第11話 不動産女子、転機を迎える

第11話 不動産女子、転機を迎える


8月。炎天下の中、美咲はオフィスの会議室に呼び出されていた。


「これからのキャリアについて、少し話がある。」


そう言ったのは、大橋課長だった。


「実は、来月から新しい部署が立ち上がる。若手中心の“地域再生プロジェクト”チーム。田島、お前を推薦したい。」


突然の話に、美咲は言葉を失った。



新部署の主なミッションは、“空き家の利活用”や“地域コミュニティと連携した不動産提案”。


言い換えれば、数字だけを追う従来の営業スタイルとは異なり、住民の声を聞き、街づくりと密接に関わっていく仕事だった。


それは、美咲がこの数ヶ月で一番やりがいを感じた「斉藤さんの空き家」案件と、まさに重なっていた。


「でも私、まだ経験も浅くて……」


大橋は腕を組んで、にやりと笑った。


「だからだよ。お前は“人の暮らし”に目がいく営業だ。このプロジェクトに必要なのは、そういう感覚だ。」



その夜、美咲は自宅で資料を広げていた。斉藤さんの件、柴田のオフィス契約、山田家の鍵渡し……すべてを振り返りながら、自分が“なぜこの仕事を続けているのか”を、改めて見つめ直していた。


ふと、柴田からメッセージが届いた。


「あの新オフィス、最高です。今度、引っ越し祝いに来ませんか?」


仕事の報告。なのに、そこには“誰かと喜びを分かち合いたい”という感情が滲んでいた。


少し迷ってから、美咲はこう返信した。


「はい。でもその前に、新しい挑戦、ひとつ始まります。」



月末、美咲は正式に異動を受け入れた。チームは3名。メンバーには、なんと佐々木先輩の名前もあった。


「面白くなってきたな。不動産女子の逆襲ってとこか?」


「……逆襲って何ですか。まだ始まったばかりですよ。」


自分の居場所が、少しずつ輪郭を持ちはじめている。


この街で、この仕事で、自分にしかできない何かがある気がした。



不動産は“物”を売る仕事ではない。


そこにある「誰かの人生」に、そっと伴走する仕事。


そして今、美咲はその人生たちの交差点に、ようやく立てたのだった。



次回最終話

第12話:そして、私はここにいる

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