第13話 鼠女のカミューさん……本当、よろしく。

「もっと飲みましょ~! 楽しまなきゃ損! 損!」


「あ、ははは」


「……はぁ、今日はもうこの辺でどうですか? カミューさん」


「何、何を~!? まだまだこれからっすよ! あだしはまだ、全然全然……」


 そう言いながら酒を頬張るカミューさん。おいおい、ジョッキを二刀流は流石に……とも言えず、俺は酒をチビチビ飲んでいた。リーシャさんは呆れながらも、自分のペースで酒を嗜んでいる。会うのは初めてではないのか、この飲んだくれを見てもリーシャさんは特に動揺しているような感じではなかった。俺? 俺はもう、そりゃ気まずいですよ。何がって、これから面倒見ないといけないのが……初対面で失礼ですけど、こんなヤツだからですかね。


「へ、へへ~今日は祝い酒っすよぉ。遂に! あだしにもツケが回って来たんですから~!」


「……すみませんルイスさん」


「いえ、お構いなく」


 いやホント、俺には構わないで欲しい。できれば存在ごと忘れて欲しい。ついこの間までは友達とか恋しかったけど……うん、もう全然いい。独りにさせてくれ……。


 ギルドメンバーの一人として、俺はこれから、このアル中とパーティを組まなければならない。

 アル中ことカミューさんだが、話によると、近くの田舎から最近やって来た女の子らしく、冒険者になってからというものの、こうして仕事もせずに酒を飲みまくっているらしい。いや、どこからそんな金が湧いてるんだ。

 彼女の怠け者な性質も問題ではあるのだが、リーシャさん曰く彼女のステータスはお世辞にも良いものとは言えず、適性の低さから斡旋できる依頼も数少なく、こうしてギルドのお荷物となってしまっているようだ。


 ……俺は今からでも断ることができないものかと思案しつつ、酒を飲みながらチラリとカミューさんを見た。


「ぷはぁ~……ん? なになに? ルイスきゅんはお姉さんに見惚れちゃったかな~? いやぁ、あだしも罪な女っすね~ワハハ!」


 俺はそっと視線を酒に戻した。

 お姉さんを気取っている彼女だが、年齢は俺の一つ上というだけであり、更に言えば年上感など皆無だ。小柄なネズミの獣人であり、自立もしていないヤツをどうやって先輩だと敬えばいいのだろうか。酒の飲み方と豪快な態度は見習いたいとこだが。俺もこれくらい好き勝手したいなぁ。

 ……うん。やっぱり無理な気がする。俺では力不足だ。適任が他に居るだろう。だからこれは別に逃げではない。いやぁ、力及ばずで申し訳ない。


「あのぉ、リーシャさん。さっきの話なんですけど、やっぱり他の人がいいかもしれません。結局俺だとDランク以下の依頼しか受けれないですし」


「ふぅ……ん? 何か言いましたかルイスさん」


「え! なんの話なんの話~? あだしも混ぜてよ~!!」


「あはは、え~と、ですからその……い、依頼の話ですリーシャさん! さっき話してたじゃないですか」


「……ルイスさん、大変申し訳ありません」


「え?」


「依頼ではなく、指令なんですよ。ギルドリーダーからの。冒険者ギルドに籍を置くならば、絶対に受けなければならない命令なんです」


「そ、そんな……ん? でも、そういえばリーシャさんの推薦って……」


「……今日もお酒が美味しいですね」


「!! だすだす! そうだしょ~! 飲も飲もぉ!!」


 ……これ嵌められたか? もしかしてだが……ただの厄介払いじゃないか?


「ねぇねぇルイスきゅんはランクいくつなの~?」


「……Dです」


「わぁ! あだしと一緒だ! これから2人で頑張ろうねぇ~!」


「たはは」


 ……そういえば前にリーシャさんがランク昇格試験を受けれるとか言っていた気がするな。その時は適当に流していたが、やっぱり受けてみてもいいかもしれない。

 そう思いながらリーシャさんに視線をやるが……彼女も彼女で美味しい料理と酒を楽しんでいた。随分と幸せそうな顔してますね……アンタ絶対ただ酒飲みに来ただけだろ。


「ささ、英気を養いますよぅ~! わはは~!! ……ヴ」


 あ。




 ……カミューさん、いや、カミューが盛大にぶちまけた後、俺達3人は追い出されるように酒場を出て解散した。一応、連れの不始末ということで片付けは自分達でしたのだが……酒場の主人は許してくれなかったよ。


 そして翌日になり、俺はギルドでカミューと待ち合わせをしている。……彼女は約束を覚えているだろうか。怪しい。俺の顔を覚えているかすら怪しい。


 まあしかし、このまま嘆いていても仕方ない。既に決まったことだ。

 昨日の別れ際、リーシャさんから特別にCランクの依頼も受けられると聞いた。それをクリアするまでが指令の内容だと。……もうさっさとそれを済ませて便宜上の終了でもいいかもしれない。そうすれば俺はCランクに上がることができる。ぶっちゃけ魔物退治とかやるつもりもないが、これでカミューから煽られることもなくなるだろう。……いや、やっぱり無理かもな。昨日の様子を見るに。


 そんなことを考えていると、ギルドの扉が開き、チリンと鈴が鳴った。


「こ、こんにちは……」


 恐る恐るといった風で入って来たのは……もう見間違えることもない。カミューだった。酔っ払ってはいないみたいだな。

 ……俺のこと覚えてますよね?


「こんにちはカミューさん……改めて説明しますと、彼が」


「あ、あ、大丈夫です! お、覚えていますので……」


 そう言ってカミューはリーシャさんの言葉を遮った。昨日の話を覚えていて一安心、と言いたいところだが……これはこれで気まずいな。


「えっと、ルイスさん、ですよね?」


「あ、どうも」


「……昨晩はごめんなさいでしたぁ!」


 ……色々と言いたいことはあるが……誠にざまぁである。一番気まずいのは、カミュー自身なのだろう。酒が入らなければマトモなタイプというわけだ。いやぁ、良い頭の下げ方だ。そのまま頭を垂れていてくれ。そうすれば俺も気が済む。何せ酒場の主人から一週間の出禁を喰らったからな。……うん、許してやろうとも。


「う、うぅあたしのせいで……」


「頭を上げてくだ……えぇ泣くことあります?」


 号泣である。みっともないくらい顔がグチャグチャだ。許す……というかもうドン引きするしかない。どんだけ後悔してんだよ……。


「うぅ、い、一週間もお酒が飲めないなんてぇ……」


 おい、そっちが本命だろ。駄目だコイツ。もう既に酒を飲むことしか考えていない。こんなのが冒険者でいいんですか? カミューが1人居るだけで職業イメージが変わりそうですよ。俺まで飲んだくれだとか呼ばれ始めたら嫌すぎる。


「……さて、お二方は今日からパーティを組むことになるのですが、指導方針はルイスさんに一任することとなっております。よろしいですか?」


「あ、はい……えと、まずは何から始めていいやら……」


「そうですね……ひとまず、普段のルイスさんの依頼に連れて行ってみては? 彼女の人となりと能力を見て、何をすべきか見極めることが先決かと。必要であれば、私もサポートさせて頂きますので」


「なるほど。助かります」


 まあ、確かに。今のところ酒好き以外に情報が無い。まずは相手を知ることから始めるのがいいな。何が問題で、どこが長所になるのか。……微力ながらお力になりますとも、ええ。早くも挫けそうになってるわけじゃないですよ?

 しかし普段の依頼となると……まあ順当に薬草集めでもするか。年中無休で依頼が出される生活必需品だしな。時間はかかるが、会話を交えて作業するにはもってこいの仕事だ。いつも独りでやってるから、本当のところは知らんが。


「え、薬草集め……」


「……嫌でした?」


「え! あ、いや、嫌じゃないですけど……ちょっぴり地味かなぁなんて。えへへ」


 ……コイツ、さては土台作りが苦手なタイプだな? 舐め腐りやがって。逆にどんな仕事がいいか言ってみろ! あぁん!? ……なんてことは口に出せず、俺は黙々とリーシャさんに受注手続きをしてもらい、未だに嫌がるカミューを引きずってギルドを後にした。




「ちょ! 分かりましたからぁ! そろそろ離してくださいぃ!」


「何か言うことは?」


「すみませんでしたぁ!!」


 よし、そろそろいいな。俺は頭上に持ち上げていたカミューの体をそっと地面に降ろした。カミューは地に足が着くや否や、顔を真っ赤にして俺を睨み始めるが、俺は知らんふりをした。さてと、目ぼしい群生地は……。


「ルイスさん!」


「はい?」


「ルイスさんも言うことがあるんじゃないですか!?」


「?」


「なんでそんなキョトン顔ができるんですか!? 町中であたしを担いで……恥ずかしかったですよ! 乙女になんてことするんですか!!」


「あぁはい。すんません」


「全く! 許してあげます!」


 形ばかりの謝罪は聞き入れてくれたようだ。単純なのは助かる。ここは加点ポイントだな。まあこの程度の田舎でギャーギャー騒ぐのは少し周りの目に敏感過ぎる。そこをマイナスして、評価はプラマイゼロといったところか。え? 女の子が恥ずかしがるのは当たり前だって? 薬草集めにウダウダ言ってるコイツが悪い。人の生活を支える立派な仕事を貶すのは許せん。

 しかし、終ぞ文句をやめることはなかったな。彼女の中で冒険者が受ける依頼とはどういうイメージなのだろうか? 知っておく必要があるな。


「薬草集めは嫌みたいだけど、カミューさん的にはどんなのが良かったんです?」


「あーと、そうですね~……ドラゴン退治とか!」


「……カミューさんのステータス教えてもらってもいいですか?」


「スピードが50くらいで、他が20前後ですね~」


 ……え? 死にたいの? スピード50って……それ獣人の身体能力的に平均よりちょっと高いくらいじゃないですか? しかもその他20前後? 今度は人間の平均値じゃないですか。それでドラゴンって……あぁ、頭が痛い。俺も世間知らずな面を持ち合わせてはいるが、カミューはそれ以上だ間違いない。そもそも、こんな片田舎にドラゴン退治の依頼とか回って来るわけねぇだろ。


「……えっと、本気で言ってます?」


「? 嘘なんか……あ! インテルは10くらい……9とかだったかも。てへ」


 いや、そこじゃないんだが、え? 9? 知力が? それ5歳児と変わんないくらいじゃ……ま、まぁ種族によってはあれだしな。特に獣人族は身体能力に恵まれる代わりに知能が低いケースも珍しくないし……カミューは足が速い代わりに頭が悪いってだけだろう。

 ……これ、本当にどうしようか。目標があるのはいいことだが……そもそもドラゴン退治は目標なのか? 気楽に口走ってるが、それをカミューは片手間にできるようなものだと思ってる節がないか?


「ドラゴンって何だと思ってます?」


「え? あの空飛ぶトカゲですよね? あたし見たことありますよ」


 あ、終わった。これは……少し痛い目にあわせてもいいかもしれない。

 ……あぁ面倒くせぇ! 俺、コイツの為に説教なんかもしたくないよ……俺が疲れるだけじゃないですかぁ!! スパルタしたとして、カミューが周りに俺の悪評を広めたりでもしたら俺は憎まれ役になるだろう。そうなれば、俺がコイツのために平穏を諦めることに……? じょ、冗談じゃないぞッ!?

 しかし彼女の指導を終わらせないとパーティを解散できないのも現実だ……。何が指令だよ! こんなんパワハラやパワハラ!!


「? 具合悪いですか? 顔色悪いですよ」


「いや……なんでもないです」


「そーですか。そういえばルイスさんのステータスは? あたしを持ち上げてましたし? パワーなんかは高いんじゃないですか??」


「あー……ほとんど25前後くらいですかね。インテルはもう少し高いかな?」


「なーんだ! あたしとほとんど変わらないじゃないですか! 2人で一緒に頑張りましょうね~!」


「……よろしくお願いします」


 いやホントに、よろしくお願いしますね? カミューさん。足並み揃えるつもりなんでしょうけど、断然あなたの方が心配ですからね??




「お疲れさまでしたルイスさん。初日ということでしたけど、どうでした?」


「……」


「な、何も問題なかったですよ~! ね! ルイスさん!!」


 ……どうしたものか。早くこの仕事を終えてしまいたい気持ちに駆られるが……ちょっと嘘つく余裕も無い。

 本当に何も無かった。いや、していなかった。カミュー……こいつホンモンだわ。薬草の群生地に赴き、採集を始めたはいいものの、彼女は全くと言っていいほど俺の指示を聞かなかった。2人がかりでやればすぐに終わる筈の依頼は、空が赤らむ時間までに、ノルマギリギリという結果を迎えた。


「――あ、私まわりの見張りします! 耳が良いので!!」


 採集開始10分くらいの出来事である。黙々と2人で籠に薬草を詰めていたのだが、彼女はそんなことを言って持ち場を離れてしまった。これには俺も唖然。すぐに声を掛けたが、聞こえていた筈の俺の言葉は彼女の耳に届かなかった。耳が良いって? あんま嘘こくなよクソが。

 見張りってなんだよ。野生動物は冒険者に近づこうとはしないし、たまにダンジョンから出て来る魔獣でさえ滅多に顔を出すことはない。山賊が現れたらすぐに分かるし、安全確保の為に俺はデコイを置いている。それも彼女の目の前で。お前質問したよな? これなんですか? って。そんで俺答えたよな? もう忘れました??


 それだけならばまだいい。1人で薬草集めをするのは慣れているし、こんなに時間もかかる筈はなかった。なのに……。


「ギャー!? ルイスさん! 魔獣です魔獣!!」


 そんな声が聞こえたと思ってすぐに駆け付け、俺が目にしたのは……ちょっと大きめの毛虫だった。ここら辺じゃ珍しくもない、ただの虫である。田舎出身である彼女が見たことないと言うには信憑性が低い。


「……あの、魔獣って」


「コイツですよ! コイツ!! おっかな~い!」


「それ、タダの虫では?」


「害虫です! 魔獣も虫も変わりませんよ!!」


 そんな言い訳をする彼女に眩暈がし、すぐにその毛虫を潰した俺は彼女に持ち場へ戻るよう促したが、彼女は確信犯めいた動きで俺の目の前から消えた。なるほど。足が速いのは本当のようだ。主に逃げ足。


 そんなどうでもいい騒ぎが頻発し、俺も薬草集めに集中できず、この有様である。ノルマを達成したことが奇跡と思えて仕方ない。俺はここ最近で一番の疲労を感じていた。精神的に。


「……先は長そうです」


「……なるほど」


「え、で、でも! 仕事はちゃんとこなせましたよ! あたしからすれば、かなり前進したと思うんですけど……」


 何言ってんだコイツ。いや本当、何言ってんだ。ほとんど俺が働いただけなんだが。これで依頼が山分けなのも業腹なのに、このガキ……カミューの態度ときたら人を苛つかせる天才である。……明日は依頼の内容や、やるべき仕事、その冒険者として根本的なところから教えなければならない。カミューは聞く耳を持つだろうか? 持たなかったらブン殴る自信がある。ナメんなよ田舎娘が。


「な、なんでこんな、辛気臭い空気に……そ、そうだ! 折角ですし飲みましょうよ! ほら! パーティを組んで初めての日ですし!」


「……出禁になったの覚えてる?」


「あ、そうでした……他の飲み屋なら知ってますよ。ちょっと小さい所ですけど」


 ……もう、喋んないでくれ。お願いだから。リーシャさんからの哀れみの視線が今の俺には辛いんだ。大丈夫ですよリーシャさん。あなたの所為ではありません。このガキの面倒を誰かが見ないといけないんですよね? あなたも十分、被害者じゃないですか。出禁が終わったら、また今度飲み行きましょう。もちろん俺と2人で。


「今日はもう解散で。俺は色々考えることがあるから……」


「あ、そうなんですね……リーシャさん、ルイスさんってもしかしてご多忙な方なんですか?」


「……本人に聞いた方が良いのでは?」


 リーシャさん。あなたまで面倒臭がってしまったら、俺が死んじゃいます。それは紛うことなきキラーパスです。俺と2人でこのじゃじゃ馬の面倒を見ませんか? 子供を育てる練習として……我ながら例えがキモイな。これは相当参ってしまっているようだ。早く帰って寝よう。あ、寝る前にカミューの指導プランを考えないと。


「じゃあ、あたし一人で行きますよ? 2人とも、いいんですね?」


「……カミュー」


「は、はい?」


「俺と組む間は禁酒だ」


「……キンシュ?」


「もし破ったら……100匹の毛虫をお前に投げつけるからな」


「……ヒュ」


 あ、息絶えた。よほど虫が嫌いらしい。田舎育ちでそんなことあるかと思うが……まあ、良いことを知れた。

 もうスパルタ教育しか道は無い。俺は横たわるカミューの傍ら、明日は様々な虫を集めることに決め、ギルドを後にした。

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