第10話 人魚の性別と抱卵文化

「ええと、どこから話せばいいかな? ナフィカとは卵幼期らんようきが一緒で。生まれる前の方が長い付き合いになるんだけど……そう言えば、まだ詳しくは話してなかったよな? 人魚が生まれる時の話」


「女が生んだ卵を、男が丸呑みして抱卵するってやつ?」


 イリアーテは以前聞いた話を思い出し、確認するように言った。その内容は、人間にとっては非日常的で、最初に聞いた時には信じがたいものだった。男が身重になるなんて、彼の生まれ育った人間社会では考えられない。最初に聞いた時は冗談かと思ったくらいだ。


 シエリはイリアーテの返答に「ああ」と頷き、さらに詳しい説明を始めた。


「そう、抱卵することで卵が二層構造になるんだ。外側に包殻ほうかく、内側に卵殻らんかくっていう層ができて、強度と温度調整が整う。オレたち人魚は、この状態を二層卵期にそうらんきって呼んでる」


 イリアーテはシエリの説明に耳を傾けながら、鶏卵の殻と薄皮を思い描いていた。彼の中で、人魚の生態はまだどこか現実感に欠けるものだったが、シエリの淡々とした説明がそれを徐々に現実味のあるものにしていく。


「それで、卵殻は成長に応じて自力で割れるけど、包殻は外からの音波振動で割る必要があるんだ。だから、オレたちは卵幼期の子供たちに定期的に音を送ってるんだよ」


 シエリの話によると、卵殻を自力で割り、包殻で過ごす時期の呼び名が卵幼期というらしい。


「ほら、オレがお前を置いてここを離れる時。あれ、ババ様たちの治療もだけど、卵幼に音をあてにも行ってるんだ」


 シエリが言うババ様とは、落皮者らくひしゃのことだ。高齢化や怪我で鱗が剥がれ落ちた人魚を指すのだが、大抵が体の弱体化に伴い鱗が落ち、狂蟲きょうちゅうに寄生されて死を待つだけの存在となる。


 卵幼期に世話になったとかで、シエリは未だ彼らを親しみを込めてババ様と呼んでいるのだと言う。


「音を当てるって、あの治癒音ちゆねってやつ? シエリって、確か聴音ちょうおんってやつで周辺警戒もしてるんだよね?」


「お、えらいな。ちゃんと覚えてるじゃん」


 シエリは己を一般人魚と言うが、能力自体は随分優秀な様子だ。


 イリアーテはまだ人魚社会の細やかな部分を理解できていないが、それでも治癒音による皆の治療と聴音による周辺警戒を一任されているというのは、随分な立場だと思うのだ。


「もうすぐパルマが孵化するんだ。お前にも紹介してやるからな」


 シエリは嬉しそうに言うが、イリアーテには少々引っかかる。


「……それって、シエリの子じゃないよね? しかも、生まれる前から育児してるってこと?」


 シエリは笑いを含んだ声で答えた。


「オレはまだ成人してないからな。産むのも抱卵するのも無理だよ。まだ性別がないし」


 イリアーテは瞬間的に困惑した表情を浮かべた。


「……え?」


 イリアーテのそれは、あまりにも唐突な事実に対する率直な反応だった。シエリも軽く首をかしげ、聞き返す。


「ん? 何かおかしいか?」


「シエリ、男の子じゃないんだ」

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