第3話

私がそんなあれこれを考えていると庭園の入り口が見えてくる。


(そういえば不思議……庭園なんて来たことないのに身体が覚えてると言うか……)


(マリーとしての記憶や所作も私の中にちゃんとあるってことよね)


庭園の中を少し進めば上品な木製テーブルとお洒落な椅子が見える。


そして後ろを向いて座っている長身の男性の艶やかな黒髪が春風に靡いている。



(あ……あれは……っ)


私がその姿を見つけたと同時にレイザが一礼して庭園を去っていく。


私はおずおずと男性にむかって声を発した。


「お、お待たせ致しました……」


「マリーか」


そう言いながら振り返った彼は間違いなく私が憧れ恋焦がれていたライネルだった。


(うっわぁ……な、なんてイケメン……っ)


高い鼻筋にサファイアのような碧い瞳、鍛え上げられた逞しい体躯。


「ん? マリーどうかしたか?」


「いえ、あのライネル殿下がその」


「殿下? なぜそのように俺を呼ぶんだ? 悪戯か?」


「きゃ……っ」


ライネルに顔を覗き込まれ、その碧い瞳に吸い込まれそうになりながら私は、あまりの美貌に思わず顔を両手で覆った。



「あ、えっと……あの、ライネル、すみません。は、離れて貰えませんか?」


「なぜだ? もっとその美しい瞳で俺を見てくれ」


「む、無理ですわ……貴方がその、美しすぎて」


「ははっ。俺の妻は俺を喜ばせるのが上手だな」


形の良い薄い唇をゆるりを引き上げるとライネルが私の髪に優しく触れた。ただそれだけなのに身体がわずかに跳ねて高鳴る心臓が苦しい。


「さぁ、そろそろ座りなさい。紅茶は好きだろう?」


「はい、大好きです」


私はライネルの隣に腰掛けると、目の前に置かれた花柄のティーカップ に口付けた。


「おいしい……こんなに美味しい紅茶はじめて」


ライネルが私の言葉に切長の双眸を細めた。


「マリーのために特別に取り寄せたものだ。気に入ったならまた手に入れておく」


「いえ、高価なものなのに」


「愛する妻になんでもしてやりたいんだ」


愛する妻、その言葉に気持ちが優しくなって胸があたたかくなる。


「ありがとうございます……」


「構わない。それにしても今日は良い天気だな」


「えぇ、本当に」


「今日はマリーに薔薇をみせてやりたくてな」


私はライネルの言葉に頷く。


原作は何度も読み返している。ライネル王太子殿下がマリーを庭園に誘うエピソードは、この世界で百年に一度しかみられない青く輝く薔薇が咲いたのを見せるためだ。


2人は青い薔薇に囲まれながら、愛を囁き合い熱いキスを交わすという、女子にとって憧れる素敵なシーンのひとつとなっている。


私はライネルと談笑しながら紅茶とケーキを楽しんでから、ライネルに手をひかれて王家の人間しか入れない、塀に囲まれた奥の庭園へと向かう。


ライネルが扉を開けば、太陽の光を浴びて宝石のように輝く沢山の青い薔薇が咲き誇っていた。


「……綺麗……」


「もう少し先まで行こう」


ライネルが私を庭園の中央まで連れて行く。


「……ちょうど一年前だな。マリーと再会したのは」


「そうね、あの時はまさか貴方に会えるなんて思いも寄らなかった」


「ああ、そうだな。でも俺たちは出会いこうして夫婦になれた」


「本当に夢みたい……」


ライネルは青い薔薇を一輪摘むと私に差し出した。


「この薔薇に誓う。生涯マリーを愛し守ると」


私はその薔薇を受け取ると、ライネルの美しい碧い瞳を見つめた。


「ライネル……私も誓うわ……あなたを生涯愛すると」


私の言葉にライネルが優しく微笑む。


(ずっと愛されてみたかった)


(濁りのない綺麗な愛が欲しかった)


この世界なら、この人なら、きっと無条件に私を愛してそばにいてくれる。だってここは現実ではないから。でもそれでも構わない。


私が幸せだと感じるならそれが一番だから。



「マリー……愛してる」


「ライネル、愛してます」


ライネルが私の頬に手を添える。私が瞼を閉じれば、唇にふわりと優しいキスが落とされた。



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