第15話 一難去らずにまた一難

 危うくカミューに人生を終わらされそうになった後、俺はリーシャさんからの誤解を何とか解いた。楽しかった飲みの場は、俺が汚名返上をするための記者会見場となり、食事を楽しむどころの騒ぎではなくなっていた。


 そんな出来事があった翌日、俺はいつものようにギルドへ足を運んだ。事実無根の悪評が町に広がらずには済んだが……結局、俺はカミューとパーティーを解散することはできませんでした。ここぞとばかりにリーシャさんに泣きつくカミューの姿は誰の目からも哀れに映ったのか、当のリーシャさんでさえ俺にパーティーを続けて欲しいと頼んで来たのだ。

 最初はもちろん断りましたよ。酒が入っているせいで正常な判断ができないだとかそんな言い訳をしていたんですが……時間が経つごとに周りの目が厳しくなっていることに気が付いたんです。どうやらカミューはそんな状況をつくろうと画策していたようで、俺はまんまと嵌められたわけですなガハハ。俺の名誉が守られただけ御の字だと自分を納得させていましたが、枕を濡らす結果となりました。


「ルイス、今日もよろしく~」


「……」


 コイツ、飄々としすぎじゃないか? 昨晩のことを覚えていない? いや、吐くまでどころか、泥酔するほど飲んだわけじゃないし、カミューは確か記憶が残るタイプの筈だ。

 となると、この図々しい態度は平常運転。……うん、改めて考えたらいつもこんな感じだった気がする。えぇ俺、本当にコイツと仕事すんのか……。


「なんか元気ない? 二日酔い?」


「お前……よくもまあ、そんな口が聞けたな??」


「あ、まだ怒ってるんだ? だってルイスが悪いよ~。面倒見るだけ見て、いきなり捨てようとするなんてさ?」


「もともとそういう話だったじゃん……」


 あかん。俺の胃が死ぬ。そのうち絶対に穴が開く。

 嘘だろ? この状況で味方が1人も居ないヤツがいるってマジ?w ウケる~!w

 ……冒険者って保険とかあるのかな。


「でもさ聞いてよルイス。あたし、もともと疎まれ者なんだよ? 田舎から出て来たとか好き勝手言われて、使えないって分かったら同じランクのパーティーにすら入れてもらえなかったし」


「だから鍛えましたよね?」


「分かってないな~! 悪評っていうのは、そう簡単に消えないんだよルイスくん! ……もともとそんな交流も無かったのに、ハンマー持ち始めたら周りから怯えられるようになったし……パーティーメンバーを募集しようと思って作った張り紙が、いつの間にかビリビリに破られてたし……こないだ町の人に『脳筋鼠女』って陰口言われたの聞いたし……実家から送られてくる小遣いもだんだん減って」


「うん。もういいよ。俺が悪かった」


 お労しい。それに全く俺は関わっていないと言えないから本当にタチが悪い。

 冒険者になったのが運の尽き、だな。ある程度の自由は確保されると思った俺が馬鹿だった。そら時代を追うごとに働きやすい環境は育っていくわけで、それに伴ってやらなきゃいけない仕事はゴロゴロ増えるのは当たり前。身元不明で雇ってくれる分、まだ温情があるだろう。……そもそも学園から逃げた俺が悪いか。早いところ慣れないとなぁ。はぁ……。


「おはようございますルイスさん」


「あ、おはようございます」


 なんだかんだ自分の武器を気に入っているのか暇つぶしながら丁寧にハンマーを磨くカミューの傍ら、裏からリーシャさんが姿を現わした。

 カミューと一緒に受けたい依頼は前もって決めてある。後はリーシャさんにお願いすれば良いのだが……彼女の手には既に、一枚の依頼用紙が収まっていた。


「ルイスさん、カミューさん、指名依頼です」


「指名……?」


「ん?」


 何かの間違いじゃないか? 俺とカミューに? 最もその数が飽和するCランク冒険者という立ち位置で、それも最近昇格したばかりの初心者だ。

 Cに回って来る討伐依頼は比較的難易度が低いため、安全性とコスパの良い報酬額から受注倍率が高い。わざわざ指名なんかせずとも、依頼さえ出せば時間もかからず叶う筈だ。討伐でない雑用などの依頼だとすればもっと意味が分からない。


「依頼主はコルナーゴさん。鍛冶屋の方ですね」




「おぉルイスにカミュー! 来てくれたか!」


 俺達に依頼を出したという鍛冶屋、コルナーゴさんの店にカミューとやって来た。筋骨隆々な髭面オヤジという、まさに絵に描いたような鍛冶屋のこのおっさんとは、歴は短いものの顔見知りである。カミューのハンマーを作ったのがこの人だ。


 数日前、自由に使える金が少なかったカミューと俺は、最近できたというこの鍛冶屋に足を運んだ。まだ顧客が少ないということで、割安で装備を整えてくれたわけだが……何せこのオヤジ、鉄を打ち始めたばかりの素人である。もともと冒険者だった彼は引退後、貯金していた金をはたいて、この店を始めたらしい。

 お互いを助けるという意味を込め、これから通うことになるだろうとは思っていたが……わざわざ名指しで依頼をくれるとは。どんな要件だろうか?


「こんにちは!」


「どうも。呼ばれたんで来ましたけど、どういった依頼ですか? あと次からは依頼を出す前にちゃんと内容まで伝えといて下さい」


「おぉすまんな忘れてたよ。そんじゃ早速」


 本当に冒険者だったのか疑わしい申請の手際だが、コルナーゴさんはそんな事を気にせず、俺達の前に一枚の紙を見せてきた。……ガサツな管理のせいか凄いボロボロだが、記載された日付は最近の物。紙には『武具コンテスト』と題されている。


「後日、マルヴォルで開催される大会だ。参加者は珍しい武器や防具を持ち寄って、その品質を競うっていう内容なんだが、自分で作るのもアリって話でな? 店の宣伝も兼ねて参加することにしたんだよ」


「お~! よく分かんないけど楽しそうですね!」


「そうだろ? ……そこでお前らに頼みたいことがあってな。今から言う素材をとって来て欲しいんだが……この話は内密にな?」


「え! イイ話……?」


 コルナーゴさんの仰々しい物言いに、カミューはワクワクしながら耳を傾ける。前から薄々思っていたが、カミューは金の話にがめついタイプかもしれない。まあ実家に必要なだけだとは思うが……お前そんな稼いでも酒飲むだけだろ。

 と、口には出さず心の中で思いつつも、コルナーゴさんの態度から重要な話だってことは俺にも伝わった。閑散とした店の中で俺達3人は距離を詰める。


「信用できる筋からの情報でな。なんでも、その素材とやらを鉄に混ぜれば、不滅の武具を作れるらしいんだ」


「不滅の武具……?」


「あぁ。どんなに振り回そうが100年200年と朽ちることなく、ダイヤモンドより硬い武具になるんだと。どんな素材なのかは分からんが、加工は簡単。溶かした鉄にただ混ぜるだけ」


 ……胡散臭くないか? そんなトンデモ素材、もし存在したら誰も見過ごさないだろう。嘘はついてない、よな? 無駄だろうが確認するしかない。


「それ本当ですか? 話がおいしすぎません?」


「信用できる情報筋って言っただろう? オツムに自信はないが、これでも前までは冒険者をやってたんだ。情報の扱いは心得てる」


「ならいいですけど……いや、よくないか。どんな素材かも分からないのに、それを取って来いと?」


「問題ない。噂じゃ黒い木材の、金で装飾された宝箱に入ってる話だ。……この噂は鍛冶屋の間に知れ渡っちまってるが、その在り処を知っているのは俺だけだぜ?」


 ――黒い木材の、金の装飾……? まさか……いや、そこまで警戒も必要ないか。


「……で、その在り処というのは?」


「イロスって名前のダンジョンだ。その最奥にあるらしい」


 あ、これダメなやつだ。


「すみませんコルナーゴさん。別の方に依頼してください。よし、帰るぞカミュー」


「え? え? ちょっと!」


「待て待て待て待て!」


 逃げ帰ろうとする俺の肩をコルナーゴさんが掴んで引き留める。おいおい、いくらなんでも強引じゃないか? ……って力つよ! 服伸びるって!! カミューもついでとばかりに俺に腕を掴むな!! なんで俺を止めるんだ!? お前は味方だろうが!!


「何してんすか!?」


「待ってくれ! 頼めるのはお前らくらいなんだ! その様子だと知ってるんだろ? なら話が早い!」


「知ってるなら俺達に頼むのおかしいって気付いて下さいよ!」


「どーゆーこと? あたし分かんないんだけど……」


 分かんないなら大人しく俺の言う事を聞いてくれ……。しかし、これは説明が必要そうだな。

 俺はカミューの両肩を掴み、いかにイロス迷宮が危険な場所かを語り始めた。


「カミュー、イロスはな。最近やっと踏破されたばかりのダンジョンなんだ」


「? それって安全ってことじゃないの?」


「馬鹿言え。発見されたのは大昔。手練れの冒険者たちが何人も挑み、その内部構造の複雑さと生息する魔獣の手強さから多くが命を落とした、紛うことなき高ランクのダンジョンなんだよ。俺とお前で少しでも足を踏み入れてみろ……死ぬぞ」


「ひぃ!?」


「このコルナーゴさんはな? 俺達に死ねって言ってるんだ」


「おい人聞きが悪いぞ!!」


 何がだよ事実じゃねーか。田舎モンだからって甘く見やがって……魔法学園に居た時でさえ噂を耳にするレベルだ。教授らが魔法関連の資料が増えるって喜んでたのを知ってるんだぞこっちは! それにイロスは……確かそこそこ手強いヤツだった筈。

あんまり覚えてないけど。

 まあその主こそ大昔にくたばってるんだが、それでも1000年以上も踏破されなかった大迷宮だ。……そのことをコルナーゴさんは知ってる筈。意図が分からない。なぜ俺達にそんな依頼を任せるんだ?


「依頼は受けられません。理由は実力不足です」


「まあ待て! 話は最後まで聞くもんだろ? ……ここに地図がある。先達が残した最奥までの最短ルートが描かれている。魔獣さえ気を付けりゃ宝箱だけ盗って帰って来るだけでいい」


「……信頼できる情報筋というくらいだから、その話自体は信じますよ。だけど、他の人に頼んだ方がいい。俺とカミューはCランクですよ? 死地へ送ろうとしているようにしか思えない」


「……分かってる。だが、これは信頼のおけるヤツに任せたいんだ。俺も冒険者上がりだが、活動してたのは他の街でだ。お前らにも話しただろ? ここら辺に店を構えたはいいが知り合いなんて一人も居ねえ……重要なのは強さより信頼なんだよ! 俺にとって大事なことなんだ! 頼まれちゃくれねえか……?」


「……本音は?」


「金が無えからランクの高い冒険者に依頼できん」


「よし、ありがとうございました! ますますのご活」


「待て待て待ってくれぇ! コンテストだよ! そこで優勝したらデカイ賞金が手に入る! その半分……いや! 7か8割、それか全部だっていい! 店の名前を売るのが目的なんだ! 頼みますぅ!!」


 いよいよ土下座し始めたコルナーゴさん。俺とカミューはその情けない姿を冷ややかに眺めていた。というかこの世界、土下座の文化が浸透しすぎじゃないか? ……そういやジェイクの時、結構な頻度で頭下げてた気がするな。俺の所為か。


「哀れだなぁ……そういえばあたし報酬額知らないんだけど、いくらなの?」


「ん? あぁこれだよ」


 リーシャさんから貰った依頼用紙をカミューに手渡した。彼女はマジマジとその紙を見つめ……目を輝かせ始める。


「た、高い! このお金があれば……ジュル」


「いや、危険性を考慮するならその額だと全然足りないんだよ。あと、もし貰うにしても山分けだからな? 忘れてません?」


「引き受けてくれるか!?」


「都合の良い耳やめてください」


 Bランク冒険者の上澄みレベルの報酬額。まあ、もともと指名依頼なんて話で厄ネタの気配はしてたからな。これを取り逃したところでショックは無い。カミューは分からないが……待てよ? まさか。


「……ちなみにそのコンテストの賞金っていくらなんですか?」


「その報酬額の、ざっと5倍くらいだな」


「受けよう! ルイス!」


「馬鹿野郎」


「おぉ! やっぱりカミューは話が分かるヤツだぁ!」


 コイツ金に目が無さすぎだろ。死んだら元も子もねーだろうが! クソ、どうやって言い聞かせれば諦めてくれるだろうか……。虫か? やっぱり虫なのか? そうだ! 嫌がらせを続ければ、この依頼を諦めるどころか、パーティーを続けるのだって嫌になってくれるかもしれない! だってもう俺が嫌だもん! コイツの面倒なんかもう見たくない!!


「お前……死んでもいいんか!?」


「だって別に魔獣と戦わなきゃいいんでしょ? よゆーよゆーだよ!」


「相手が大人しく待ってくれると思ってんのか!? 見つかったら、それイコール死なんだぞ!?」


「ルイスうるさい! そんなことビビってたらいつまで経ってもお金稼げないよ!! それにコルナーゴさんにはいっぱいお世話になってるでしょーが!!」


 ぐっ、それを言われたら反論し辛い。相場より安く装備を整えて頂いている分、コルナーゴさんには恩がある。ギブアンドテイクの関係とはいえ、その温情を疎かにするのは良くないと俺にも分かってはいるのだ。まさかカミューの口からこんな言葉が出て来るなんて……何故だろうか。涙が出そうだ。


「なぁ、これは提案なんだが……お前らパーティーを組んでるんだろ? 新しいメンバーを迎えたらどうだ? 分け前が減っても問題ない額だろうし、戦力も増える」


「えぇ……お金減るのは違うかなぁ」


 やっぱ金目当てなだけかよテメェ。涙出なくて良かったわ。

 ……しかし、メンバーを増やす、か。ありかもしれない。人数を増やせば魔獣に発見されるリスクが高まるとはいえ、そもそも、俺はともかく、カミューは隠密が絶望的に下手だし、大して変化は無いだろう。優先すべきは戦闘になった際の生存確率を上げること。手練れの冒険者を雇えば……いや、Cランク二人組のパーティーに協力してくれる物好きが居るだろうか? それも大した報酬は払えないのに。

 うん、無理だな。


「やっぱ無理ですね」


「そ、そこをなんとか!」


「コルナーゴさんの頼みとはいえ……うちじゃ強い冒険者を集められないです」


「それなら集まってからでも考えてくれないか!? それも無理なら……また3人で他の案を考えよう! な? カミュー!」


「はい! ルイスの説得は任せてください!」


 いや、そこは素直に諦めてくれよ。




 その後、適当な討伐依頼で金と時間を稼ぎ、俺とカミューは酒場にやって来た。ここでは毎晩、色んなヤツらが酒を嗜みに足を運ぶ。そのほとんどが冒険者だ。酒で酔っ払ったカミューの代わりに、俺は半ば諦めながら適任に相応しいメンバー候補を目で探していた。


 結局コルナーゴさんを諦めさせることが出来ず、形だけでも依頼に向けて準備をしているのだが……そもそもこんな田舎じゃ質の良い冒険者がほとんど居ない。俺とカミューを引率できるほどの人材を求めたいため、Aランクは欲しいところだが、まあ簡単には見つけられないよなぁ。


「……なぁ、やっぱり諦めようカミュー」


「んぐ、何言ってんすかルイス! あだし達だってやればできますよ! ささ! 諦めずにさがそー! 飲もー!!」


「なら少しはお前も手伝ってくれ……」


 はぁ、とりあえず今日は諦めてもいいだろう。カミューも酔いが抜ければ少しは……いや、シラフでもあんまり変わんないかな。リーシャさんにも聞いてみたが、ギルドの立場から助けられることはなく、個人的にも斡旋は難しいと言っていたし。


 そうしてカミューと2人で酒を呷っていると、酒場の扉がチリンと鈴を鳴らした。さて、新しく入って来た人は………………え?


「いらっしゃい! 空いてるとこ座ってくれ!」


「……」


 店主にそう言われた、女性は、無言で俺達の隣の席に座った。


「っぷはぁ~! ん? なんか綺麗な人だね~! あの人も冒険者……ってルイス、なんかテーブル揺れてない? わっ! 顔青いよ?」


「いや、なんでもない」


 なんでもなくない。ま、まずい貧乏ゆすりがががが……。ば、バレてないか? そもそもなんであいつがここに居るんだ……!? た、たのむ気付かないでくれ!!


 ……俺の心からの願いも虚しく、わざわざ俺達の隣に座った彼女は、悠々とこちらに話しかけて来た。


「ルイスさん、って名前ですのね? 相席よろしくて?」


「お! どうぞどうぞ! 一緒に飲みましょ~!」


 カミューは気にしていないが、この女性は……やけにお嬢様言葉が似合うこの女性は、テーブルに突っ伏している俺の顔を覗き込もうと身を屈めている。俺からは見えないが、鬼の形相をしているに違いない。


 ……なんで、お前がここに居るッ! リズベット・ケセラカイネ……!

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