第31話 二度と魔物の好きにはさせねえ
レイフとメリルは、すでに劣勢に陥っていた。
レイフはまだ両足で立っているが、メリルは片膝を付いてしまっている。
「メリルさん、下がって! わたしが前に出るから!」
クレアが駆け寄り、メリルの前に出る。
「くっ、貴様、こんな状況でなにを企んでいる……!? 貴様のような悪党に――」
「今はそんな偏見忘れてよ! ミュゼちゃんは!? 他の教会の人たちは無事なの!?」
ハッとしてメリルは、力なく首を振る。
「わからない。急だったんだ」
「じゃあ下がって! ここはわたしたちが止めるから。動けるようになったら、みんなを避難させて」
「く……、すまない」
メリルは今度は素直に引き下がった。
が、ひとり、寄生された神父の相手をしていたレイフは怒声を飛ばす。
「クソが! なんでもいいからとっとと手を貸しやがれ!」
すぐクレアはレイフの援護に入る。接近戦ではなく、まずナイフの投擲で様子を見るが、寄生神父は容易くそれを弾く。
神父の姿を保ったまま、異様な怪力、瞬発力を発揮している。だが管理ダンジョンで戦ったガーディアンほどではない。それでもレイフが苦戦していた理由は、すぐに知れた。
聖魔法による攻撃が飛んできて、クレアは回避に専念せざるを得ない。通常の攻撃と違って、武器で防ぐことはできないのだ。特にクレアの場合、属性が闇なので、光属性に近い聖属性を受ければ大きなダメージを負ってしまう。
どうやらレイフは光属性のお陰で、ダメージが幾分か軽減されていたようだが、それでも防御不能で回避困難な魔法攻撃に手を焼いているようだった。
そんな戦闘を、おれは今は見守ることしかできない。おれの身体能力では、それこそ足手まといにしかならない。かといって、魔力石も手元にない。多少到着が遅れても、市場で買ってくるべきだったか。
周囲を見渡しても使えそうな物はない……が、そこに援軍が駆けてくるのが見えた。
「げっ、あれ『破壊の種子』!?」
「寄生されてる!? くっ、オレたちじゃ足手まといにしかならないぞっ」
ライとチェルシーだ。騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのだろうが、手に負えない事態だと知って立ちすくんでしまう。
「ライ、チェルシー! 戦う以外にもやれることはある! 手を貸してくれ!」
おれが呼びかけると、すぐ駆け寄ってきてくれる。
「どうすりゃいい?」
「教会に逃げ遅れた人がいるんだ。メリルと一緒に避難させに行ってくれ」
「よ、よし、それならオレたちも役に立てるなっ」
「それとチェルシー、魔力石を持ってないかい。魔法使いなら、魔力切れに備えて――」
「うん、持ってる! 使って! 安物で出力も低いけど」
魔力石をふたつ受け取る。確かに安物で出力も低そうだが、この前使ったようなクズ魔力石よりは質がいい。
ライとチェルシーは、メリルに肩を貸して教会へ入っていく。
さあ、これでおれも役に立てる。
そう思ったおれに、レイフが再び怒号を飛ばす。
「おいクソザコてめえ、手ぇ抜いてんじゃねえ! この前みてえに動きが読めんじゃねえのか!? とっとと教えやがれ、役立たず!」
「……無理だ!」
「アァ!?」
実は先ほどから、それをしようと寄生神父の動きを観察していたのだが、破壊神やガーディアンの動きの中にべつの動きが混じっていてパターンを絞りきれないのだ。
「神父さんの動きが混じってて読みきれない! なんとか足止めしてくれ! そしたらおれが魔法でなんとかする!」
「んな余裕あるか、クソが! てめえ、後でタダじゃ済まさねえ! ――がっ」
レイフが魔法攻撃を回避した直後、踏み込んできた寄生神父の拳がレイフの
地面に転がりつつ受け身を取って立ち上がるレイフだが、手で腹を押さえて歯を食いしばる。膝が震え、やがて片膝をついてしまう。
「クソ、クソ……っ、てめえのせいだクソザコ……! てめえがクソザコだから……」
止めようとするクレアも一蹴され、ダウン。寄生神父はレイフに近づき――。
「そうはさせん!」
しかし、激しい衝撃に弾き返された。
見事な剣技だった。風の属性をまとった素早い一撃。それを放ったのは……。
「ゲイルさん……かよ……」
「遅くなってすまない。だがよく持ちこたえてくれた。ここは私が引き継ぐ!」
駆けつけたゲイルは、寄生神父にも劣らない力と速さでぶつかっていく。魔法攻撃の回避も上手く、的確に隙を突いて手傷を負わせていく。
だがちょっとした傷は、すぐ再生されてしまう。そして力と速さを増した反撃を受け、さしものゲイルも押されてしまう。
「ぬぅっ、これが『破壊の種子』の力……!? これほどとは……!」
神父はあくまで聖職者で、魔力や知力はあっても、筋力や敏捷性はかなり低い。一般人並のはずだ。それがSランク冒険者に匹敵するレベルに上がっているのだ。驚くのも無理はない。
むしろ倒れず、互角に戦えるだけゲイルは本物だ。
「ゲイルさん! 小手先の技じゃダメそうだ! 一撃で大ダメージを与えて、『破壊の種子』を排出させるしかない!」
「そのようだ。だが、神父はどうなってしまう?」
「……重傷を負って、たぶん死ぬ。高位の治療魔法やハイポーションでもあれば別だけれど」
治療魔法ならおれにも使えるが、『破壊の種子』へ封印魔法を優先して使わねばならない以上、神父への治療はわずかに遅れる。その間に神父は死んでしまうかもしれない。
「仕方ない犠牲なのか……?」
ゲイルが重い決断を下そうとした、そのとき。
「お待たせッス~! ポーションいっぱい仕入れてきたッスよぉ~!」
レベッカが荷車を引いて駆けつけてきた。
「レベッカ!? なんで来たの、危ないよ!」
「だからこそッスよ! 怪我人とかいるなら、ポーション要るッスよね! これは商機ッスし、みなさんのお役に立てると思ったんで、大急ぎで仕入れてきたッス!」
「そっか、ありがたい! ハイポーションはある?」
「はいッス! じゃんじゃん使ってください、お代は後で結構なんで!」
おれはゲイルと視線を交わらせる。
「ゲイルさん!」
「うむ、やるぞエリオットくん!」
ゲイルは瞬間的に踏み込み、怒涛の連撃を繰り出す。寄生神父は防御と回避で直撃を避け、ときおり反撃も繰り出す。ゲイルは反撃に歯を食いしばって耐え、途切れさせずに攻撃を続ける。寄生神父の動きを大きく制限し続ける。
その間におれは、魔力石を用いて詠唱を開始する。
そんなわずかな時間に、レイフが苦々しく口を開くのが見えた。
「クソ……結局オレは肝心なところで役立たずかよ……。クソザコに、ゲイル……くっ。オレにも……あんな力があれば――」
睨むように見つめるのは、寄生神父。いや『破壊の種子』。しかしレイフはすぐ首を横に振る。
「――クソ、なに考えてんだオレは。この街を、二度と魔物の好きにはさせねえってんだよ……!」
「――!」
そのセリフに、ふとおれの記憶が強く刺激された。
このホムディスの街で。街中で魔物が暴れる状況で。あの言葉。
おれがまだアレクサンダー・ソルブライトだったときに、確かに聞いた……。あれは、誰の言葉だったか……。誰との約束だったか……?
いや! 今は詠唱を完了させなければ。
集中が乱れて遅れた分、早口で詠唱を完了させる。
「ゲイルさん、離れて! セラフィック・ガイザー!」
前回より質の良い魔力石を使った分、威力を増した神聖攻撃魔法が発動する。光の奔流が、寄生神父を真下から突き上げるように湧き上がる。
だが、その瞬間、おれは自分のミスに気づいた。
光の奔流の中、寄生神父は前進し、魔法の効果範囲を抜け出したのだ。
防御魔法を展開して。
おそらく神父の習得していた聖属性の防御魔法だ。神聖魔法は、聖魔法の上位に当たるが、属性そのものは同じ聖属性。その防御魔法の前では、かなりの威力が削がれてしまう。
おれの詠唱を聞いてから、防御魔法の詠唱をしていたのだろう。『破壊の種子』は、前回の戦いを記憶しているに違いない。
くそ、レイフのセリフに集中を切らしてなかったら、途中で気づいてべつの魔法を選択できたかもしれないのに……。
「すまない、ゲイルさん! 防御された! 倒しきれない!」
「だがダメージはある! この隙、私がもらった!」
寄生神父は、防御したとて無傷ではなかった。かなりのダメージを負った肉体は、動きが鈍くなり、再生にも時間がかかる。
ゲイルは剣に魔力を集中しつつ、深く腰を下ろす。剣から風が巻き起こり、ゲイルの周囲を包んでいく。空気が圧縮されていく。
どうやらゲイルの剣は、使用者の属性を強化する機能があるようだ。
「見てくれよ、エリオットくん。この技は、君の構えから閃きを得て編み出したものだ――!」
溜めに溜めた圧縮空気が開放され、ゲイルの体を超高速で弾き出す。そしてゲイルの剣が寄生神父を一閃。そのあとで凄まじい突風が吹きすさぶ。
「――まだ未完成で、負担が大きいが、ね……」
ゲイルはその場に倒れてしまう。同時に、致命の一撃を受けた神父も倒れ込み、動きを止めた。
おれはすでに封印魔法の詠唱を始めていたが、しかし――。
しまった!
神父の体には、もう『破壊の種子』がついていなかった。ゲイルの技を食らう前に、離脱していたに違いない。
その行く先は――。
「うがぁああ! クソ、ちくしょォ――!」
「レイフ!?」
封印魔法は間に合わず、『破壊の種子』はレイフに寄生していた。
それは、まるで初めから彼を狙っていたかのような素早い動きだったのだ。
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※
次回、『破壊の種子』に寄生されたレイフは、異様な変貌を遂げます。神父とは違い、本格的に寄生されてしまったようです。戦力的に不利になっていく中、エリオットたちはある作戦を立てるのです。
『第32話 これが本来の人間への寄生』
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また、本作は第7回ドラゴンノベルス小説コンテストに参加中です。ぜひ応援をよろしくお願いいたします!
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