第30話 番外編⑤ 寄生する種子

 ――時は少し遡る。


 受付嬢のマリンに言われて、レイフは教会へ向かった。『破壊の種子』とやらの実物を確認し、それについて詳しく話を聞くためだ。


『破壊の種子』がダンジョンコアに寄生して生み出した魔物とも戦ったレイフだ。その危険性は、他の冒険者たちよりずっと理解している。


 そして、もしそれが人に取り憑けば、AランクだろうがSランクだろうが敵わない力を手にするであろうことも。伝聞ではなく、肌感覚として理解している。


 つまり、誰にも止められずに、好き放題にできるということだ。


「ちっ……」


 苛立ちから舌打ちする。まるで、あのときのあいつだ……。


 脳裏に浮かぶのは、かつて自分を打ち負かし、散々横暴を働いていったAランク冒険者だった。


 しかし同時に、頭の片隅で願望が首をもたげてくる。


 こいつを使えば、自分も力を手にできるのではないか? もうゲイルに偉そうな顔もさせなくていい。クソザコエリオットに舐められることもない。


 特にエリオットは調子に乗りすぎている。まぐれでレイフを負かしたつもりになって、殺しに来たレイフを助けまでした。


 本当にふざけている! いっそダンジョンに放置されたほうがマシだった。それならやつが、殺られる前に殺ろうとしたと納得できる。まだレイフを脅威に感じているのだと――舐めてはいないのだということだ。


 だが殺意を抱いていたレイフさえ助けたということは、まったく脅威に感じていないということだ。


 なにより許せないのは、レイフには対処できなかった魔物の動きをやつが読んでいたことだ。やつの指示に従っていれば勝てたかもしれない。レイフ単独では勝てなかったのに!


 しかも『破壊の種子』をどうにかして持ち帰ってきてもいる。どうやったのか、まったく理解できない。エリオットは、本当に得体のしれない力を持っているのか?


 それは、この自分をも上回るほどの力なのか……。


 クソ! ちくしょう! そんなわけがあるか! やつはクソザコだ! クソザコのはずなんだ……!


 次こそ、ハッキリと力の差を見せつけてやらなければ……。


 だが……現実として、やつは何度も結果を出している。確実に叩き潰すためには……この『破壊の種子』のような力があればてっとり早い……。


 レイフは神父の説明など話半分に聞いていた。どうせマリンが持ってきた情報と、自分の経験で大体のことは理解している。そこになかった情報こそが、一番知りたいことだ。


「こいつが誰かに取り憑いたとき、そいつの人格はどうなるんだ?」


 レイフは『破壊の種子』を目の前にしつつ、神父に尋ねてみた。


「おそらく主導権は奪われ、人格も失われるでしょう」


「そうかよ」


 じゃあ使えねえな、クソ! マジで厄介なだけじゃねえか。こんなもん街中に持ち込みやがって、危ねえじゃねえかクソザコが……!


『――そうでもないぞ』


「!?」


 心で悪態をついたとき、なにかが聞こえた。神父を見遣るが、特に反応していない。なにも聞こえていないのか?


『――我は心を奪わぬ。心を解放し、我と一体になるだけだ』


「こいつか……? おい、神父さんよォ、こいつなんか喋ってるぜ、聞こえねえか!?」


 声を上げるが、神父は反応しない。虚空を見つめ、ただ立ちすくんでいる。


『そやつにはもはや聞こえておらぬ。人間の聖職者とやら、我らの力が届きやすい性質ゆえな』


「てめえ、どうする気だ!?」


『お前は力を求めているのだろう、闇深き者よ。我はそれに応えてやろうというのだ』


「んだと、てめえにオレの体も心もくれてやるわきゃねえだろ!」


『体も心もお前のもののままだ。我は奪わぬ。一体になるのみ。それで強くなれるのだ。誰にも負けない強い力が手に入るのだぞ。それが望みなのだろう。簡単に叶うというのに、なにを迷う』


 その言葉は、なぜだか心に染み込んでいく。あり得ない甘言のはずなのに。


 なにか特殊な力が作用している? そう疑いつつも、レイフの心は傾いていってしまう。


「……オレは……確かに力が欲しい……」


『心を解放しろ。誰にも負けない力で、何者にも邪魔されず自由に振る舞う。さぞかし気持ち良いことだろう……それが叶うぞ』


 レイフの目に、闇が見えた。そして願望の世界が映し出される。


 エリオットを圧倒的な力で叩き伏せる姿。泣きながら命乞いするエリオットの手足を、一本ずつ踏み潰していく快感。その仲間の女ふたりを裸で吊し上げ、笑いながら眺める愉悦。止めに入ったゲイルを一撃で粉砕する全能感。


 にたり、と笑みが漏れる。


「こいつぁ、いいかもな……」


『ならば受け入れるがいい。我と一体となるのだ』


 闇は、レイフの心のより深いところにある願望を映していく。


 かつて自分を叩きのめしたAランク冒険者を八つ裂きにする。他にも自分をバカにした者、笑った者を叩き潰し、反抗する者は血祭りに上げていく。


 あまりに簡単だ。簡単すぎて、違和感すらある。


 ――つまらない。オレは、本当にこんなことを求めていたのか?


 そのとき、闇の中で暴れる自分の前に、なにかが立ち塞がった。


 小さな男の子。口の悪いクソガキ。その背後には小さな女の子。


 ……マリン?


 それは昔、街が魔物に襲われたときの自分たちだった。


 そこにあの人が現れて、そしてあの小さな男の子は――いやレイフは、約束をした。


 一面の闇の中で、その様子だけは、今も光を放っている。


「――! てめえ、なにしてやがる!」


 ハッと正気に戻り、視界が正常に戻る。目の前には触手。『破壊の種子』の触手が、今にもレイフを取り込まんと伸ばされていたのだ。


 すぐ距離を取り、剣を抜く。


「おい神父さんよォ! 封印魔法が解けてるぞ、なにしてやがる!?」


「…………」


 神父には相変わらず反応がない。


 まさか、ついさっきの自分と同じ状態か?


 やはりこの『破壊の種子』がなにかしたのだ。やつが先ほど言っていたとおり、聖職者は神などの上位存在と交信しやすい体質だ。だからこそ女神のお告げも受けることができる。


 だがそれなら、上位存在たる破壊神からの影響も受けやすいのでは? そして破壊神が元となった『破壊の種子』からの干渉も……。


 クソ! 詰めが甘いぜ、クソザコども! 教会に保管するのは危険じゃねえか!


『破壊の種子』は、レイフの代わりに神父に取り憑く。そしてレイフに向かってくる。


「我はお前が気に入ったぞ。闇深き者よ、我を受け入れろ」


「アァ!? それでこの街を好き放題にしようってかァ!?」


「そうだ。お前の自由だ」


「ざけんなよ! オレの街を、てめえみてえなクソの好きにさせてたまるか!」


 そこに駆け寄ってくる足音。


「なんの騒ぎ――神父様!? なぜ神父様が取り憑かれて!?」


 教会付きの聖戦士の女だ。名前は確かメリル。


「おい、メリルさんよ! ヤベーぞ! 『破壊の種子』には意志がありやがる! 神父さんを操って封印を解除しやがった!」


「なんだと!」


 メリルも剣を抜き、神父に対峙する。


 激しい戦闘が開始された。




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次回、『破壊の種子』に寄生された神父との戦いに、ライやチェルシー、ゲイルといった冒険者たちも加わっていきます。戦いの中心はゲイルとエリオットが担うことになっていきますが、レイフはそれに不満を口にするのですが……。

『第31話 二度と魔物の好きにはさせねえ』

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