第18話 懐かしさと煩わしさ
「地図を見る限り、もう少しですわね」
随分と長い間、俺達はダンジョンを進んだ。ずっとクロムの後ろを歩いているだけだったためか、時間がかかりはしたものの、体力の消耗は少ない。
念のためにと地図を広げ、睨めっこをするリズによれば、目的地までもうすぐらしい。結局クロムの先導は間違いではなかったようだ。ここに来たことがあるのか、あるいは……本当に直感? 空間把握能力が凄まじいとか? 昔から五感に優れていたが、ここまででは無かったはず。気になるところだが……下手につつくと俺の素性がバレかねん。ここはグッと堪えよう。
目的の宝箱があるという最奥まであともう少し。その部屋に近づくにつれ、魔獣の数も減っていった。
「な、なんか不気味じゃないですか? 急に静か、というか……」
「最終部屋が近いからな。多分そこにボスが居て、他の魔獣が近寄れないんだろ」
「え! ヤバイじゃん!?」
「うーん……ここは最近、踏破されたって話だけど前に居たのは強かったのか?」
「私が聞いた話ですと、Sランク1人にAランク3人のパーティーで攻略されたそうですわよ。死傷者は出なかったみたいですわ」
「その後釜、ってことは難易度がいくらか下がってるとして……気を付けさえすれば大丈夫だな多分」
基本ダンジョンの最奥には、その主であるボスが居る。ボスが倒された後、しばらく時間が経つと新たなボスが現れる。まあ単純に、あっちの序列で次に強いヤツがその部屋に居座り始めるだけなのだが。
……とはいえ、どうやって繁殖するのかダンジョンではひっきりなしに魔獣が生まれる。ある程度のカテゴライズは出来るが、中にはボスになる素養を持つ特殊な魔獣が生まれることもあるのだ。基本そういうヤツは生まれて間もなく、既に強い可能性が高い。
今から戦う相手がそうであった場合……。やっぱ事前情報なしでダンジョン潜るのって危ないよな。もう少し下調べしとくんだった……。
自身の準備不足を嘆いていると、前方を歩くクロムが足を止めた。
「ここだ」
進めば進むほど、段々と広くなっていった道の先には、巨大な扉があった。ざっと5メートルほどの高さがある石扉には、うねうねと見る者を不安にさせるような意匠が施されている。
……特段、珍しくも無い。ダンジョンにはよくある不気味な紋様。そのどれもに類似点が多々あり……忌まわしき過去の時代に由来する物である、その証拠のようなものだ。このダンジョンも例外ではない。
通常、簡単には開けられないその扉を、クロムは自身の怪力を持って押し開いた。
そこには、ただならぬ雰囲気の魔獣が佇んでいた。間違いなく、俺が今世で対峙した中で最も強い敵だ。
渦を巻く大きな角の下には、横線の瞳孔を持つ目玉が四つ。四足歩行の足には棘のような鋭い突起がまばらに突き出ている。所感は山羊の魔獣であるが、巨体ゆえにその感想はいささか稚拙と感じる。3本の尾は剣のように鋭く、金属のような光沢感があり、ほんの少しの光をヌラヌラと反射していた。
誰もが思わず武器を構える。……クロムだけが、ただ冷静に、しかし機敏に、ボスへ距離を縮めた。
時間にして数秒、決着はあっという間についた。俺とリズは引き気味で、カミューはあんぐりと口を開けている。はい、強そうだったボスでしたが、クロムの前ではただのかませ犬でした。
相手はクロムを認識するなり、鋭い尾で切り付けようとしたところ、クロムはその攻撃に当たることなく、刀を一振り。その一閃でボスは四足を切り落とされ、鈍い慟哭が響いたのも束の間、クロムは気にする素振りを見せず、首を切り落とした。
刀を僅か二振り。それで勝負は決した。
「終わったぞ」
「……え、え~?」
どんな顔をすればいいか分からない。素直に言えば、特に見せ場も無く命を散らしたボスへの同情が一番強い。
……これがSランク冒険者ですか。カミュー良かったな。良い手本だったんじゃないか? 夢のため、お前もこれぐらいできるように頑張れよ。もちろん心から応援しますよ、ええ。
「……と、とりあえず目的の物を探しますわよ。あなた達は確か、宝箱を探しに来たのですわよね?」
「ああ、うん。なんかもう、どうでもいい感じあるけど」
とはいえ、ブツが無いと依頼を終わらせることができない。……!! そうだ! こんな依頼さえ終えてしまえば、リズ……はともかく、クロムとは距離を取れるじゃないか! そうと決まれば、さっさと済ませよう!
こういうのは大体、ボスが居た後ろに……あったな。魔獣に荒らされていないのが不思議で仕方ないが、部屋の奥、壁際にポツンと存在している。なんか作為を感じるなぁ。普通、もうちょっと無造作に置いてるもんなんだけど……まぁいいか。
「ん、それか」
「あ、はい。多分この中に」
さて、開けますか。……本当、いつ見ても趣味の悪いデザインだな。なんでこんな物が流行ったんだか。あの時はマジで世も末だと思ったなぁ……懐かしいが、同時に思い出したくもない。さっさと中身を回収して帰ろう。いや、ただの入れ物とはいえ中身にも警戒しとくか。
年代物なのか、宝箱はキィと甲高い耳障りな音を立て、開かれた。
さて中身は……。
「……花、ですわね」
「え? 花?」
宝箱から出てきたのは黒い花。まさか植物だとは露ほども考えていなかったな。リズとカミューがそれぞれ困惑の声を上げる。
光加減で、花弁が銀色に見えるためか、神秘的な物に見えるが……本当にこれか? だって鍛冶で使うんだよな? ……ん、待てよ。
「……あー!」
「? 知ってますの? ロイ」
「あーうん。だいぶ珍しいよこれ。ふっるい本で読んだだけだけど」
嘘です。実際に見たことあります。しかし珍しいのは本当だ。転生も5度目になるが、今まで1回しか見たことがない。それも大昔も大昔。初めての転生、ランドだった時に出会った代物だ。
「
「物知りですわね」
「うん。まあ、俺も詳しい使い方は知らないけど」
1000年もその美しさを損なわないと呼ばれる鉄の花。その寿命の長さから数が少ないのか、滅多に見かけることはなく、群生もしない。
女神に課せられた試練の一つが、これを探すことだった。あれは大変だったなぁ……数か月も山の中を彷徨うハメになったのは良い思い出だ。おかげで強力な武具が手に入って苦労が報われたし。
しかし現存しているとは驚きだ。文献に残っているとは思えないし……再発見されたのか? もしかしたら俺が知らないだけで、世界のどこかで群生なり生産なりされているのかもしれないな。
「ま、目的は達成したし、もう帰ろうか……あ、リズはもうちょっと調べたい?」
「そうですわね……見て回りたいのは山々ですけれど、正直あまり目ぼしいものはないですわ。構造が複雑なだけで他のダンジョンと変わりなさそうですし」
そう言って残念そうに辺りを見渡すリズ。
魔獣の巣窟とはいえ、そのダンジョン独自の副産物を発見できることは稀なのだ。
「やはり、ここもありふれた邪神の住処でしたわね」
「? 邪神?」
「基本的にダンジョンと称されるものは、かつて居た邪神の古巣ですわ。この遺跡もそのひとつ。こういう場所は大抵、似たり寄ったりで変化がありませんのよ。もちろん類似点が多いだけで違いはありますけれど……ここを隅々まで探索すると骨が折れますわ。私も帰還してよろしいかと」
邪神……邪神ねぇ。はぁ~くっだらね。冒険者である以上、ダンジョンにもお世話になることがこれからもたくさんあるが、あんまり入り浸っていると嫌いになってしまいそうだ。俺が抱えている黒歴史にトラウマ、そのほとんどがこの憎き邪神共が原因である。絶滅してくれて助かったよマジで。
あーやめやめ。こんなこと考えても良いこと無いわ。さっさと帰ろう。
「クロムさん、もう帰ろうと思いますけど大丈夫ですか?」
「問題ない」
「あ! じゃあ皆で飲まない? 今日はきっと酒が美味しいですよ!」
……なんかもう、尊敬するよカミュー。コイツのアルコールへの執念には恐れ入る。毎度のことのようにやらかしているのに、少しは反省しようとか思わないのだろうか? 酔いが醒めた後に謝り回ればそれで良しと思ってない? 違うよ? 反省したらもう同じことを繰り返さないように気を付けないといけないんだよ??
カミューって黒歴史とかあるのかな……この能天気さは見習っていいかも。まあでも、とりあえず反省はしてもらう。
「お前な……昨日の今日だぞ? また――」
「そうしよう。帰る頃には日も暮れる」
「え?」
き、聞き間違か……? まさかクロムが乗り気なわけがない。だって昨晩あんなにキレて……いや、そういえばもともと感情の起伏が分からん奴だった。クールというか不思議というか……もしかして実は、結構嬉しかった、のか? いつも皆から畏怖されてるのも不本意?
なんか、そうなると断るに断れないというか……いや、試しにカミューを任せてみるのもありかもしれない。案外クロムは酔っ払いの相手もできるんじゃないか?
……少し不安だが、試してみるか。そう、試すだけだ。
そうして無事にダンジョンから脱出し、同じく魔動車で帰って来たわけだが……幸先が不安だ。来る時とまるで変化が無く、気まずい空気でしたよ。
いや、それ以上だったかもしれない。なんか露骨に俺だけ質問責めされたんだ。他でもないクロムから。謎多きSランク冒険者なんて嘘だったかのように根掘り葉掘り質問された。ほとんど答えられないし、適当に流せはしたのだが……リズは終始おもしろくなさそうだったし、カミューに空気を読むという芸当が出来るわけもなく、俺は既に胃が痛かった。口もパサパサで喉が渇き切ってますよ。
そんなこんなでいつもの酒場に足を運んだのだが……。
「店主、店を貸し切りたい」
「……いくらあんたの頼みでもそれはなぁ」
「これで足りるか?」
そう言ってクロムは自身の懐から手に一杯の金貨を取り出した。ちなみに時間が遅かったということもあり、まだ依頼完了の報告はしていない。つまりは報酬を受け取っていない。
金銭の問題が浮上すると……なんとクロムが奢ると言い出したのだ。これにはカミューも大喜び。また今度にしようという俺の意見は、明後日の方向に飛んでいった。
大量の金貨を目の前に、店主は目を丸くして咳ばらいをひとつ零すと、店の看板を『CLOSE』にするため、外へ出て行った。
さすがはSランク冒険者。金の使い方が豪快だ。というか、普段は何にお金を使っているのだろうか? ……クロムが豪遊するイメージが全く湧かない。いい機会だし聞いてみようか。
「わはは~! 今日もお酒が美味しいですな~!」
「……Zzz」
「店主、もう一杯頼む」
入店してから約2時間。俺達以外に客は居らず、騒ぐのもカミューくらいなため、いつもより静かな晩酌だった。カミューは相変わらずで、俺が心配だから最後まで付き合うと豪語していたリズは眠りこけている。
……非常にマズイことになった。カミューはいつものアレだからいいとして、リズが役に立たなくなったため、ほとんど俺とクロムの会話になってしまっているのだ。
「――なんてことがあってな。私はここまで長生きしてるんだ」
「へぇ、ウェアウルフですか。実在してるなんて凄いです」
「私が始祖だ。どうだ? 凄いだろ」
「ははは、凄いです凄いです」
こんな風にクロムは度々感想を求めて来た。何故いちいち誇らしげなのだろうか。
でも、環境が環境だったとはいえ、まさか進化……って言っていいのか分からないが、より魔に近い存在であるウェアウルフになっていたとは。突然変異みたいなものなのだろうが、そんなこともあるんだなぁ……あ、そういえば俺もだったか。う、思い出したくねぇ。
クロムはそんな話をしながらガブガブと酒を飲む。カミューに負けず劣らずのペースだな。しかし顔色は涼しいまま。……コイツこんなに酒強かったっけ? かつての旅の途中、町に寄っては宴をしていたが、普通に酔っ払っていた記憶がある。やはりウェアウルフになったことで新陳代謝とかにも影響があったのだろうか?
「後で狼の姿も見せてやろう」
「あはは、ありがとうございます……。それより大丈夫ですか? もう結構飲んでますけど、解散します?」
「あいにく酔いづらい体でな。心配してくれるのか?」
「ま、まあお体の心配といいますか、店の在庫の心配といいますか……」
「無用だ。それにお前もあまり酔ってないだろう? 酒に強いんだな」
「それほどでも……」
クソ。こんなことなら俺だって酔いたいよ。心労がマッハなんだよ。なんで昔の仲間にこんな気を遣って話さないといけないんだ……いっそのことゲロるか? 飲んだ酒じゃなくて本性をゲロってしまおうか。
というかカミューは何をしてるんだ。こういう時こそお前の出番じゃ……。
「きゅう……Zzz」
……吐かなかっただけ誉めてやろう。次はミミズだな。
「……やはり似てるな」
「え?」
「いや、昔の……仲間に似てるんだお前は。随分とよそよそしいがな」
……まさかな。クロムさんが一体誰のことを言っているのかこれっぽっちも分からないが、きっと他人の空似ですよ。
……もしかして、俺のこと、その人の子孫とか疑ってます? 知っていると思いますけど、かの勇者は童貞だったんですよ? ヤルことヤル前にぽっくり逝っちまった阿呆なんですから。気のせいですって! 俺だってただの農民なんですから! え? 俺の足が震えてる? き、気のせいじゃないっすか?
「もう誰も知らないと思うがな。……テオって名前の勇者が居たんだ。私もその仲間で、昔馴染みだった。アイツが何か成し遂げる度、我が事のように嬉しかったし、辛いことがあれば、私も悲しかった。一心同体ってヤツだな」
「へ、へぇ~そうなんすねぇ」
「ああ。本当、あの旅が懐かしいよ。私とテオ、2人を止められるものは何も無かったんだ」
……ん? なんか、あたかも2人だけだったかのように語ってますけど、4人でしたよね? あれ? エルナとカリアのこと忘れてる? ……いや、わざとだろ。なんでそんな嘘つくんだよ。
そりゃ一番付き合い長かったのはクロムだけど……。……そういえば人間のエルナはともかく、カリアはどうしているのだろうか。天使族は神に匹敵する寿命の長さと言い伝えられていたが……いや、あんまり期待するのは良くないな。いつ死んでもおかしくない時代があったんだから。……むしろクロムは何で生き残れたんだ。
「どこがとは言い表せれないが……うん。やっぱり似てるな」
「……ち、近いです」
「……すまない」
なんで席を詰めて来るんですか。そんな必要ないですよね?
……これ本当にバレてないよな? 不安でしょうがないんですけど。確信犯的な行動が多すぎる。もしかしたら本能的に薄々感づいているとか……?
……考えるのはやめよう。精神衛生上よろしくないわこれ。
「随分と仲がよろしいことで」
あ、リズが起きた。というか起きてたのかな。顔赤いけど大丈夫か?
「何を話しておりましたの? ことによっては……」
「え、いや何もないから! ねっクロムさん!」
「……お前たちはどういう関係なんだ?」
「幼馴染ですわ」
「ほお……」
パリン!! パラパラパラパラ……。
「? すまない店主。割ってしまった。弁償しよう」
「……いや、お構いなく」
……割った、というか砕いたというか、え? 無意識ですか?
クロムの握力によってグラスが粉々になってしまった。ガラス製とはいえ、無意識の力で割れるような物だろうか……何か彼女の琴線に触れたっぽいな。知らんけど。
酔ってるからかリズは気にしていないし、カミューは寝たまま。今の音でも起きないのか。相当眠りが深いな。はぁ、呑気なことで……。
「そうだ。私もパーティーに入ろう。うん、それがいい」
「……え、え? ど、どういうことですか?」
嘘だろ? 嘘だと言ってくれ……!
「? だからパーティーに入ろうと。何か問題でも?」
「いや、え? ご多忙なのでは……?」
「問題ない」
いや、何が問題ないんですか。あんたSランク冒険者だろ? 蹴っちゃいけない依頼がゴロゴロ転がり込んで来るだろうに……。というか、こっちに拒否権は……?
「ではカミューさんと2人きりですわね。ロイは私と学園に帰るので」
「ム、そうなのか?」
……くそっ、次から次へと面倒事が湧いてきやがる。ただでさえカミュー1人で手一杯なのに、クロムが来たら……それに冒険者を続ける為には、リズの方もどうにかしなければならない。
この世界はとことん俺のことが嫌いらしい。何故こうなった……俺は今まで平穏に生きるための最適解を選んできたはずだ。いつも自分の為を思って……自業自得ってやつが、これなのか。
いや、にしてもこれはおかしい。目に見えない力が働いているとしか思えない。何だってこんな目にあわなくちゃならないんだ! ふざけるなッ!
「クロムさん、ごめんなさい。うちではちょっと……」
「断る」
「……リズ、俺はもう学園には」
「断りますわ」
……なんか、胃がムカムカしてきた。なんだろうかこれは……。
ふぅ、どっちみち少し考える時間が必要だ。ちょっとトイレにでも……。ん? 足に力が入らないぞ? というか、なんか立ち上がりたくない。ひたすらそんな気分を覚える。
なんか懐かしい気がするなこの感じ。まるで酒に酔っ払って………………ヴ。
俺はこの人生で初めて……ゲロを吐いた。
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