第16話 正義の味方に憧れて

「わたし、こういう空気、あんまり得意じゃなくて。エリオットくんは平気だよね? 楽しんできなよ。わたしは先に宿に帰ってるから」


 なにか遠慮を感じる。


 クレアが人見知りなのは知ってる。賑やかな場で、ひとりで浮いてしまうのも分かる。でも、おれひとりで楽しむなんて無理だ。


「おれも疲れちゃったから、みんなには悪いけどもう帰るよ」


「嘘つき。さっきハイポーション飲んだでしょ」


「賑やかすぎて気疲れしてるんだ。良かったら、どこか静かなところに一緒にいかない?」


「……ダメだよ。わたしなんかと一緒だと、エリオットくんまで変な目で見られちゃう」


 やっぱりそれが本音か。そんなことを気にして、離れようとしていたのか。


「そんなの気にしない。クレアには世話になってるし、昨日から数えて3回は助けられてる。そんなクレアもなしに祝われたって嬉しくないんだ」


「わたし、大したことしてない……」


「してくれたよ。レイフから庇ってくれたでしょ」


「結局、エリオットくんが勝負することになっちゃったけど」


「でもおれは嬉しかった。自分より強い相手に、本当は怖いだろうに、おれのために前に出てきてくれた……。きっとクレアなら他の人のためでもそうしたんじゃないかな。そういう優しくて、正しい心を持ってる人のことは、好きだ。他人になんと言われようともね」


「……好、き?」


 クレアはにわかに頬を赤らめた。


 おれも、勢いで出た言葉の意味に気づいて、顔が熱くなる。


「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」


「く、くくく……っ」


 いや、なんでその反応で邪悪な笑みが出てくんだ……。甘酸っぱい雰囲気が台無しだよ。


「わ、わかってるよぅ、くくくっ」


 そう言いながらクレアは手元をもじもじさせる。


 あ、これ照れ隠しで笑ってるのか。


 可愛らしく「あ、あははっ」とか「えへへっ」とかだったら、違和感がない。


 ちょっと想像してみる。


『あ、あはは……っ。わ、わかってるよぅ、えへへっ』


 おお、満更でもない様子で照れ隠しに笑ってる様子がイメージできたぞ。めちゃくちゃ可愛いじゃないか!


 まあ現実は、目つきが悪い分、すこぶる不気味になってしまっているのだが……。


「でも……うん、わかった。エリオットくんがそこまで言ってくれるなら、付き合ってもらっちゃおうかな」


「うん、行こう。ふたりだけで、打ち上げだ」


 おれはみんなに軽く挨拶してから、ギルドを出た。


 それから客の入りの少なく、静かな店を見つけて、その奥の席を選んで座った。


 楽しい談笑になった。おれはスライムを初撃破した感動や、不可能だと思われることへの挑戦の楽しさを語って聞かせた。


 クレアのほうも、自然と口数が多くなっていった。出会ってからもう1ヶ月近く。それを同宿で過ごしてきたのだ。人見知りの彼女も、おれには気を許してくれているのだろう。


 それに加えて、お酒が入ったのもあるのかもしれない。クレアは少しばかり顔を赤らめながら、愚痴をこぼし始めた。


「うぅう……また小さい子に嫌われちゃったよぉ、泣かせちゃったよぉ……っ」


「あー、ミュゼのこと?」


 人さらいのアジトでクレアと遭遇したとき、ミュゼは恐怖で泣き出してしまっていた。その後、おれが友達だと説明したあとも、怖がってクレアとは一言も口を利かなかった。


「慣れてるって言ってたけど……よくあるんだ」


「うん……。わたし……これでも頑張ってるんだよ。困った人を助けたり、悪い人やっつけたり。小さい頃から、正義の味方に憧れてて……」


「……うん?」


 正義の味方……だと?


 その黒装束で、全身にナイフを装備した姿で? どちらかというと悪の秘密結社の女幹部にいそうな雰囲気だけど。


「小さい頃にね、悪い人にさらわれたとき助けてくれた人がいるの。今でもはっきり覚えてる。おとぎ話に出てくる正義の英雄みたいだった……。わたしも、あんなふうになりたいって思って頑張ってきたつもりなんだけど……」


 小さくため息をつく。


「なんでかなぁ、みんなに避けられるの。べつに感謝して欲しくてやってるわけじゃないけど、助けた子に泣かれたり、怖がられるのは……慣れてても嫌だよ……」


 同情するが、原因がはっきりしているせいで、慰めていいのかツッコミを入れたらいいのか分からない。


 いやここは、念のため探りを入れてみよう。


「昔助けてくれたって人も、黒装束だったの?」


「うぅん、ゲイルさんみたいなベテラン冒険者っぽい格好だったよ」


 そこは違うんかい! とツッコミが出かかる。


「なんでその憧れの人の格好は真似なかったの?」


「だって憧れたのは見た目じゃなかったから。それに、正義の味方は負けちゃいけないんだよ。だから少しでも強くなるために、わたしの属性に合った装備や戦法を身に着けてきたの」


「…………そっか」


 クレアの属性は、闇だったっけ。珍しい属性だが、そうか、それでこんなことに……。


 おれのため息じみた相槌に、クレアはハッとなにかに気づいたようだった。


「もしかして……実は、薄々そうじゃないかって、思ってたんだけど――」


 言いながら自分の服装を見遣る。


「――まさか、この格好の、せい?」


「そうだよ、その通りだよ! イメチェン! イメチェンしよう! 装備新調しに行こう!」


 溜めに溜めたツッコミが飛び出て、おれたちは翌日、一緒に買い物に行くことになった。




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次回、買い物をする前に、エリオットはクレアのイメチェンによって生じるデメリットも提示し、それでも良いかと改めて問うのでした。。

『第17話 弱くなるよ』

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