第28話 番外編④ 約束のあの人
その日、冒険者ギルドの受付嬢マリンは休みを取って、レイフの家に訪れていた。
他の多くの冒険者と違い、レイフは宿住まいではない。持ち家だ。レイフはこのホムディスの街出身で、両親から家を受け継いでいる。
「『破壊の種子』、なんで見に行かないの?」
受付嬢として接しているときと違い、今は敬語を使う必要はない。マリンはレイフとは20年来の付き合いだ。
「うるせえな、てめえには関係ねえだろ」
「その喋り方、いい加減やめなさいよ。そんなんだからみんなに嫌われるのよ」
「んなこと知ったことかよ」
「私が嫌なのよ。あんた、前は違ったじゃない」
レイフとて、始めから素行が悪かったわけではない。
冒険者になりたての頃は、珍しい光属性に加えて初期能力値も高めで期待もされていた。
その期待にレイフは見事に応えていた。Bランクへの昇格も早かった。伝説のアレクサンダー・ソルブライトを除けば、実質最年少だったはずだ。
多少口の悪いところはあったが、困っている者は助け、街の危機には率先して立ち向かい、危険なダンジョンは次々に無害化していく熱血漢だった。北西の森にある元ダンジョンの洞窟のほとんどは、レイフが単独で無害化したものだ。
多くの冒険者に慕われていたレイフの姿は、幼馴染として誇らしかった。この街一番の冒険者だった。
それがなぜ今のように落ちぶれてしまったのかと言えば、きっかけはレイフの初敗北にある。
ホムディスの街に流れ着いたAランク冒険者。今のレイフより遥かに素行の悪かったその冒険者に対し、当時のレイフは周囲を庇う形で対立した。
それはやがて実際に対決するにまで発展し、レイフは敗れた。何度も何度も敗れた。
才能はきっとレイフのほうが勝っていた。けれど、その才能ゆえに敗北も挫折も知らず、血の滲む努力も必要なかったレイフには、その冒険者が積み重ねてきた経験と努力と、卑怯な
結局、その冒険者は街で好き放題した挙げ句に去っていった。レイフには止められなかった。
レイフは絶望し、
本当は、むしろ同情されていた。それまでの彼のおこないに感謝こそすれ、悪く言う者などひとりもいなかった。
マリンはそのことを彼に伝えたが、しかしレイフはもう変わりかけてしまっていた。
あの冒険者が口にしていた、「力がすべて」という価値観に囚われてしまっていた。力があって誰にも負けない者は、なにをしてもいい。どうせ止められる者はいないのだから、と。
だから強くなって、そういう
けれど、大した努力もなくBランクになったレイフには、これ以上どうすれば上に行けるのか分からなかった。より下のランクの者に聞いたところで、自分より強くなれていないのだからそんな方法は無駄だと考えてしまっていた。
なにより、信頼を失ったと感じている負い目が、他者と距離を取らせてしまっていた。
伸び悩むうちに苛立ちが積もり、素行もねじ曲がっていった。
そして今に至る。これまでで一番情けなく、街一番の悪辣な男になってしまっている。
「今の姿を、あの人が見たらどう思うかな」
「やめろ。その話をするんじゃねえ」
「あの人とした約束も忘れちゃったの?」
「やめろっつってんだろ。あんなこと、とっくに忘れたんだよ!」
「あんなことって言ってる時点で覚えてるじゃない!」
それはレイフが冒険者を志すきっかけとなった事件だった。
近くのダンジョンのレベルが上がりすぎて、強力な魔物が多く這い出てきて街を襲った。
幼かったレイフもマリンも逃げ惑っていた。マリンがいよいよ危なくなったとき、レイフは前に出て魔物と対峙した。当然、代わりに彼が危機に陥り、死ぬところだった。
それを救ったのは、あのアレクサンダー・ソルブライトだった。
レイフは彼に抱きとめられ、その英雄的な活躍に憧れた。街の危機が去ったとき、レイフは彼と約束した。
――オレもあんたみたく強くなってみせる。それでこの街は、オレが守るんだ! 二度と魔物の好きにはさせねえ!
レイフには、より強くなるために、ホムディスの街を出て、より難易度の高い冒険に挑み続ける方法もあった。そもそもBランクの彼に見合うような仕事など、このホムディスの街では発生しようがないのだから。
それをしなかったのは、あの約束を守り続けるためのはずだ。
そして、みんなの信頼を失ったと思っても、絶望に苛まれても、冒険者を辞めずにいるのだって……。
「ねえレイフ、『破壊の種子』のことよく知らないままで、本当にいいの?」
「……ちっ」
迷いと諦め。苛立ちと絶望。そしてたぶん、自己嫌悪。そんな複雑なレイフの表情の中に、マリンはまだ幼い頃の光があるように思えた。いや、思いたい。
「ダンジョンコアだけじゃなくて、人やら魔物にも取り憑くとか言ってたな? そんでバカみてえに強くしやがる……か」
反芻するように口にして、レイフはもう一度「ちっ」と舌打ちした。
「しょうがねえな。あとで行っておいてやるよ。クソが」
「クソは余計でしょクソは。本当、いい加減にしなさいよね!」
マリンは少しだけ安心して帰ったが、彼女は気づいていなかった。
レイフの返事の中にあったのは光ではなく、闇であったことに。
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※
次回、市場を訪れていたエリオットとクレアは、騒がしくも平和な日常を過ごしていました。しかし彼らの知らないところで、闇は進行していたのです。
『第29話 なんか嫌な予感』
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