第12話 そして、私はここにいる

第12話 そして、私はここにいる


秋風が心地よく吹く10月の朝。

美咲は、古びた商店街の一角にある空き家の前に立っていた。


ここは、今回のプロジェクトで再生を目指す“元・和菓子屋”。


「誰かがまた、この場所で笑ってくれたらいい。」


そう思いながら、玄関の引き戸を開ける。きしむ音も、埃っぽい匂いも、今ではもう嫌じゃなかった。



地域再生チームの仕事は、簡単ではなかった。


予算の調整、行政との折衝、住民からの不信感。


“売るだけ”ではなく、“育てる”仕事。


根気と信頼、そしてひとつひとつの対話が必要だった。


でも、その分だけ――やりがいもあった。


商店街の若者と一緒にシェアカフェの計画を立て、近隣の高齢者に空き部屋を貸し出す安心設計を提案し、保育園との連携で、子育て世代の定住も支援した。


不動産が、人と人をつなげていく。


それは、美咲がずっと信じてきた“仕事のかたち”だった。



ある日、ふと社内報に自分のインタビュー記事が載った。


「不動産女子、街に生きる」


見出しを見て、少し笑った。


「いつのまにか、こんな風に呼ばれてたんだ……」


だが、それはもう他人事ではなかった。


自分が歩いてきた道、転びながらも拾い上げた想い。全部が、自分を“ここに”連れてきてくれた。



夕暮れ、あの商店街に、小さな灯りがともった。元・和菓子屋は、リノベーションされて「コミュニティカフェ」に生まれ変わった。


その開店初日。

店の一角には、ある女性の名札が置かれていた。


田島 美咲(プロジェクト担当・不動産営業)


 

オーナーでも、経営者でもない。けれど誰よりも、この場所の“始まり”に寄り添った名前だった。



カフェの奥の壁に、美咲が最初に作ったチラシのコピーが飾られていた。


「街に、暮らしを取り戻す」――その一文が、少しだけにじんでいた。


そして、美咲はそっと、こうつぶやいた。


「私、不動産女子でよかった。」



― 完 ―


お読みいただき、本当にありがとうございました。

この物語に登場した誰かや出来事が、少しでもあなたの心に残っていたら嬉しいです。

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