第29話 なんか嫌な予感
「あー、お兄ちゃん!」
クレアと市場にやってきたところ、少女に駆け寄ってきた。ミュゼだ。人さらいのアジトから一緒に脱出して以来だ。
「やあミュゼ、お買い物?」
「違うよ、お兄ちゃんに会いに来たの! この前、せっかく教会に来たのに、わたしとは会っていってくれなかったでしょっ」
ぷんすかと可愛らしく唇を尖らせるミュゼだ。
「そう言われても、あのときはもう夜だったからなぁ」
そこにミュゼを追いかけてメリルがやって来る。
「こらミュゼ、ひとりで行ってしまうのは危ないぞ。またさらわれたりしたらどうするんだ」
「お兄ちゃんが助けてくれるもん」
メリルはため息をひとつき。
「すまないな、エリオット。君に助けられて以来、すっかり君を気に入ってしまったようでな」
「おれだけで助けたわけじゃないんだけどなぁ」
「ああ、あの黒装束の女――クレアも一緒だったな。最近は見かけないが、どこに潜伏してなにを企んでいるのやら……。いずれ尻尾を掴んでやる……」
おれはクレアと顔を見合わせる。やっぱりイメチェンしたから気づいてないのか。
「えーと、悪いやつなら他に目立つやつがいるんじゃない?」
「ん? ああ、レイフのことか? 確かに素行は悪いが、一般人には手を出してはいないのでな。一線を越えたならすぐにでも捕縛するが、まあ、腐っても光属性らしいからな。そう無茶なことはすまい」
「人を属性で判断するのはどうかと思うよ」
とか話してる間に、ミュゼはクレアが気になるのか、彼女に声をかけていた。服装も違うしメガネもしてるのもあって、だいぶ親しみやすいのだろう。
「お姉ちゃんは、お兄ちゃんの彼女さん?」
話しかけられてクレアはすごく嬉しそうだ。助けた本人だと気づかれていないのを寂しがるより、むしろ怖がられないのが嬉しいようだ。
満更でもなさそうに、ニッコニコの笑顔を浮かべている。
「えー、そう見えるかなぁ。そういうわけじゃないんだけどなぁ。くくくっ」
あ。
いつもの邪悪っぽい笑いが出て、ミュゼの表情は一気に固まる。
「う、あ……その笑い声……」
恐怖が蘇ってきたか声が震える。瞳も潤んでいく。
バッとメリルが前に出て、ミュゼを背中に隠した。
「き、貴様、クレアか! おのれ変装していたとは卑怯な! 今度はなにを企んでいる!」
「えぇえ、な、なにも考えてないですよっ?」
「しかも白昼堂々と美少年を連れ回して風紀を乱すとは大胆不敵なやつめ! これからどこへ行くつもりだ!? どうせろくな場所ではあるまい!」
「一緒に市場に行くだけですよぉ。お友達の商売の様子を見に行くだけで……」
「お友達に……商売……だと。犯罪の匂いがするぞ、まさかだが、やはり春を売り買いしているのではなかろうな!?」
「いやなんでいつもそっち方向で考えるの。やっぱり頭ピンクなの?」
その後もしばらく、やいのやいのと絡まれてしまったが、なんとか無実だと分かってもらって帰ってもらった。メリルは最後までクレアを睨んでいたし、ミュゼは最後までクレアを怖がっていたけれど。
クレアはしゅん、とうなだれている。
「うぅ……この癖も直さなくちゃダメかなぁ……。できるかなぁ……」
こればっかりはどうにもできないので、おれは黙っているしかなかった。
その後すぐ、レベッカの露店に到着する。
「はいはい、マッスルポーションと通常のポーションのセットッスね! お買い上げありがとうございまーッス!」
意外なことに、レベッカは順調に、元気よくマッスルポーションを売り捌いていた。
「例の『破壊の種子』の件もあって、緊急事態に備えてパワーアップアイテムが欲しいってお客さんが増えてるみたいなんスよ。リスクありッスけど、マッスルポーションとアドバンスポーションはたっぷりあるッスからね~! マッスルを使って怪我しても、普通のポーションで治せばいいって宣伝したら、いい感じに売れるようになったッス!」
「それは良かった。経験が活きたね」
「はいッス! 実際に使ったりして、アイテムのこと知れば知るほど、いい使い方が分かるもんなんスね。それで欠陥も補えるっていうか。いやあ、冒険に連れて行ってもらえて本当に良かったッス! これからもお願いしまッス!」
「うん、いいけどね。商人の本分は忘れないように。冒険商人のつもりで始めて、気がついたら冒険者として一生を終えちゃってる人も結構いるから」
「あははっ、気をつけるッスね! ところでエリオットさん、マッスルポーションって一気に何本も飲んだらどうなっちゃうんスかね? お客さんに聞かれたんスけど、分かんないから保留にしてまして」
「下手に答えず保留にしてて正解だったね。過剰に飲むと、筋肉が肥大化しすぎて動かしてもいないのに引き千切れたりするんだ。おれが見たときは、風船が破裂したみたいだったよ」
「うへぇ、ヤバいッスね! お客さんたちには気をつけるように言っとくッス!」
「ところでレベッカちゃん? これなぁに?」
露店の在庫を覗いていたクレアが尋ねる。指差しているのは、露店のフックにかけられた見慣れないマントだ。ダンジョンで拾ってきたアイテムではない。
「あ、それさっき仕入れた魔導器ッス! 拾ってきたアイテムもよく売れてましてぇ、さらに儲けようと思って、売れそうなすっごい魔導器を買っておいたんスよ~!」
おれとクレアは顔を見合わせた。
なんか嫌な予感。
「えっと、どういう魔導器なの?」
クレアは苦笑気味に尋ねるが、レベッカはそれに気づかず上機嫌に答える。
「まあ、見ててくださいッス。こうやって、前を閉じてぇ、フードもかぶせて、さらに顔の部分まで覆うとぉ……」
と、レベッカは、吊るしたままマントの留め具を閉じていく。すると、それがスイッチとなっていたのか、魔導器としての機能が発動。マントは透明になった。一切認識できないほど完璧な透明化だ。
「じゃーん! どうッスか!? すごいッスよね!?」
「うん、すごいよこれ……。これならわたし、今の白くて目立つ格好でも、前みたいに上手く隠れられそう。奇襲にも使えそうだし」
「ですよね!? 実はクレアさんにいいかもって思って仕入れたッス。どうッスか? 買いませんか? ちょ~っとお高いッスけど~。にひひひ」
「う~ん、でもわたし、もともと戦法変えるつもりだったしぃ……。さっきも小さい子、怖がらせちゃったし……」
「いやそれ以前に、これ、想定してるような用途には使えないと思うよ」
「はえっ!?」
おれがツッコむと、レベッカはびっくりして振り向いた。クレアも目を丸くする。
「ここまで完全に透過してるってことは、光が完全に通り過ぎていってるんだ。つまり、これ着てると、中に光がまったく届かないから完璧に外が見えなくなる」
「へっ!? そんなバカな!?」
レベッカは慌てて、マントを着込み、また透明化してみるが……。
「うああ、マジッス。マジ闇ッス。こんな闇が存在したのかって思うほどの闇ッス~!」
どれどれ? とクレアも試着してみたところ。
「……わあ、いい闇……。夜寝るときに使ったら気持ちよく眠れそう……」
「あ、そ、そうッスよね? あははは、お、お買い上げは?」
「ごめんなさい」
「ですよねー……」
さらにこのマント、丈も短いので大人が着ると足元が外に出てしまう。もちろんその部分は透明化されない。
ついでにそれも指摘しておいたら、レベッカは涙目で笑った。
「あ、あははは。えと、緊急事態のときに子供に着させて、隠れさせておくとか……どうッスかね?」
「子供が全盲状態になる上に、他からまったく見えなくなるっていうのは、別の緊急事態じゃない?」
「そうッスよねー……」
レベッカは大きくため息。肩を落とす。
「まったく……。少しは成長したかと思ったらこれか」
そこに第三者の声。身なりの良い壮年の男。レベッカの元雇い主だという商人のクライスだ。
「大方話だけ聞いて舞い上がり、試着もせず仕入れてきたのだろう。まったく、自分が売る商品をろくに確認しないでなにが商人だ」
「う、うぐぅ……。クライスさん……。ま、まだこの街にいたんスね……」
「ふんっ、取り引きが長引いてな。古代技術で作られたという貴重な魔力石があったのだが、先ほどようやく交渉が済んだところだ。一応、見納めと思ってお前の様子を見に来てみれば、またこの体たらくだ」
おそらくゲイルが鑑定師に見せていたあの魔力石のことだ。どうやらおれが鑑定してやったあと鑑定師がゲイルから買い取り、そこからクライスの手に渡ることになったらしい。
「べつに、見に来なくたっていいッスよ。すぐバカにするんスから」
「バカにされるようなことをするなと言っている」
などとやっていたときだ。
――バァン、ドォン!
激しい轟音がふたつ。そしていくつもの悲鳴。
その方角に戦慄する。教会の方向だ。メリルや、ミュゼは!?
真っ先にクレアが飛び出す。おれも追いかけるが、足の速さが違いすぎて現場への到着が遅れてしまう。
そこはやはり教会だった。壁が破壊され、そこから出てきたであろう者が佇んでいる。
神父だ。胸には『破壊の種子』。寄生されてしまっている。
対峙していたのはメリルと、意外なことにレイフだった。
状況が分からないまでも、おれはクレアとともに戦列に加わるのだった。
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※
次回、時は少し遡り、レイフが『破壊の種子』を教会に確認しに行ったところから始まります。レイフはそこで『破壊の種子』から誘惑を受け、しかし――?
『第30話 番外編⑤ 寄生する種子』
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