴォン!! ブーブー! バンバンバン!!
そういや音楽隊とやらが来てるんだっけか。てかなんだよこの音。何の楽器使ったらこんな騒音になるんだ。
そんなことを思いながら俺は気にせずベッドに横になる。
「ふぅ、今日もいい日だったな」
目を閉じ、俺は物思いに耽る。
思い出すのは……爽やかな匂いで、言葉遣いから一生懸命さが伝わって来る、俺を担当してくれた水色の髪のサキュバス……愛しい彼女。
――ではなく、先ほど暴れていた推定行き遅れの残念エルフ。
「……あれ、セシリじゃね?」
俺の胃が、また悲鳴を上げ始めた。
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