第8話 ルールは安全の為にあるのでは??

 障害物レースを終え、次の会場に足を運んだ俺達は各チームに与えられる縄張りに魔法を施していた。

 第2種目、魔法弾合戦。先ほど勝ち上がった上位10チームにそれぞれ陣地と光を放つ特殊な魔導器が与えられ、防御を張りつつ、その枠内から遠距離魔法でライバルチームへ攻撃するゲームだ。各拠点に置いてある特殊な魔導器が発する光が、青から赤へ変わることで敗北が決まり、残り3チームまで青い光を維持できれば勝利となる。

 ちなみに判定は大雑把らしく、予め登録するチームメンバーとその陣地内の被害状況によって判別するようだが、その装置は試作段階であり、精度は芳しくないらしい。もともとインフラ設備の安全基準確認に扱われていた物を改良したという話だ。念のため審判員も設けるという話だが……これ、怪我とか大丈夫なのか?


「準備できるものは、これで終わりですわね」


 水が入った最後のバケツを運び終わり、リズは一息ついた。俺も含め、各自が自分の持ち場につき、開戦を待つ。


「ハンデを貰ってるんだ。負ける方が難しいねこれは」


「……そのハンデも、魔導器の判定を厳しめに設定しただけだがな」


 おかしい。何かがおかしい。俺達がハンデを貰っていることじゃない。ハンデの内容がほとんど意味を成していないことだ。


 障害物レースを覚えているだろうか? 他チームの多くから魔法による妨害を受けたわけだが……もともとルールには、障害物レースにおいて他選手を妨害する行為は禁止と明記されていた。まあ、エリートとはいえ大人になったばかりの学生、いや、種族によっては未だ成人もしていないし、エリートゆえに負けず嫌いな奴が多いのだろう。

 問題はレースが終わった後、学園長からのお叱りを受けた時だ。ルールに抵触する危険行為は学園長の目にも余ったのだろう。妨害行為をした生徒に失格をチラつかせ、二度とこんなことをしないようにと釘を刺した後、妨害を受けた俺のチームと、タッカーのチームにハンデを設けることになった。


 そう、そこが問題なのだ。ハンデの内容とは魔導器の判定を厳しくするもの……ゲームで例えるなら、拠点のHPを増やすということである。聞こえはいいが、危険行為を咎めた張本人である学園長が設けた処置にしては、それは随分と危険極まりないものだった。

 拠点のHPが増えると言っても、それは実数値が増えたわけじゃない。損壊してもいい許容範囲が増えただけ。拠点だけならまだしも、これはチームメンバーとも共通している。

 詳しいラインは分からないが、つまりは重傷を負っても敗北の判定にならない可能性があるのだ。そんな状態で試合を続行することになれば、最悪、生死に関わる問題となる。それは他チームが空気を読んで攻撃の手を緩めるのではなく、ルールの規定事項として免れなければならないことだ。


 だから、もし似たようなハンデを設けるというのであれば、ペナルティを侵したチームの判定を緩くするべきなのである。そうすれば必要以上の怪我人を出さず、安全なハンデとして成立する筈なのだ。

 ……俺からすれば、この処置は意図的であるとしか思えない。魔法と脳の働きには大きな関係がある。簡単に言えば、頭が良ければ魔法が上手い。ほとんど比例するものだ。だから、最強の魔法使いと謳われている学園長、エカード・エルフィンストーンがこの危険性に気が付けないとは思えないのだ。タッカーはスポーツマンシップに似た独自の価値観からハンデを設けることに反対し、俺は危険性の面から同じく反対をした。しかし、これ以上ルールを軽んじることが無いようにと理由をつけ、学園長は聞く耳を持たなかった。


 …………やはり、何かが、おかしい。


「ロイ……折角のハンデ、最大限利用しますわよ。防御を最優先にすれば勝てますわ」


「……まあ、それしかないな」


 勝敗も大事だが、俺からすれば安全に勝るものは無い。しかし、リズはどこまでも勝利に貪欲だ。

 思わせぶりな彼女の視線が俺に投げかけられたのを察するに、今回のハンデにリズは違和感を持っている筈だ。それでも彼女には勝敗の方が大切なのだろう。そこまでして上役に気に入られたい理由は分からないが、現状、このチームのリーダーは彼女であり、誰もリズの方針に相反する者は居ない。

 いざとなれば、俺がチームの安全を保障すればいい。思うところはあるが、ここは意見を控えるとしよう。




「間もなく競技が始まります。各自、準備を終えてください」


「始まりますわよ」


 さて、気を取り直していこう。やはり攻防のバランスが肝となるこの種目、どこのチームも見るからに守りが固そうだ。主に土魔法で壁を作り、高所の足場の上から他拠点を攻撃するのだろう。そして円状に配置された拠点、まずは両隣を警戒しなければならない。対面を攻めるのはその後だ。

 それが定石だが、俺達はより一層防御に専念しなければならない。先ほどのレースで頭角を現し、更にはハンデまで貰っているのだ。相手は先に潰そうと考えるだろう。同じくハンデを受けたタッカーのチームはこちらの対面、勝負するのは最後になりそうだ。

 初手は相手に譲る他ない。スタートで痛手を負わないことが肝心だ。


「これより魔法弾合戦を開始いたします。よーい……始め!!」


 戦いの火蓋が切られ、全員が一斉に魔法の詠唱を始める。そして、ここでもこちらが不利になる要素があった。

 主な魔法として真っ先に名前が上がるのは属性魔法だ。火、水、風、土の四種を基盤に、そこから派生して様々な自然の力を利用できるのだが、魔法の性質上、これのどれもが破壊に特化している。


「ウィンド、ストライク!」


 右隣に位置する敵の拠点から風魔法が飛んできた。とても簡易的な詠唱だったが、こちらが築いた土の壁をゴリゴリと削る。

 基本、詳細な魔詞を加えなければそれは攻撃に特化した魔法に転じる。魔法が用いる自然のエネルギーに調和はほとんど存在しない。逸脱した自然とは、それだけで自然ではなくなり、過剰な力を持つものだ。

 これを防御に利用しようとすれば、それだけで魔詞の数が増える。端的に言えば、攻撃よりも防御の魔法の方が、長文の詠唱を必要とするのだ。魔法の戦いにおいて、詠唱の長短は命取りとなる。


「くそっ、揃いも揃って狙いやがって! リズベット!」


「――リキッド、クリスタル、ハイウォール」


 エルバートに言われるまでもなく始まっていたリズの詠唱。バケツの中の水が一斉に舞い上がり、次第に氷壁となった。おぉ、流石だな。


 リズが得意とする氷魔法は、習得難易度がとても高い。氷を形成するには水が必要であるため、詠唱には水魔法を混在させなければならない。単純に要求される魔詞が多いから、あまり実用的じゃないのだ。

 しかし、リズは氷魔法と相性が良かった。本来は水を必要とする氷魔法だが、リズはそれを必要としない。突き詰めると、空気を冷却して個体にまで凝固させるのだ。それだけで他の魔法に引けを取らない練度を誇る。

 更には今回、多量の水が用意されていた。空気を氷にまで変えられるのだ。そこに水があれば、強力な氷魔法を彼女は簡単に繰り出せる。実際、リズが作った氷壁は巨大で耐久性もあり、明らかに元の水量よりも体積が大きい。バケツに入った水も半分くらいは残っていた。


「火で削れ! 溶かすぞ!!」


 くぐもった相手チームの声が氷壁の外から聞こえて来た。相性が悪いとはいえ、リズの氷は火を相手にしてもなかなか溶けることはない。まあでも、それも時間の問題だな。こちらを倒し切るまで、相手は停戦状態を維持するだろう。おい! チーミングだろそれぇ! 一応ルール違反ではないけどさぁ!


「想定より手を組んでいるチームが多いですわね」


「だね。僕達以外、全員じゃないか?」


 いやぁ本当にあり得そうで困る。なんかこう、もう少しくらい楽しもうとかないんですかね? 寄ってたかってこんなのイジメじゃないですか? え? 褒美を企画した学園長が悪い? ほなそうかぁ。

 氷壁が出来る前、タッカーチームの方をチラッと見たが、あちらも自分達と似た状況に陥っていた。というか、タッカーの怒号が響いてた。『正々堂々勝負しろォ!』とか。まあ誰も気にする余裕も無かったが。

 タッカーチームと手を組む手段もあるが……物理的に距離が離れているから連携は難しいだろうなぁ。それに相手が協力を良しとするタイプにも思えないし。うーむ、難儀だ。


 ドゴ! バキ! ガガガ!


 凄まじい速度で氷壁が削られる音が耳に響く。中は流石に反響するな。うるさ。


「……リズベット、ロイ、頼みがある」


 余裕が無くなり、各々が策を思案する緊張した中、エルバートが神妙な面でそんなことを言ってきた。な、なんだ?


「なんですの?」


「リズベット、この氷はあとどれだけ持つと思う?」


「……このペースですと、3分といったところですわね」


「よし。セロ、ダリル、分かってるね?」


「はい」


「でやんす」


 悪ガキ3人が何やら口数少なく意気投合し、立ち上がった。……え? 今から死ぬんか? いつもの様子からは考えられないほど真面目な雰囲気を醸し出す3人に、俺は気圧されていた。


「僕たちが中に残って敵の注意を集める。その隙に……リズベットとロイで敵を攻めて欲しいですお願いしまァす!!」


 あ、真面目な雰囲気が霧散した。うーん見事な土下座だ。3点。

 まあでも……なるほど、俺達に特攻しろとな? 俺のふざけた態度が伝染っているように見えるのは置いといて……悪くはないか?


「……無し、ではありませんわね。ここを守り続けたところで相手が減らなければ意味がありませんし、もはや賭けに出る必要がありますわ」


「わ、悪くないとは思うんだ。全員拠点を守るのに夢中でずっと立て籠っているし、外周に少しスペースがあるだろう? 隠密魔法を使って、更に僕達が相手のヘイトを集めれば、そこを回って敵の寝首を掻ける可能性はある、と思う」


 ほう、エルバートにしては勇気ある提案だ。俺達の犠牲前提だからか言葉の節々から罪悪感がにじみ出ているが……彼なりに思案した結果なのだろう。これが一番の勝ち筋だと。

 それに、これは悪ガキ3人にもリスクがある作戦だ。正直、リズ以上の障壁を彼らが作れるとは思えない。この氷壁もいずれは崩れ、更には悪目立ちしようというのだ。実力差から見て、攻撃を仕掛ける俺とリズよりも負担が大きい。


 もっとマシな作戦はある。だが……動機がアレとはいえ、いやアレだからこそ、このエルバートの提案と勇気は尊重したい。


「……信じていいんだな?」


「ああ、任せてくれ」


 エルバートが自信満々にそう言い、他2人が力強く頷いた。……フッ、ここで信用できず、何が友か。……戦友みたいでテンション上がるなこれ。




 ガガガ! バキバキ!


 氷壁を削られる音が大きくなり始めた頃、ようやく作戦が決行された。


「……よし、行くぞ!!」


「ヒート――」


 エルバートの合図により、俺が天井と後方の氷壁を溶かし始め、次第に外からの光が差し込んで来た。

 隠密魔法は既に掛けてある。天井の真ん中に穴が開き、エルバート達がそこから顔を出した。


「ウィンド、カッター! かかって来いボケカス共ぉ!」


 エルバートが風魔法を放ち、啖呵を切ると、敵の攻撃が氷壁の上に集中し始める。その隙に俺とリズは後方から拠点を抜けた。


 エルバート達のおかげで俺とリズは敵の背後に回ることができた。

 恐らく地面は対策が施されている。土魔法で魔導器付近を攻めるのは難しいだろう。……虚を突いて拠点を落とすとしたら、2つが限界だな。


「いくぞリズ……!」


「ええ! アイス、ブラスト!」


「!! 後ろだ!」


 敵に気付かれたが、もう遅い。俺とリズの魔法は土の障壁を越え、敵拠点内部をズタズタにした。

 中から溢れる青い光が、一瞬にして赤く変わる。


「Gチーム脱落!」


 審判員の声が辺りに響き、選手たちに戦慄が走る。隠密魔法を使っているとはいえ姿が見えなくなるわけではない。上空で飛び交う魔法は衰えず、しかしこちらの存在を気付かれる。

 次の拠点を目前に、敵の魔法が標的をこちらに変える。


「ファイア、ストレート」


 俺が高所に立つ敵選手へ魔法を放つと、少し隙が生まれた。その隙にリズは障壁の元に潜り込み、先と同じく敵拠点が陥落する。


「Hチーム脱落!」


「下の守りを固めろ!」


 さすがに対策するよなぁ。敵がこちらを認識するなり敵拠点への攻撃を止め、下に降りて防御を固め始める。更には姿を現わしてこちらへ手を向けて来た。


「ロイ!」


「シールド、フォーカス」


 リズを庇い、前方に魔法の防壁を張る。間一髪のところで魔法を弾き、爆音と共に硝煙が立ち上った。

 このまま攻め入ることも出来るが、人数差が厳しいな。少し本気出すか?


「ロイ」


「はい?」


「私のこと、守れますわね?」


 シールドを張りながら後ろを見れば、リズが不敵に笑っていた。

 なるほど、俺が防御で、リズが攻撃するってことだな。やってやろうじゃないか。


「任せんしゃい」


「頼みましたわよ」




「Ⅰチーム脱落!」


 順調にもう1拠点を討ち取り、残るは7チームとなった。

 そこで問題発生。自陣の氷壁が遂に崩れ去った。エルバート達が急いで土魔法の壁を築いているが、どうやっても心配だ。このまま敵拠点を一周して回るのは得策ではない。ここはEチームを叩こう。


「リズ、真ん中を突っ切る! 絶対守るから!」


「! 信じますわよ!!」


 全ての拠点の的となる中心、そこを俺とリズは駆けた。タッカーのチームを攻撃していた他拠点からも集中砲火を受ける。


「遊泳、青銅のベール」


 青緑色の魔法障壁が俺達を包み、全ての魔法弾を無効化する。懲りずに何度も攻撃をされるが、この程度の魔法弾は全て無意味だ。

 そうして自陣へ攻撃をする敵拠点に辿り着き、リズの氷魔法が炸裂。ふぅ、ひとまずこれで一安心。


 Eチームの脱落が宣告された時、その隣の拠点から魔法の光が見えた。狙いは俺とリズだろう。

 しかしタイミングが悪く、俺が張った簡易的な防御魔法は効力を失い、霧散した。同じく魔法をかけ直そうとも思ったが間に合いそうにない。


 俺は詠唱を諦め、リズを抱きしめ背中を差し出した。

 が、突然、魔法を放とうとした敵チームが拠点ごと爆発し、間もなく脱落する。


「Dチーム脱落!」


「おい! 何やってんだ!」


「何、とは? 我々はあなた方と協力を結んだ覚えはありません。勝ち進むのは上位3チーム。合理的な判断です」


 ここに来て停戦のバランスが崩れたようだ。耳の尖り具合からして恐らくエルフのチームだろう。ナイスタイミングだ! よくやったぞ! 褒めてつかわす! あんたの名前知らんけど。


「ロ、ロイ。離していただけるかしら……」


「あ、すまん」


 おっと、リズが顔を赤らめて恥ずかしがっている。ちょっとイケメンムーブが過ぎたか。しかし、ここまでしおらしい反応を見せるリズなんて、初めて見たかもしれない。こいつ羞恥心とかあったんだな……。セクハラとかで訴えないでね? おじさんにも絶対に話さないでよ??


「おい……よくもやってくれたな?」


 おっと、ここでタッカーさんブチギレております。というかよく耐えてたな。ハンデありきとはいえ結構、余裕そうじゃないか? そして隣に拠点を構えたばっかりに睨まれているBチーム、ご愁傷様です。あぁ、エルフに裏切られたばっかりに……。




 その後、今日一番の大爆発が起き、割とシャレにならない被害が出てしまった後、魔法弾合戦は終了。残ったのは俺らFチームと、タッカーAチーム、そしてエルフのCチーム。次は遂に個人戦だ。


「フフフ、全て計画通り」


 なんかエルフが喋ってる。というかこの学校、エルバートよりも顔が胡散臭いヤツ居たんだな。ご丁寧に小さめの丸眼鏡まで掛けちゃってるよ。えーと……確かリズが言ってたけど、イヴレトイくん? だっけ? 凄いタッカーに睨まれてるけど大丈夫そう? どうせ君達も集中砲火してたんだよね??


「個人戦のエントリーを行います。選手たちは移動してください」


「ほ、本当に勝ち上がったんだ……」


「ほぇ」


「やんすぅ」


 エルバートが我ながら信じられないと言わんばかりに放心している。いや~よく頑張ったよ本当。これは手放しに褒めても文句は言われないだろう。誇れエルバート。お前はよくやった。もちろんダリルも。セロは最近『やんす』に支配されてないか?


 まあ、これで無事、目的は達したと言っても過言ではない。リズは個人戦で遺憾なく本領を発揮し、優秀な人材として役人の目に留まるだろう。

 ……ん? そうか、統領ってカディアか。もし彼女がリズを気に入ったら……。


 ……いや、俺と関わることなんて無いよな?

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