第9話 名乗る資格と名乗らぬ矜持

 シエリの顔には疲労と苛立ちが滲んでいた。流石に少しうんざりしているようだ。だが、イリアーテはそんなシエリの態度に特に悪びれることなく、あっさりと答えた。


「でも、狩りになんて行ってどうするの? 教えて貰うことなんてある?」


 イリアーテの言葉には、本当に素朴な疑問が込められていた。


「言っただろ? オレは一般人魚で、アイツは多重操音。ナフィカは超がつくエリートなの」


「シエリだって一般人魚じゃなくて多重操音ってやつだよね?」


 シエリは少し戸惑った表情を浮かべながら、ゆっくりと首を振った。


「確かにオレは聴音ちょうおん治癒音ちゆねが得意だ。でも指向操作に難があるんだよ。だからマイナ要素含めての一般人魚扱いなんだよ」


 操音にはそれぞれ四つの肩書がある。

 反響定位に特化した者を「聴音ちょうおんの使い手」

 治癒に特化した者を「治癒音ちゆねの使い手」

 衝撃波に特化した者を「破音はねの使い手」

 斬撃に特化した者を「斬音ざんねの使い手」


 一般的な力量を超える場合のみ、名乗ることを許される特別な呼び名である。



 ちなみに、以前のナフィカは「斬音ざんねの使い手」を名乗っていたそうだが、最近になって聴音ちょうおんの力をも開花させ、今や多重操音となったのだとか。


「ナフィカは指向操作が歴代でもトップクラスだし、現場指揮だって上手い。オレは集団行動も上手くないんだよ」


 シエリの声はやや控えめで、心の中にある劣等感を少しだけ覗かせた。イリアーテはシエリの答えを受け入れつつも、どうしても納得がいかない様子で、静かに言葉を続けた。


「つまり、シエリなら一人でできることをアイツは集団でやってるってことでしょ?」


「それは違う」


 シエリは即座にイリアーテの言葉を否定した。シエリの顔には真剣な表情が戻り、ナフィカの力を正当に評価しようとする思いが伝わってきた。


「アイツ、案外面倒見がいいんだよ。一人で狩りをしないのは、できないからじゃなくて下を育てるための配慮でもあるんだ。そこだけは勘違いしないでやってくれ」


 シエリの言葉には、ナフィカに対する尊敬が込められていた。確かに彼は厳しいし、時には嫌味を言う。が、それもまた彼なりのやり方であると言いたいのだろう。


「……シエリって、結局アイツのことどう思ってるわけ?」


「オレ? 昔はともかく、今はちょっと苦手だ。ナフィカは実力主義で人魚社会をもっと強く機能的にしたいらしいから、将来の根回しでオレに構うんだろうけど、意見合わないし、チクチクした嫌味って胃に刺さるんだよな」


「ふぅん。じゃあ、あいつは? シエリとどういう関係?」


 イリアーテの問いに、シエリが目を見張る。イリアーテがシエリ以外に興味を示すなんて、かなり珍しいことだ。シエリがここぞとばかりに目を輝かせたのを見て、イリアーテは聞き方を間違えたかと内心苦虫を噛んだ。


 イリアーテは別段ナフィカに興味はない。ただ、彼がシエリに執着しているように見えたから、その意図が気になったのだ。

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