第2話

※※


私の、この世界に来る前の名前は藤元海子ふじもとうみこ、35歳独身。日頃は国内外の調味料を扱う小さな卸会社のしがない事務員をしている。


また海子という名前はご想像通り、海が好きだった父が安易につけた名前だ。


名づけの理由である、海のように清らかな女性になって欲しいという気持ちは嬉しいが、実際は平凡な顔で特に秀でた能力もなく、32歳の時に3年付き合っていた恋人に浮気されたうえに貸していたお金を踏み倒されて一方的に別れを告げられた。


理由は私よりも若くて可愛い彼女ができたから。


それからの私は恋愛から遠ざかった。いわゆるトラウマになったのだ。


どんなに愛し合っていたとしても現実世界の男は心変わりするんだと思い知らされた。


勿論、すべての男性がそうではないことも理解しているが、次の恋愛を探そうとも職場は既婚者しかおらず、30歳過ぎて生涯のパートナーを求めて積極的に婚活する気にはなれなかった。



そんなとき、私が出会ったのがロマンスフファンタジーの小説だ。


どの小説でもそうだが、大多数のロマンスファンタジーの世界のヒーローはヒロインを永遠に愛してくれる。


どんな困難も一緒に乗り超え、いつもそばで支えてくれ生涯ヒロインだけを見つめてくれる。


いつからか私の唯一の趣味であり癒しはスマホでロマンスファンタジーの小説を読むことになっていた。


そして数あるロマンスファンタジーの中でも絶大な人気を誇り、私が一番好きなのが『碧き瞳の王太子は初恋の令嬢を溺愛する』という小説で、そのヒロインの名前こそマリー=フランゼーテ。


(そう! 私はついに転生というものをしてしまったようなのだ!)


(それもロマファン好きが憧れてやまない)


(『碧き瞳の王太子は初恋の令嬢を溺愛する』、通称“碧き溺愛”のヒロインであるマリーに!)


(生きててよかった~~~!!)



「あぁ、神様仏様、ロマファンの女神様~本当にありがとうございます~~~」


(あ! いけないいけないっ)


私はハッとして口元を引き締めたが、私の一歩後ろをついてきているレイザが訝し気な表情をしている。


私はすぐに何ごともなかったかのようにニヤけた顔を元に戻した。


(気をつけなきゃ……すぐマリーになったことに舞い上がっちゃう)


私の両親は事故でなくなっており身寄りも仲の良い友達もいない。現実世界で私がどうなってここへ来たのかは何故だか思い出せないが、私という人間がいなくなっても問題はないはずだ。


(あ。納品伝票と在庫計算……誰かに引き継いでおけたらよかったかな)


そこまで考えてから私は首を振った。


(もう忘れましょ!! せっかく憧れてた転生ってやつをしちゃったんだから)


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