第10話 体育祭終了。平穏も、終了?

「いよいよですわね」


「あぁ、うん」


 どこか感慨深そうに期待をするリズに、俺は生返事をした。俺と同様、リズも無事に勝ち上がり、準決勝を迎えることになっていたのだ。


 そしてなんと、その準決勝で俺と戦う相手とは……今まさに目の前にいるリズだ。あらかじめトーナメント表を見ていたため、こうなることは知っていたが、いざ本番を前にすると緊張してしまう。さらに成績優秀者を難なく打倒した手前、今になってどうすればいいのか分からなくなってしまった。


「念のため釘を刺しますけれど、手を抜いてはいけませんわよロイ」


「わ、分かってるって」


 もちろん手を抜くわけはない。ないのだが……それではリズの目的が達成できない可能性があり、更には俺にとって不利な状況にもなるという、誰も得しない世界になってしまいそうなのだ。

 仮に俺がリズに圧勝したとしよう。するとカディアなどの賓客の注目は俺に集まってしまう。リズは名を売れず、俺は変に目立って平穏が脅かされる原因となる。先ほどの名前忘れたさんとの戦いで、既に俺は何人かの見物客から注目を浴びてしまっている。……正直なところ、リズとの約束を反故にしてしまいたいのが本音だ。


 しかしそんな野暮なことを口にはしない。俺がこの学園へ転入してから、リズとの仲は今までと見違えるほどに前進した。昔から変なところで鈍い俺だが、仮に結果が良いとしても、俺が手加減することを彼女が喜ばないことは想像できる。いや、それどころか、リズとの関係に二度と修復できない傷が出来てしまうかもしれない。それは俺の望むところではない。


「あちらの決着もつきそうですし、そろそろ控室に向かいますわよ。次は、ライバルとして会いましょう」


「ちょ、ちょっとタンマ」


 対戦相手側の控室にスタスタと歩みを始めたリズを俺は引き留めた。いや、本当に待ってくれ。俺の決意が揺らいでいるところなのだ。情けない話、あと少しだけでいいから傍に居て欲しい……。

 ……しかし、呼び止めたまではいいが自分でも何が言いたいのか分からず、無言の時間が続き、振り返ったリズの顔が困惑で埋まる。


「まだ話すことがありまして?」


「い、いや~そういうわけじゃないんだけど……」


 ど、どうする? もうゲロってしまおうか? お互いの為にならないし、ここは八百長しましょう……なんて絶対言えないよなぁ。

 そんな俺を見かねてか、リズはやれやれといった様子で、俺に近づきこう言った。


「ロイ、私は乙女ですわね?」


「……?? そう、なんじゃないか?」


 え? いきなり何? そりゃ可愛い女の子……ちょっとアレだけど、まあ乙女でございましょう。しかし、それが一体なんだというのだろうか?


「では、あなたは男ですの?」


「お、おとこ?」


「えぇ。男ならば、乙女の喜ばせ方を心得ていますわね?」


 ……無茶言うな。こちとら転生全てを通して、恋愛経験は皆無なんだよ。……皆無ではないか。まあでも、初心者もいいところだ。ともかく、乙女心なんて俺の専門外でしかない。

 しかし、彼女が言いたいことまで分からないわけじゃない。つまりは乙女を悲しませるなど男のすることではないと言いたいのだろう。『乙女の方がそれを言うか』とか色々言いたいことはあるが、もっと、こう…………あぁ、憎らしいほどズルいな。


「異議申し立ては受け付けませんわ」


「でも、俺は……」


 ……言葉が続かない。俺のためにリズの願いは諦めてくれと、そう言いたかったのだが。


 誠実さには、美徳に通ずるものがあると思う。それは長い人生を歩む上で重要なものだと。途方もない、先の見えない茨道を行くには、美徳が、善性が必要だ。少なくとも、俺はそうだった。

 だから俺の喉で言葉が詰まってしまった。これは、あまりにも身勝手で、不誠実な我が儘だと分かってしまったのだ。よりにもよって今まで信じていたものに首を絞められてしまっている。いや、今になって始まった話じゃない。いつからか、もう既に後悔は始まっていた。

 しかし習慣とは恐ろしいもので、最早どうしようもないのだ。この道を引き返す勇気や気力など、今の俺には無い。


「……苦悩しているようですわね。……しかしですわよ、ロイ」


「……何?」


「私は、あなたが他者に認めれることを嬉しく思いますわ」


 リズは満足そうにそう言った後「ごきげんよう」と言葉を付け足し、行ってしまった。俺は何と声を掛けたらいいかも分からず、その後ろ姿を眺めるだけだった。

 ……でも、俺は嬉しくないんだよなぁ。




 口には出せない本音を呑み込み、控室で頭を抱える。マズイ、この流れは非常にマズイ。人より前向きな性格だと自負する俺だが、時たまこうして情けなく精神を病むことがある。最近……特に、前前世あたりから、その頻度が高くなっていた。


 ……あ~どうしよう! マジで難儀だ。何が正解なんだよコレぇ。俺が不幸になるかリズと仲違いするか……いや、これどっちも俺が不幸になるわ。詰んだ?

 人間という生き物は、どうしようもなくなると、意味も無く原因を探し始める。ただの悪あがきならいいが、大抵、思考が変な方へと向かいがちだ。今がまさにそれだった。


 ちくしょう。そもそも魔法学園とかいう、俺からしたら地雷ばかりの所へ来たのが間違いだったんだ! あぁ、あの時、15歳の誕生日の時、無理にでも断っとけばよかったんだ。……それじゃあリズとここまで仲良くなれていないか。クソ、とんでもない厄日だった。……まあ、普通に考えて良い誕生日プレゼントだったよなぁ。

 我ながら他責が下手クソ過ぎてウケる。いや、ウケねーわ……。……はぁ、何やってんだろ俺。


 ……やっぱり、負けようかな。リズには申し訳ないけど……はぁ、彼女は分かっていない。力ある者の責任というものを。いや、分かってはいるんだろうが……俺の事情を察するなんて無理な話だよなぁ。

 思い返してみても、1度目の転生は本当に幸福だった。鍛錬に試練、戦いに明け暮れる人生だったが、使命に燃え、人を救う喜びを疑いなく享受できていたんだ。


 しかし、今の俺には分かる。あんなもの長々とするもんじゃない。せめて死ぬまでが限度だ。なんでこう何度も似たことをしなければならないんだ。俺の幸福は……人並みの生活の中にあるというのに。


 ……ランドという名を授かった生、その最初の転生で、俺は雨の女神と出会った。彼女の言葉が頭に浮かぶ。


『貴方の恋慕は報われないわ』


 本当にそうなのだろうか? もはや純粋な人間とは言えなかったあの頃、その言葉を疑おうとは思わなかった。しかし、今となってはそれを諦めるわけにいかない。

 何としてでも人並みの幸福を手に入れる。ロイという名を授かる前からそう決めていたのだ。他人に用意された使命なんかに縛られることなく。何にもない森の中だっていい。他の人と同じように家族をつくって、何事もなく天寿を全うするんだ。


 ……あぁ、分かっているさ。そんな平凡な生活を夢見るには……俺は醜悪すぎる。だから、お前らは出て来なくていい。指を差すな。何を偉そうに。お前ら全員、何の責任も取れない罪人じゃないか。今更ヒーローなんかを夢見るなよ。

 俺にまで、責任を押し付けようとするんじゃない。


「……あーフ〇ッキューフ〇ッキュー」


 俺は絶対に幸福に生きる。確固たる意志だ。この言葉は、生半可な覚悟で言ったものじゃないぞ。




「準決勝2回戦! ロイ・メイリング対、リズベット・ケセラカイネ!」


「覚悟を決めたみたいですわね」


「……」


 入場を終え、恐らく今日一番の舞台に立った俺は、覚悟を持ってリズを見据えた。……大勢の観客が居る。その視線はリズだけでなく、俺の一挙手一投足までもを注視する。迂闊な真似はできないだろう。

 ……しかし、彼女の言葉通り、俺は覚悟したのだ。出し惜しみはしない。


「リズ」


「っ……?」


 凍てつくような声色で、俺は彼女の名前を呼んだ。リズの表情に陰りが生まれる。

 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。


「幼馴染なら、恨むなよ」


「よーい……始めぇ!!」




 何か嫌な予感を覚えたのだろう。リズは急いで詠唱を始め、俺はその後に続いた。


「――スパイク!」


「ヒート」


 リズの氷の針山が迫り、俺は熱でそれを溶かした。氷の塊は一瞬にして霧散し、会場に霧が立ち込める。

 視界が機能しなくなり、しかし俺は自前の五感でリズの位置を探知。彼女が氷壁で身を守り始めたことを察知し、俺は土属性魔法で地面に亀裂を走らせた。


「っ!?」


「浅慮」


 隆起した地面に打ち上げられ、宙に舞い上がったリズに、すかさず風属性魔法を当てる。彼女が防御魔法を展開すると見越した上での追い打ちだ。俺の見立て通り、リズは魔法の風圧を耐え凌ぎ、場外に出ることはなかった。


「はぁ、はぁ」


 普段の強かな印象は崩れ、リズは肩で息をしている。しかし決して、こちらから目を離すことはない。俺に向けられた眼差しには、未だ闘志が宿っている。

 ……彼女には申し訳ないが、とことん追い詰めさせてもらう。


「リズ、悪いけど……俺、結構怒ってるから」


 ただの八つ当たりである。すまんな。俺の面倒な価値観の犠牲になってくれ。

 しかし……彼女の望み通り、完膚なきまでに叩きのめそう。


「止まる時空。銀の大河。ジナシラの吹雪。滴る静寂――」


 理解できない言語。しかしリズは知っている。それが失われた魔法の一端であることを。彼女は焦りを隠そうとせず、後追いで詠唱を始めた。しかし、俺の魔法に対抗するには、時間がいくつあっても足りないだろう。


「地軸の頂点。宙の彼方。霜と石。白にまどろむ、還り道」


 みるみる内に辺りは凍てつき、次第に吹雪始める。夏を終えたばかりというのに雪が降り始め、吐く息が目で見えた。一応、局所的に絞ってはいるつもりだが、観客席も冷え込んでしまっているかもしれない。まあ、タダで見せてやってるんだから文句は受け付けない。

 リズの詠唱が途切れた。この氷点下でスラスラと言葉を紡ぐのは困難だろう。更に、この魔法は効力を失うまで、あらゆる物から温度を奪っていく。何もかもが止まるまで。これは、魔法使い泣かせの魔法である。


 やけに澄んだ空気の中、まつ毛を凍らせるリズの視線が俺に投げかけられた。俺はそれをジッと見て……魔法を解こうとはしなかった。時間の問題だろうが、彼女の目の奥には炎が燻り続けている。ここまでしているのだ。応えなくてはならない。


 吹雪が勢いを強め、我慢比べが白熱する。

 ……するとようやく、吹雪の外から審判員の声が聞こえた。


「や、止めー!! 中止ィ!!」


「……解除」


 魔詞としては無機質な俺の言葉が、一瞬にして魔法の効力を失わせた。はぁ~やっと終わった。ストップ入るまで遅くないですか? 審判ですよね??


「ロ、ロイ・メイリング! Aランク以上の魔法の行使により失格! 勝者! リズベット・ケセラカイネ!!」


「「「……」」」


 ……うわぁ、会場シラけてんなぁ。まぁまぁ、たかが準決勝ですよ。メインはこの後のリズ対タッカーだ。多少は許してください。


 おっと、急いでリズを医務室に運ばないと。軽い低体温症になってしまっている筈だ。やりすぎ感は否めないが、きっと彼女も満足しているだろう。


「悪い。大丈夫か?」


「……え、ぇ」


 気丈に振舞っているつもりだろうが、誰がどう見ても限界である。ちょっとォ! 毛布と担架急いでェ!! 自分でやっといてアレですけど、心配になるレベルですよコレぇ!! もう体がブルブル震えっちゃってるんですよ!

 気を利かせて上着を貸してやりたいところだが、俺は薄着になるわけにいかない。魔法で応急処置をしようにも、熱魔法でいきなり体温を上げるのも怖い。……いや、ホントにすまん。審判が無能なばっかりに……俺のせいですねハイ。


「……思ったより、悔しいものですわね」


「……そりゃ良かったが、早く温まってくれ。歩けるか?」


「ふふ、乙女の扱いが、下手、ですわね……」


 何気ないチクチク言葉が俺の心を抉るが……まぁ、満足そうで何よりだ。てかもう気を失いそうじゃないか?


 そして遅れてやって来た保健委員にリズは連れられ、会場を後にした。その後ろ姿を眺め、俺もさっさと帰ろうと歩み始める。

 ……無遠慮な観客の視線が突き刺さる。やめてくれ? その視線にどんな意味が含まれているのか判断しかねるのだこっちは。


 誰とも目を合さないよう目を伏せ、俺は歩みを速めた。特に賓客に顔を覚えられるわけにはいかん。……無理かなぁ。せめてカディアの目に留まらないことを祈ろう。

 俺はそのまま舞台裏へと戻り、個人戦トーナメントから離脱を果たした。




「――それでは祝勝会を始めよう。僭越ながら、音頭を取らせて」


「乾杯ですわ!」


「「「かんぱ~い!!」」」


「ちょっと! 僕の出番が!?」


「いや、逆になんでお前が仕切るんだよ」


 エルバート、初戦で敗退したヤツがしゃしゃんじゃないよ。そもそもリーダーはリズだし……無事、優勝を掴み取ったのもリズだ。


 一時はどうなるかと思ったが、医務室に運ばれたリズは何事もなく回復し、決勝戦にて見事タッカーを打ち負かした。

 流石に氷魔法が得意なだけある。彼女は低温に対する耐性が人より優れていた。それに、タッカーとの決勝戦もなかなか見応えある戦いだった。実力も拮抗している感じあったし。……ってエルバート達が言ってました。俺? 用は済んだし帰ったよ。リズが回復したと聞き、周りの目を気にしながらひっそり帰りましたよ、ええ。なんか表彰式あったらしいけど、知らんこっちゃないよね。


 そして当初の目的である褒美を手に入れたことで……少し複雑だが、ギャンブルが学園公認、というか黙認されるようになりました。今はそのお祝いです。リズも活躍が認められて家名が売れたらしいし、まあ一件落着だな。

 ……はぁ、ナイーブになってるの俺だけなんだろうなぁ。


「浮かない顔ですわね、ロイ」


「え? あぁごめん。黒歴史に浸ってて……」


「黒歴史って何だい? 気になるなぁ」


「……私をボコボコにしたのは、もう許しましてよ?」


「ゴメンって」


 まあ確かに、折角お祝いをしているというのに辛気臭い顔で居るのは俺も嫌だ。ここは、たらふくお酒を飲んで忘れてしまおう。うん、それがいい。


「っしゃァ! 今日は飲むぞォ!」


 ……と、虚勢を張ったはいいものの、俺は酔えない体だった。ちくしょう。代謝が良すぎて酔えないんですよ、えぇ。転生特典を知った日からまさかとはずっと考えてきたが、案の定でしたはい。せっかく成人したというのに……人生の楽しみが奪われた気分だ。この世界は、とことん俺のことが嫌いらしいな?


「!! ……これ、結構おいしいですわね」


「お、リズベットもそう思うかい? 僕もお気に入りで」


「その話は結構ですわ」


「なんかやけに冷たくないかい??」


 ……ま、いいか。色々とあったが……いや、これからも色々あるんだろうけど、少しでもこんな時間が長続きするよう祈るか。

 ……祈る相手である神が居ねーわ。イアは論外だし。あーあ駄目だこりゃ。




「――話の通り、優秀みたいですね」


「えぇ。しかし……ここまでとは思いませんでした」


 時間は遡り、ロイとリズが戦っていた準決勝。その観客席での会話。

 学園長のエカードと、その話し相手は吸血鬼のカディア。周りには誰も居らず、話が聞かれるようなことは無いその状況は、まさに密談のようであった。


「あなたの目からはどう見えます? 彼は危険だと?」


「……正直なところ、分かりかねます。しかし……あの魔法は」


「えぇ、が扱っていたものと同じですね」


「どこから漏れたのでしょうか?」


「さぁ……しかし、あなたが所有しているあの書物は確かに彼が残したものです。私は知りませんが、似たような代物があってもおかしくはないでしょう」


「ミスターメイリングは、それを読んだと?」


「私はそう思います。でなければ……今、目の前で起きている事象は不可解です」


 視界を塞ぐほどの吹雪の竜巻。その迫力は凄まじく、辺りに冷気を漂わせる。太陽に照らされ、しかし解けない雪の欠片が、カディアの鼻先をくすぐった。


「……エカード、今後も監視をお願いしますね」


「えぇ、お任せを」


「それと、血縁関係をまとめた資料も送るように」


「……気がかりで?」


「……少し、ね」


 カディアはそう言い、審判に試合を止められ魔法を解いた青年の顔を見る。

 カディアは、彼女が言う彼に、子孫など居ないことを知っている。天涯孤独に、国に身を捧げた男だ。

 ……しかし、どうしても、それを他人だと切り離すには……ロイ・メイリングには、かの賢者の面影がありすぎていた。

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