第14話 カミューさん見逃してください

「……あの~、ルイスさん? そろそろ他のことでも」


 薬草を集め始めて数分後、そんなことを言い出したカミューに、俺はそっと手に握ったムカデを見せた。


「ひぅ」


 ……まだ諦めた様子は無いが、効果はてきめんだな。少しでも逃げる素振りを見せたら、とっ捕まえてコレを口の中にねじ込んでやる。俺は本気だぞ。


 先日、カミューの極度な飽き性の性質を知った俺は、ひとまず彼女の忍耐力をどれくらい伸ばせるかに挑戦していた。


「うぅ……こんなの一生終わりませんよ~!」


「やれば終わるんだよ。リーシャさんに無理言ってノルマを下げたんだ。お前1人で全部集め終わるまで今日は帰さないからな……!」


「ひどい! 鬼畜! 悪魔!」


「ほほう。他の虫をご所望で?」


「!! 精一杯務めさせていただきます!!」


 全く、大した量でもないのに、すーぐ弱音を吐きやがって。代わりに今日の報酬は全てカミューにあげると言ったんだ。……最初はやる気マンマンだったのに、始まった途端これだよ。俺の生活も危ういのに、少しくらいは感謝してほしい。まあ、無理も無いが。

 さて、このペースでいくと……まあ何があっても夕方までには終わるか。本当は余った時間で他の依頼も受けたかったが仕方ない。とりあえず今日の様子を見て、見込みが無いようなら指導の方向性を変えよう。正直、彼女の性格に関しては生まれ持った性質だろうから、どうしようもない。得意なところを伸ばしてやりたい気もするが……俺が知る限り、彼女の尖った部分なんて酒呑みくらいである。


 マルチタスクも出来るかどうか見ておくか。カミューの素性も洗っておきたいし、俺は会話に専念するとしよう。


「カミューってどうして冒険者になろうと思ったんだ?」


「! よくぞ聞いてくれました! 小さな村で生まれたあたしは、」


「手は止めるなよ。あと出来るだけ端折ってくれ」


「あ、はいぃ……あたし、10人兄弟姉妹の最年長なんです。家はそこそこ裕福なんですが……あたしと違って、みんな学び舎に通いたいとか、そういう夢があるみたいで……親は笑って、どうにかやり繰りしようとしているんですけど、流石にお金が足りないことも多く、だったら私が! って人稼ぎしようと思ったんです! もともと絵本にでてくるような冒険が好きだったのもあって……と、いう経緯です!」


「ほーん……それで酒場に入り浸ってるの?」


「ぅぐ……はい。親の金で飲むお酒が一番おいしいです」


 感想は聞いてないんだけどなぁ。途中まで偉いとか思ってた感動を返して欲しい。今の状況を見るに、冒頭の長々とした家族の話はどうでもいいとして……絵本の冒険譚に憧れたかぁ。なるほど、道理でドラゴン退治とかいう突拍子もない話が出て来るわけだ。これは手強いぞ。

 いや、夢があるのは良いんですよ? ただまぁ、多少なりとも現実的、客観的事実に基づかないと叶うもんも叶わないわけでしてね? 応援してやりはしたいが……いやいや、そのために俺は今カミューの面倒を見ているんだ。彼女の為にも、俺も気合を入れていかないとな。


「……だぁ! やっぱり無理ですぅ! 報酬は山分けでいいので手伝ってくださぁい!」


 あらら。案外マルチタスクできるじゃんと思ってたのに……あれか。もともと集中力が無いからそう見えてただけか。

 しかし困った。この程度で根を上げるとは……これは無理にやらせても伸びしろが無いな。あとこれで山分けにしようとする図々しさもなんとかしないと。


「はいはい。手伝ってもいいけど……逃げたら、分かってるよな?」


「は、はい」


 やはり彼女の性格的にも、実戦が一番だろうか? リーシャさん曰く、俺の冒険者ランクを上げればカミューと共にダンジョンに行けるし、報酬も上がる。タイミングを見て昇格依頼を受けるべきだな。




 ――それから数日後、カミューとのパーティを継続しつつ、個人的に冒険者ランクの昇格に向けて色々と働いていた俺は、ハードスケジュールに追われながらも無事にCランクに上がることが出来た。難易度自体はそこまで高くなかった。近くのダンジョンに潜り、低レベルの魔獣を倒して帰って来るだけ。本当に、限られた時間だけが問題だった。あぁ、ショートスリーパーだったあの頃に戻りたい……。

 しかし、これでようやくカミューを実戦に連れて行ける。彼女に再びステータス板による診断を受けさせると、特訓の成果か能力面に成長があったことも確認できた。よほどの異常事態が無い限り、命を落とす危険も無いだろう。


「ミミズ、ムカデ、イモムシ……ゴキブリゴキブリ、ブツブツ」


 ……うん、特訓が効きすぎたみたいだな。虫への苦手意識が最早トラウマになってしまっている気もしないが、まあいいだろう。魔獣はその名の通り、ほとんどが獣に近い異形だし、カミューも立ち向かっていける、筈だ。多分。メイビー。


「もうそろそろ着くぞ」


「……ハッ! 今なんか言ってた?」


「……あの、しっかりしてください。これから魔獣の討伐に行きますよ?」


「そ、そうだ! あたしは出来る子。集中集中」


 不安である。以前、一度だけ彼女と対人戦闘訓練をしたが、俺の目から見ても実力は申し分ないと判断できた。不幸中の幸いか戦闘のセンスは良い。耳が良いと自慢していただけあってカミューは察知能力に優れている。近接主体の戦闘スタイルだったこともあり、長々と詠唱を必要とする魔法で対抗するのは分が悪く、俺が危うく負けかけました。

 しかし……この緊張具合。なけなしの金で装備も整えたし、大丈夫だと思いたいが……実戦は空気感が違うからなぁ。まあ、俺がサポートすればいいか。


「あんまり肩肘張ってると最後までもたないぞ。せめてダンジョンに入るまではリラックスしてないと」


「お、おす。頑張るます」


 ……いや、本当に頼みますよ??




 結局カミューが緊張を脱しないままダンジョンに到着してしまった。危険を促す看板の後ろには、地下洞窟へ続く大きな穴が佇んでいる。岩壁を抉り取ったようなその穴の先は暗い。苔むした岩壁は、ところどころが紫色に変色していた。

 その異様な雰囲気に当てられたのかカミューの顔色が悪い。ダンジョンを見るのも初めてか……こういう場所は魔素の濃度が不自然に高く、地上とは比べ物にならないほど苛烈な生態系を有していることが多い。だからこそ、この環境で生息できる魔獣などの生き物は生命力が高く、手強いのだ。


 ……しっかし、前も足を運んだとはいえ、近づけば近づくほど吞み込まれてしまいそうになる雰囲気には慣れないな。その内、肌で魔素を感じ取れそうだ。

 事前にリーシャさんからも説明されたが、魔法の取り扱いにも注意しないと。今回、俺は杖も装備している。十分に誤爆する可能性が高い。もし俺の魔法でカミューが黒焦げになったりしたら……まあいいか。その時は軽く謝って済ませよう。


「ほ、本当にここ入るの……?」


「おう……じゃないと魔獣が出てくるまで祈るしかなくなるからな」


「ひょ、ひょえ~」


 カミューさん、ガクブルです。いや、本当に大丈夫か? 顔が青いぞ。もしかしたら察知能力に優れているがあまり、危険な気配に敏感になってしまっているのかもしれない。まあ、魔獣を見たことがあるとは言っていたものの、その巣穴に入って行くのは勇気が要るだろう。


「な、なんか野生の勘というか、そんなのが警戒しまくってるんだけど……な、なんか! あたしが知ってる魔獣ってここまで怖い感じなかったよ!?」


「そりゃそうだろ。だって数が違うだろうし、そもそも地上に出てくるのは階層が上に近い低レベルの魔獣がほとんどだしな。それにカミューが見たことあるのって田舎のヤツだろ? 多分ここのはそれより強いだろうなぁ」


「な、なんで!? 魔獣なんて全部一緒じゃん!!」


「んー基本、栄えた街に近いダンジョンに棲む魔獣の方が手強いもんだぞ」


「なんでそんな所に街とかつくっちゃうの!? バカなの!? 危険じゃん!!」


「強力な魔獣が現れやすい一方、そういうダンジョンこそ資源が豊富だからな。生存競争も加速するし……まあ世の中そういうもんだぜ」


「知りたくなかった……」


 途端に現実を見せられた子供のように、カミューが肩を落としてしまった。理想と現実の擦り合わせをしているのだろうか、カミューは何かを考え込むように頭を抱えている。

 俺はというと、唖然としていた。え? まだ魔獣と出くわしたわけでもないのに、この程度で頭抱えます? 噓だろ……ここに来て俺のモチベーションが悲鳴を上げ始めた。何せ、カミューの夢を応援するため、せめてその一助になればいいなとここまで必死こいて働いていたのである。

 何としてでもカミューにやる気を出させなければならない。じゃなきゃ俺が死ぬ。冒険者を辞めないといけなくなってしまう。いつの間にか敬語をやめるまでになった仲だ。もうしばらくの関係とはいえ、ここで終わらせるわけにはいかない。


「おいカミュー! こんなことで挫けるな!」


「うぅ、だってぇ……」


「あんなに頑張って特訓したじゃないか!? 思い出せ! あの日々を!!」


「あの日々……虫に、虫に、虫」


「よーし分かった一旦ストップだ……思い出すのは特訓の成果だ。前にステータスを更新しただろ? 明確な数値に、お前の努力が反映されてた筈だ。何よりの証拠じゃないか?」


「ぐすん……でもインテルは下がってたぁ!」


「そんなの関係ない! 絶対に、カミューの頑張りは報われる。俺が保証する」


「……本当?」


「あぁ! もちろんだ!」


 そう言って俺はカミューに手を差し出した。彼女はその手を見つめ……。


「やっぱ無理ぃ!! こわいぃよぉおぉ!!!」


「……」


 これでも無理か。俺の情熱を返して……いや、やっぱりいい。急に返されても俺も怖いわ。

 しかし、ここで踵を返すのもなぁ。俺だけでこの依頼をクリアしてもいいが、そうなるとカミューを指導するという目標の達成が遠のく気がする……いや、間違いなく遠のく。というか実力はあるのだ。あとはカミューの意識の問題だけ。

 ……なんかムカついてきたな。ふざけるなよ? お前のために一体どれだけの俺の日常を捧げたと思っている? 一分一秒でも早く俺は平穏を謳歌したいのだ。今まで散々後回しにしてきたというのに、こんなことで躓いていられるか。


 こうなったら最終手段だ。


「カミュー」


「……?」


「この依頼をこなしたら、酒を解禁する」




「――かかって来いやぁ! 魔獣ども!!」


「よーしあんま大声は出すなよ危ないからな」


 単純で助かる。これでこそカミューだな。こういう素直なところはパーティにとってありがたい部分だろう。

 彼女は松明を片手に、大手を振ってダンジョンを進んで行く。俺がついていくのに必死なくらいの勢いで。あぁ、そんな火をブンブン振り回したら危ないぞ……言ったところで届きそうにないが。

 しかし、彼女の大胆さに警戒せざるを得ないのか、肝心の魔獣が姿を現わさない。もう結構進んでいるし、いつ出てきてもおかしくないのだが……うーむ、ダンジョンに生息する虫や爬虫類などの生き物でさえ岩陰に隠れてしまっているな。


「ルイス! 全然いないんだけど!」


「そうだな……比較的、危険度の低いダンジョンだけあって人の出入りがそこそこあるんだと思う。魔獣なんて散々狩られてるだろうし、冒険者に警戒しまくってても不思議じゃない」


「そんなぁ! それじゃあ、あたしの酒が遠のくじゃん!」


 いや、遠のいてるのは俺の平穏……いかんいかん、俺は冷静でないと。奇跡的に今は俺とカミューの目的に矛盾が無い。この機会を逃すわけには……。

 !! よし! それっぽいヤツが奥に居る。


「!! ルイス!」


「カミュー、松明を消せ」


「わ、わかった」


 どうやら彼女も気が付いたようだ。距離にして……前方30メートルといったところか、角の暗闇に相手は潜んでいる。あまり動きが無いところを見るに、こちらには気が付いていない可能性が高い。

 となると、理想は奇襲を仕掛けることだが……難しいだろうなぁ。カミューに隠密の適性は無かったし、俺が魔法を使おうにも詠唱を聞かれたら意味が無い。


「お酒お酒お酒お酒……」


 ん? なん……カミューの瞳孔が開き切っている。まさか、ここで禁断症状が……!? くそっ、酒で炊きつけたのがここで裏目に出るとはッ!


 あ! まずい! 遂にカミューが走り出してしまった……! せ、せめて魔法で支援しなければ……!


「ちょ」


「おらぁ!!」


 ドゴォン!!


 ……カミューの後に続き、俺も急いで駆け出したところ、角を曲がるなり攻撃しかけた彼女の姿が見えなくなったと思うと、鈍い音が洞窟内に響いた。

 曲がり角から土埃が立ち込め……薄暗い中、悠々とこちらに姿を現わしたカミューは、これでもかというくらいに血を全身に浴びていた。


「おぉぉ! 獲ったどぉぉお!!」


 顔を真っ赤……いや、紫ががかった血に染めるカミューは俺の方を向いて雄たけびを上げていた。理性があるか怪しいが、きちんとこちらに誇示してくるあたり、目的は忘れず頭に残っているらしい。

 俺は彼女に近づいて、曲がり角の奥をチラッと覗き……顔を引き攣らせた。


 うわぁ。やりすぎだろ……。


「見た見た!? あたし! やったよ!!」


「あぁ、うん。おめでとう」


 ……教育方針を間違えたかもしれない。いや、大成功か? 大成功過ぎて、シュールというか、無残というか、彼女のイメージとかけ離れているというか……。


 あたり一面に広がる血の海。魔獣のものと思しき残骸は原型を留めておらず、体積に収まっていたであろう中身がジュースにようにぶちまけられている。彼女の体が紫色に染まっている原因はこれだと、否が応でも理解させられる。

 カミューの手に握られた巨大な鈍器の先端から、ポタポタと雫が垂れていた。




 カミューのジョブはシーフ……だった。かつての話である。スピードが高い彼女は自分の長所を理解し、そうしていた。

 しかし搦め手の方がてんで才能なく、それに気が付いた俺は彼女にジョブの変更を打診した。インテルが低く、小回りが利かない彼女にシーフは向いていない。そもそも肝である隠密が出来ないのである。俺はカミューの短絡的、良く言えば素直な性格から……小細工の要らないデカイ武器を持たせることにした。


 前に始めた特訓で、俺はカミューにひたすら筋トレをさせた。ネズミとはいえ獣人である彼女は、基本的な身体能力が人間よりも高い。そこを伸ばした。徹底的に。疲労困憊になっても虫をチラつかせて努力を促した。

 結果、カミューは自身の体躯ほどもあるハンマーを振り回せるようになった。コントロールは怪しいが、遠心力だけで並みの魔獣は……こうして土に還る。威力は充分。アタッカーとして申し分ない。更に自前のスピードで後隙を減らし、前線を張っても相手を翻弄できるだろう。


 ……その俺の見込みは間違っていなかった。いなかったが……ここまで野性味あふれるとは思わなんだ。

 鍛冶屋で武器を見繕い、振り回すに問題なさそうなカミューを見て希望を持った、かつての俺。見てるか? カミューはやったぞ。ジョブをファイターに変えさせた……つもりだったが、これはバーサーカーかもしれないけど、なんか代わりに理性を失って先祖返りしそうな勢いだけど、それでも彼女は一人前になったぞ。


 そしてカミューのご家族の方。彼女から様々な話を聞いていました。この目で見ずとも素敵なご家庭だったことでしょう。この度は本当にすみません。ご両親方、あなたの娘は……少し、ほんの少し、可愛げを失ってしまいました。


「そうだそうだ! あたしはやればできる子なんだ! フッフー!! 愛しい愛しいお酒ちゃんがあたしを待ってるぞー!! ワッハッハ!!」


「ヨーシイイチョウシダゾー! そんじゃ他のを探すか!」


「……? あれ、あたし倒したよ? まさか……手柄を横取りするつもり?」


 血塗れの武器をこっちに向けるな。……ちげーよ。依頼が終わってないんだよ。


「カミュー、依頼の内容覚えてるか?」


「えっと、確かムラサキイノシシの討伐、だったような……でも、コレで合ってるでしょ? サイズは少し小さいかもだけど……」


「標的は合ってる。だが正確には、討伐して、持ち帰るだ」


「…………あー」


 はい、持ち帰るどころの騒ぎじゃありません。これを袋に詰めて持ち帰ったら、リーシャさんが苦笑してしまいます。どこに千切れ飛んだのか可食部が見当たらない。この魔獣は基本食用なのだ。


「……力加減、覚えような」


「はい……」




「お帰りなさい。随分……遅かったです、ね?」


「ははは、すみません」


「……私はお待ちしておりますから、先に水浴びをして来てはどうですか?」


「ははは…………すみません」


 本日の成果。ムラサキイノシシの討伐、その数8匹。カミューは俺の想像を越えた力を持て余し……綺麗に討伐をするのが難しくなっていた。

 カミューが魔獣と戦えると分かった時点で俺が代わりにやってもいいと考えもしたが……結局ここで力の加減を覚えないと、この先カミューが1人で依頼をこなせなくなってしまうので、日が暮れるまで挑戦することになってしまった。


 その代わり、8匹目にしてようやく手に入れたムラサキイノシシは巨大サイズ。まあ、その巨体から原型を留めやすかっただけだが、結果的にカミューはノルマ以上の功績を残せた。うん、良しとしましょう。別の問題が浮上してしまったが、これで良いんだ……。


 カミューは全身を紫色に染め、ほとんど手を出さなかった俺も返り血を浴びまくった。少し町を歩いただけで視線が突き刺さる突き刺さる……巨大なイノシシを引きずる紫色の2人組かぁ。……考えたくもないため、リーシャさんの言った通り、ひとまず体を洗おう。




「ッ! っぷはぁ~! ……うぅ、久しぶりぃ。美味しすぎるぅ」


「あはは……良かったですねカミューさん」


 宿の浴場を借り、紫色の液体が排水溝に流れていくのを見送った後、ギルドにて依頼の報酬を貰い、カミューとリーシャさんと俺とで、酒場に足を運んだ。何と言っても祝いの席である。


 予定外なことに、カミューの指導が今日で終わりを迎えたのだ。まあカミュー1人で魔獣を倒せるレベルになったし、俺の役目も終わったということだろう。リーシャさんから労いの言葉を頂き、遂に俺は平穏を取り戻した。

 相変わらず酔えない酒だが、今日はやけに美味しく感じる。……はぁ~疲れたなぁマジで。今日はぐっすりと眠れそうだ。


「今朝、カミューさんの得物を見た時は何事かと思いましたが、ルイスさんの指導は上手くいったみたいですね」


「え? あぁ、まぁ……はは、はい」


「はい! ルイスのおかげであたし、これから冒険者として胸を張れますよ!」


 乾いた笑いしか出てこないが……まあ、本人も満足そうだし別にいいか。

 自分で持ち帰ったムラサキイノシシの骨付き肉にかぶりつき、カミューは幸せそうな顔を浮かべている。……肉が紫色だからだろうか、カミューの顔が返り血に染まる幻覚が頭から離れない。……うん、今は夕餉を楽しもう。考えるのやーめた!


「しかし、これで指令は終了ですね。ルイスさんも寂しいのでは?」


「ん? いや、そんなに……まあでも、無事に終わって良かったですよ。カミュー、これからも頑張るんだぞ。筋トレ忘れずにな」


「うっ、虫……」


 あ、やべ。まだ吐くなよ? こっちだって久しぶりの晩酌なのだ。出禁になるならもう少し後がいい。

 大好きな酒を必死に呷り、吐き気を止めたカミューは、一呼吸置いて何か真剣な顔で俺に話し掛けてきた。


「ルイス、さん」


「? どうした?」


「あの、相談なんだけど……パーティーは解散しないで、あたしとこのまま冒険者を続けてくれませんか?」


 ……えぇ……嫌だぁ。畏まって何を言うかと思えば、カミューらしくない発言だな。特訓の最中なんか『早く一人前になってルイスと離れてやる!』とか意気込んでいたのに。

 しかし、誠実に対応したい気持ちもあれば、カミューの思いに応えたい気持ちも山々だが……首を縦に振ることはできない。俺からすれば、冒険者はこの悠々自適な独りの生活が醍醐味なのだ。むざむざそれを捨てるなんざ俺は御免です。いやぁ、心が痛むな。


「すまん。お前とパーティー続けてたら俺が持たん」


「う」


 おっと心の声が出てしまった。


「ルイスさん……いくらカミューさん相手とはいえ、その答えは手心が無さすぎるのでは?」


「そ、そうだそうだ! あたしだって傷つきますよ全く……それよりも! ルイス! そんな理由であたしを捨てるの!?」


「いやだって……ねえ?」


 思い出すのはカミューの難点。相変わらず飽き性な上、まあこれは俺の所為でもあるのだが、いかんせんバーサーカーが過ぎる。いちいち手綱を握ってたら俺が振り回されて死ぬ未来が目に見える。というかそこまで迫って来ていた。


「……あたし、ルイス居ないと困っちゃうなぁ。特訓のせいで頭悪くなったし……それに、お嫁にいけない体にされちゃったし」


「え」


「は?」


「最近、力加減が上手くできないんです。何をするにも体が強張って、少し力を抜こうとしただけで腰が抜けてマトモに歩けなくなるし……」


「……ルイスさん?」


「いや、ちょっと!? 人聞き悪すぎだろ!!」


 明らかにリーシャさんが誤解している。だってとんでもない蔑みの目を向けてくるんだもん。

 カミューはシクシクと肩を震わせ、目を両手でこすっていた。……わざとらしすぎる。いや、どう見ても演技じゃん! これ俺が悪いんですか!? リーシャさんよく見て! こいつ確信犯ですよ!!


「何がマトモに歩けないだよ! 嘘つくんじゃねえ!」


「本当だもん! 老人でもないのに腰押さえて歩いてるの、町の人達に見られて恥ずかしかったんだからね!?」


「ルイスさん??」


「ただの筋肉痛だろがッ!!」


 クソッ! こいつ俺を破滅させる気だ。本格的に脅しにかかって来てやがる。


「はーあ!! あたしも筋肉バカの仲間入りですよ!! ルイスに身体を筋肉改造さもてあそばれて? どうせ捨てられて誰も目もくれないんだぁ!! ウワーン!!」


「……ルイスさん」


「誤解ですから!! そんな目で俺を見ないで!!」


 ちくしょう。コイツ本気か……? お、俺の名誉が……もしかして、このままじゃ俺、そのうち町すらにも居られなくなるんじゃ……。


「……責任とってよ」


 酒に酔ったのか頬を赤く染めながらそんなことを言い出すカミューに、リーシャさんは涙を流し始め、俺は白目を剥いた。

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