第11話 うーん……もう限界!

 無事……かは分からないが、体育祭を終えて俺達はいつもの学園生活に戻った。

 ……いや、戻ったとは言えないかもしれない。俺はいつも通りに過ごしているつもりだが、やっぱりリズとの試合が悪かったのか、前ほど居心地のいい生活は出来ていない。




「はいはーい、今行くよー」


 そう言ったのはエルバート。彼は自慢のギャンブルグッズを学園に再び持ち込むことに成功し、念願の遊び場を取り戻した。いや、前まではひっそりと嗜んでいた賭博が合法になったことで、前よりも大きな規模でギャンブルにのめり込んでいた。

 学園公認のギャンブルクラブを設立し、活動にあたって空き教室を活動の場とし、頻繁に大会を開いている。それに伴い、この場所へ足を運ぶ生徒の数が増え、少し過剰なくらいに場は賑わっていた。


 もちろん運営をしているのは俺を含めた悪ガキ4人衆。誰にも文句を言われず、前よりも小遣いを稼げる環境になったのは良かったが……正直なところ、俺は居心地の悪さを感じていた。


「いや~改めて思うけど、リズベットには感謝してもしきれないね! 前よりも生活が充実してるし、懐もあったかいしね~!」


「お、おう、そうだな」


「? なんだいロイ。今日はやけに辛気臭い顔するじゃないか。疲れた?」


「それは……」


「す、すみません! お話いいですか!?」


 エルバートと雑談をしていたところ、名前も知らない同級生に俺は声を掛けられた。ディーラーをやってくれ、とかのお願いなら良かったが……相手の顔を見るに、そうではないらしい。うっ、キラキラした目が眩しい。


「え~っと、何か頼み事?」


「い、いえ! ロイさんですよね……? ご活躍を耳にして! ぜ、ぜひ魔法理論についてご指導ご鞭撻をお願いしたく!!」


「……」


「いや~参ったねロイ。もうすっかり有名人になっちゃって! 妬けるな~!」


「他人事だと思いやがって……」


 そう、信じられない話だが……賭博ではなく、俺を目当てに足を運ぶ生徒も居る。体育祭での噂が、それはもう瞬く間に広がり、友達が少ない俺の耳にまで入るようになったのだ。

 ありがたい話ではあるのだが……いかんせん人数が多すぎる。多い日なんかは十人単位がやって来るし、見かけた衝動のまま、賭博大会が無い日にも俺のところに来る奴がいる。


 当たり前だが、全員に構ってやることは出来ないし、そもそも教えられることもないので教授に聞けと一蹴しているのだが……やはり努力家の集まりなのか、懲りずに何度も聞きに来る生徒が大半だ。話を聞けば、俺に言われたと教授に聞きに行けば、『私が知りたいくらいだ』と自信喪失気味に突っぱねられるらしい。おい、職務放棄だろ。ふざけるな。


「ねぇ、あれって……」


「ロイ・メイリング……実在してたのか」


 おい、聞こえてんぞ。人を珍獣扱いするんじゃない。


 と、まあこんな風に目立つことが多くなってしまった。はぁ……一応、心を鬼にしてあしらっているつもりではあるのだが、俺に対する興味がなかなか後を絶たない。ただの好奇の目とはいえ、こうも注目を浴びるのは苦手だ。苦手というか、俺の理想から程遠い。俺の平穏な人生が……。


「そ、それでお返事は……!?」


「え、えっとですね~。そういうのは」


「居ましたわね。さぁロイ、帰りますわよ」


 おっと、保護者のお迎えが来てしまった。かぁ~! 本当は色々教えてやりたかったんだがなぁ~! 残念! また今度な! うん、また今度。


「ごめん用事があって。あと、誰か教授に聞くのが一番いいよ。専門家だから」


「で、でも! ロイさんほど凄い魔法を使っている人は見たことないんです!!」


「いや~それは教育者だからだと思うよ? 本気出せば」


「話が長いですわね」


 ……ま、まずい。


「ちょ、ごめん急いでたんだわ! またね!」


「あ、はい!」


「ロイ! 取り分は?」


「取っといてくれ!」


 ちょっと足が速いですわよリズお嬢様! 一人で行くならまだしも強引に手を引かないでくださいまし! ほとんど引きずられてんですわよ!!

 ……目が笑ってねえや。真っすぐ前を見ているが、見てないようにも見える。何を言ってるか分かんないっすよね……リズの目が黒いんです。最近、何かあるとずっとこうなんです。




 俺が注目され始めてからというもの、それ自体もリズの願いであったらしい筈なのだが……当の本人は面白くないのか、こうして不機嫌になることが多くなった。

 いや、ちょっと我が儘すぎません?? 予想を超えた反響だったからなんでしょうけど、元はといえば……心の内とはいえ悪態を吐くのはやめておこう。俺の気分まで悪化してしまいそうだ。


 そしてリズが不機嫌になれば……案の定というべきか、彼女からの束縛が更に激しくなってしまった。学園に居る間はほとんど一緒に居るし、放課後デートも頻度が高まった。最近は話題が尽きることも多くなり、お茶をしているというのに無言の時間が流れることも珍しくはない。熟年夫婦かな?


 エルバート達と遊ぼうにも、クラブを設立した弊害かギャンブルをする時は大抵、別の生徒達も付いて来るし、それ以外の時間はリズと過ごしているため、悪ガキだけで遊ぶ時間が無い。

 それに友達が増えるのは良いんだが……俺に対してだけは、友愛よりも畏敬の念が強い奴らばっかりで、正直友達とは呼べない。いや、俺はそんな大それた人間じゃありませんよ? だからもっと、リラックスしてですね……みたいなことを言うはするが、相手をもっと緊張させるだけで終わる。ちくしょう。


「今日はどこへ?」


「……私、最近気になってるお茶屋がありますの」


「……それ、昨日行った所じゃない?」


「……」


 ……なんか、色々と終わり始めてしまった。え? 俺の青春これで終わり? あの体育祭で? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。入学してから1年も経ってないんですよ? まだまだこれからじゃ……そ、そうだ! 話によれば学園祭とかもあるみたいじゃないですか!? そこくらいなら楽しいことも……。


 えと、あと2ヶ月ですかね! 2ヶ月…………ずっとこれ? あぁ、結構限界を感じているのに……。いや、いやいや、まだ分からんですよ。ここは辛抱だ……!


 リズとの会話も弾むことなく、その日は解散した。




 後日、授業を終え、昼休みに入った時のことだ。


「ミスターメイリング。学園長からお呼び出しだ」


「え……?」


 教授から告げられた学園長からの招集に、俺は間抜けた声を出してしまった。何? 俺今から怒られでもするの? ……本当に身に覚えが無い。問題児という自負はあるが、最近は周りの目が多く、拘束される時間も長いため真面目に生活していた自身がある。

 しかし、要件は分からないが向かう他ない。周りの生徒が俺を見てヒソヒソと話をしている。一刻も早く向かいましょう。えぇ! 喜んで!


「失礼します」


「どうぞ」


 ここに来るのは入学して以来か。初めて見た時と変わらない光景に、どこか安堵している自分が居る。……いやぁ、学園長が目の前に居るとはいえ、こういう静かな場所は心安らぐ。

 そうして久しぶりに心の安寧を満喫する俺に、学園長はこう言った。


「ジェイク・パーソンズの魔法を知っているだろう?」


「……え」


「いや、君は使っていた筈だ」


 ……俺の心の安寧は脆くも崩れ去った。いや、時間の問題だったとはいえ、もう少しくらい猶予あってもいいじゃないですか。なに開口一番で核心をつく質問しやがるんだこのジジイ。


「ちょっと、なんのことか……」


「ジェイク・パーソンズ。君も名前は知っているだろう? 建国の立役者であり、魔法使いとして『無言詠唱者』という通り名もある偉人だ」


「あ、あぁ広場の銅像の人ですよね? 名前くらいなら」


「しらばっくれないで頂きたい」


 少し乱暴な口調でそう言う学園長は、俺に真っすぐと視線を向けて来た。最早、睨んでいるとも言っていいだろう。その眼光は鋭く、俺の芯を見抜こうという意思が感じられる。

 ……どうしたものか。こうなってしまっているのは十中八九、体育祭での活躍が原因だ。今思えば、カディアさえ存命しているのだ。魔法の発展には貢献できないだろうと思いつつ、生前に何冊かの本を書き残してもいる。その類似性に気が付かれてもおかしくはない。


「……はい、知ってます」


「よろしい。そして、これはあまり重要ではないが伺いたい。開闢の賢者の魔法をどこで学んだ?」


「えっと、自分が住んでいたモガガ村です。小さな図書館があるんですけど、そこに見慣れない本が置いてあって……」


「……そうか。素直に認めてくれて感謝する」


 ……真っ赤な嘘だが、バレてないよな? 調査が入ればすぐにバレてしまう嘘だが、馬鹿正直に本人カミングアウトするわけにもいかん。タイミングを見て偽装したいところだが……残念ながら生前残した本の在り処は、俺にも分からない。見つかりやすいように散りばめていたからな。もう残っていないだろう。ということは、新しく書き写すしかないか……? く、苦行すぎる。それにほとんど内容も覚えていない。あぁ、前世の転生特典があれば…………いや、それはそれでトラブルの元だな。


「それで、ここからが本題だが……率直に言うと、その魔法を技術として確立されたものにしたいのだ。学ぶ意志ある者なら、誰でも扱えるようにな。ぜひ、協力して欲しい」


「……えー」


 め、めんどくせぇ~……! 危険性とか度外視しても、そもそもの難易度が高すぎますよ。学園長の反応を見るに、ジェイク・パーソンズの本は発見されている筈だ。しかし、それでも進展が無いところを見るに望み薄だろうなぁ。

 もう500年も時間が経っているんだ。それで俺に頼むということは、ほとんど進捗が無いということだろう。……間違いない。これは途方もない時間が掛かる案件だ。つまり、首を縦に振るなら、俺の平穏を諦めなければならない。


「……快諾は、難しいか」


「えぇ、まぁ」


「……これを見てくれ」


 学園長はそう言うと、自身が座る机の引き出しからボロボロの本を取り出した。ほとんど風化してしまっているが、俺はその本に見覚えがある。表紙には、この世界で馴染みない、漢字を使われた魔法の紋様が描かれていた。

 学園長はその本をそっと撫でる。……ちょっと、キモいな。いや、もちろんタダの本ですよ? だけどこう、著者からすると我が子を大事にしてくれるのは嬉しいような、ちょっと手付きがイヤらしいような……。まあしかし、状態が悪いとはいえ、500年経過して原型を留めているのは、大事に保管されていた証拠だろう。


「私はこれを読んで育った。誰より秀でた魔法使いになったのも、この本あってのことだと確信している。……しかし、終ぞ内容を実現することはできなかった。いや、今も諦めてはいないが……やはり老いの壁は大きいと感じてしまうんだ」


「……」


「この魔法を再現できたのは、私が知る限り君だけだ。……私の頭には、この難解な言葉は馴染まない。しかし、どういうわけか君は別だ。私の仮説では、君は『存在しない言語』という概念を理解している。違うかね? その感覚を……私には叶わなくとも、これから生まれて来る後世に託したいのだ」


 この人は生粋の研究者だ。まるで……あのジェイク・パーソンズのようだった。

 まず断言するが、彼がこの魔法を扱えることはない。理解できないからではない。理解とは別の、意識の問題があるからだ。


 この世界には無い概念が、俺の頭にはある。それは多言語だ。魔法を別の言語で実現しようとする時、最も重要なことは、第一言語と遜色ないである。この惑星に存在するあらゆる知的生物は、全て同じ言語を用いている。それは神が……イアが、この世界と共に創った言葉であるからだ。

 あの本に記載される日本語は全て、生前の俺が記憶を頼りに記したもの。転生特典のおかげで脳が冴え渡り、全てを写した。しかし、転生前の自分はお世辞にも勉学に励んでいたとはいえない男であり、記憶の中にある日本語はどれも初歩的で、それを言語として確立することは叶わなかった。


 そして馴染みというものは、日常で扱われなければ定着しない。この世界に存在する日本語が記された書物は、今学園長の手にある物と、その何冊かの複製しか存在せず、日常会話から他の媒体の文字は全てこの世界独自のものだ。

 ……つまり、学園長の言う望みを実現するには、幼い頃からの刷り込みが必須である。多言語という概念を、まだ軽薄な知性の根底に埋め、更には日常的に扱えるレベルにまで育てなければならない。それを誰でも扱える技術として確立するとなると……いや、不可能かもしれない。それならばまだ、全く新しい言語を生みだす方がよっぽど簡単に思える。それも、この世界の歴史よりも長い時間をかけて。


「……学園長の熱意は伝わりました。しかし……俺では力になれません」


「何故だ……? 君は、あのジェイク・パーソンズに誰よりも近づいているんだぞ! 無言詠唱者にだってなるのも夢ではないのに!」


 ……そういえば、この人カディアと親しそうだったな。……もしかしたら、彼女からジェイク・パーソンズの活躍を聞いていたのかもしれない。それが夢物語ではないと確信しているのだろう。


 ……ちょっと、キツく言った方がいいかもしれないな。


「では、その人に一番近づいている人間として言わせて頂きます……その願いは無意味です」


「!? む、無意味……? 何のことだ?」


「やる意味が無いということです。途方もなく、実現したところで何の役にも立たない。新しい可能性に目を向けては?」


「き、君も知っているだろう!? 彼の魔法ほど、強力なものはないと!!」


「……仮にそうだとして、それには意味がありますか?」


「大いにあるとも! 我々は……魔法使いだろう?」


 大きく狼狽え、しかし確かな意思を持った学園長の姿が目に映る。大手を振って熱弁する彼は、こよなく魔法を愛しているのだろう。……しかし、俺は違う。


「俺は魔法使いである前に……ただの人間です。生涯を魔法に、いや、大義に費やしたいとは思わない」


「な、なんと……それほど恵まれているというのに、何故……?」


「……先ほども言った通り、俺がただの人間だからですよ。学園長のようなお方は、時間が許すなら、何千年でも何万年でも、魔法や大義を求めたいとお考えでしょう。しかし……俺はそんなの御免です。自らに課せられた天寿を全うし、その後は休みたい。ただの、それだけです」


「くっ、な、ならば! なぜ君は魔法を学ぶ!? なぜその本を読んだんだ!?」


「そうですね……その先を考えていなかったからでしょう。俺は、目の前の問題を解決できれば、それで満足なので」


 そう、それだけでいい。転生してから、転生する前からもずっとそうだったのだ。使命を全うすれば満足だった。確かに、未練があるなら死にきれないと思うかもしれない。しかし、そんなこと俺には無かった。全て満足だったのだ。例えそれが道半ばでも、過程にこそ意味があると思うから。

 だから、その後のことなんて知ったこっちゃない。知る必要もなければ……今では、知りたいとさえ思わなくなった。


「だ、だが! 君の助力があれば、魔法は更に発展できる!!」


「その本以上に教えられることはありません」


 ちなみにこれはマジである。間違いなく前世の俺の方が頭が良い。片手間に様々な仕事をしていたとはいえ、これ以上の成果をあげるのは不可能だ。学園長は納得しないだろうが……その茨道を歩む道理は無い。それは報われぬ道だと確信している。


「もういいですか?」


「ま、待ってくれ! ……考え直してはくれないか? 今すぐ決めろとは言わない。だが、少しだけでも」


「それは構いませんが……期待はしないでください。では、失礼します」


 言いたいことは……まあ、ほとんど言えただろう。少なくとも、残酷な希望は与えていない筈だ。彼が魔法に人生を捧げるのは勝手だが……俺には関係ない。例え力になれることがあっても、人の為を思うなら魔法ではない他のことがいいだろう。そう、農業とかね。




「あんた宛てに手紙だよ」


 寮母のババアがそう言って俺に一通の便箋を手渡してきた。

 学園長と少し真面目な話をし、それから数日間、変わらず居心地悪い生活を送っていた後の話である。ババアとは相変わらず仲が悪いが、体育祭の件があっても唯一変化の無かったこの関係は非常に心地いい。これからも口喧嘩しような。


 校章の印がつけられた手紙を俺は部屋に持ち帰り、中身を読んだ。そして決心する。このままではアカンと。


 その内容は……簡単に言えば、俺を除籍するという内容だった。学園長は自身の夢を諦めきれなかったのだろう。彼の探求に何の助力もしなければ、学習意欲が無いと見なし、本校にふさわしい生徒ではないと判断すると。……もうちょっと上手くやれたかなぁ。いや、こっちもこっちでストレス凄かったんですよ?

 ……正直、怒り心頭である。学園長の夢は少し独善的であるが、自分のやりたいことに全力で臨むのは何よりも正しいことだ。しかし……そこには、他人に迷惑をかけないという前提が存在する。その大事なことに気が付いていないのか、それともなりふり構っていられらないのか。


 ――潮時、だな。エルバート達は……まあいいとして、リズには申し訳ないことをする。あとついでに寮母にも。俺が居ないと張り合いがないだろうからな~。


 親父、母さん、リリー。お元気ですか? 問題児ながらも学生として勉学に励んでいた俺ですが……この度、本格的に親不孝者になろうと思います。俺が転入するに当たり、様々なお手数をおかけしましたことを承知してなお、断言させて頂きます。俺は親不孝者になります。




 俺はテキパキと手荷物を纏め、寮に入ったあの日と変わらない格好で……夜逃げを決行した。

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