第17話 弱くなるよ

 翌日、おれとクレアは市場のほうへ出発したのだが……。


「……今日は普通の格好で出るんだ」


 クレアは宿でくつろいでいるときに見せる、普通のシャツにパンツのスタイル。メガネもかけていて、穏やかそうな目つきに落ち着いている。クレア本来の表情といった雰囲気だ。


「あ、うん。今日はお仕事じゃないから。でもせっかくお出かけするのに、こんなだらしない格好でごめんね。わたし、あんまり服持ってなくて……」


「いや……いいんだけど」


 その格好でいいじゃん! 普通に可愛いんだからさ!


 とか言いたくなるが、仕事に向かないのは事実だ。服には一切の防御力も、属性一致による増強バフ効果もない。メガネは戦闘時には割れてしまうかもしれない。


 市場の入口に到着。買い物をする前に、一旦方針確認をする。


「まずクレア、君が怖がられたり、悪人と誤解されるのには5つ原因がある」


「そ、そんなにっ? 見た目だけじゃなかったの?」


 他人から見れば割と明らかなのだが、本人だけ自覚できてないことはよくあることだ。


「まずひとつ目は属性。闇属性への偏見だ。これ自体は変えようがないし、知られてなければ問題ないことだから今は考えない」


 とはいえ、この前会った聖戦士のメリルなんかは偏見が強いようで、一度知られたら厄介な相手もいる。そういった相手には、他の点を改善した上で認識を改めてもらうしかないだろう。大変だが。


「ふたつ目は、戦い方だ。闇や影を味方につけ、敵の背後を取ったり、不意打ちしたりするのは闇属性の恩恵もあって君にすごく合ってる。正しい戦い方だ。でも、それを見ていた側……ミュゼみたいに助けられた側からすると、正直かなり怖いものだよ。自分も悪人みたいに殺されちゃうんじゃないかって……」


 想像してみて欲しい。突然、悪人が倒れたと思ったら、より怖い見た目の者が闇から現れて自分に向かってくるのだ。だいぶホラーだ。


「そんな……わたし、人を殺したりなんてしないのに……。そもそも悪人はもう人じゃないし……」


「いやちょっと待って。マジで殺っちゃってんの?」


「くくくっ、ジョークだよ。ジョーク、くくくっ。そんなことするわけないよ~」


 また出たよ、クレアのセンスの悪いジョークに、邪悪な笑い声。


「3つ目と4つ目はそれね。ジョークと笑い声。なんでわざわざ聞いてる人が怖がるようなジョーク言うかなぁ」


「えっ、あれ? 面白くない、かな? いつも助けた人が怖がるから、和ませられたらいいなって、頑張ってジョーク言えるようにしたんだけど……」


「和まないよ。震え上がるよ」


「そうだったんだ……」


「あと……前から気になってたけど、その笑い方は癖なのかな? 『くくくっ』ってなにか企んでる悪人っぽい笑い声になってて、他の悪印象を補強しちゃってるんだけど……」


「そ、そうなの……っ? わ、わたし、小さい頃、お母さんから口を開けて笑うのははしたないからやめなさいって言われてて……。どうしても笑うときは声を抑えなさいって……」


 お育ちが良いかよっ!


「いやその教育方針は大変結構だけど、なんで『くくくっ』になっちゃったのさ。『うふふ』とかなら可愛かっただろうに」


 しかもセンスの悪いジョークに、悪い意味でマッチしてしまっている。


「……なんでだろう?」


「まあ癖ならしょうがないとして……。で、これらの要素はひとつひとつなら、まだ許容できたかもしれないんだけど、5つ目の原因が第一印象をかなり悪くしていて、相乗効果を引き起こしてしまっているんだ」


「……見た目のこと、だよね」


「うん。正直、今みたいな普段着のメガネ姿なら優しそうな美人のおねーさんって感じなんだけど、いつもの装備をつけるとね……。メガネも外してるから、目つき悪くなるし」


「でもメガネつけてたら、いつ戦いで割れちゃうかわかんないし……。知らないかもしれないけど、メガネって高いんだよ。すっごく高いんだよ」


「分かってるよ。そこも考慮して一緒に考えよう。でも、その前に確認しておきたいことがあるんだ」


「うん、なに?」


「弱くなるよ。それでもいい?」


 本人の属性に一致する装備を身につければ、能力値が増強バフされる。これは冒険者には常識だ。だからみんな、できるだけ自分の属性に一致した装備を身につける。クレアもその例に漏れない。


 だが闇属性を持つ装備は、黒かったり、怪しかったりと、身につければ悪人みたく見えてしまうものばかりなのだ。


 見た目を改善するならば、必然的に、闇属性装備は身に着けられない。着けられたとしても、ベルトやアクセサリーといった増強バフ効果の低い物だろう。


 どちらにせよ、弱体化は免れない。


 クレアはおれの言いたい意味をすぐ理解してくれた。


 その上で「うん、いいよ」と頷いた。


「実はね、昨日エリオットくんに言われて考えたんだ。少し前ならもっと悩んでたかもだけど、エリオットくんのお陰で、あっさり結論が出ちゃった」


「おれのお陰?」


「エリオットくんが初めてギルドに来た日、ゲイルさんに冒険者に向いてないって言われたでしょ。でもエリオットくんは、困難も承知の上で冒険者をやるって……やりたい理由があるからって譲らなかった……」


 クレアは柔らかに微笑む。


「わたしがやりたいのは、怖い冒険者じゃない。みんなの笑顔を守れる正義の味方。だから……属性に邪魔されても、それで弱くなっても、承知の上でやってみたい。エリオットくんを見習って、ね」


 おれも思わず頬がほころぶ。


 いいじゃないか。目指すもののために、あえて困難に挑む。


 おれに見習ったというのは少しくすぐったいけれど、その想いにはとても共感できる。


 こういう気持ちを、仲間意識というのだろうか。最強時代には感じたことがなかった。


 新たな喜びに、胸がいっぱいになる。


「うん。それならいいんだ。行こう、きっといい装備が見つかるよ」


 確認も取れたので、おれたちは一緒に市場へ入った。クレアの前途明るい未来への第一歩になる。そう信じて。


 しかし信じたものは裏切られることはよくある。


「ねえエリオットくん! これどうかな? 正義の味方っぽいよね、赤いスカーフって!」


「ひえっ、血!?」


 クレアが試着して見せてくれたのは、白い生地に返り血がついたようなスカーフだった。


「血じゃないよ、オシャレ模様だよ~」


「いやオシャレじゃないよ却下だよ。それやたら安いし、染めるの失敗したやつでしょ。なんでわざわざ見た人が怖がるようなものを……」


 といった具合に、クレアは変なセンスを発揮して、闇属性でもないのに身に着けたら周囲を怖がらせるような装備を見つけてきたりするのだ。


 いちいちツッコミきれないので、結局はおれが主導権を握って装備を集めることになり……。


「……これでよし」


「おおー」


 これまでの印象を払拭する意味も込めて、白を基調とした装備でまとめた。クレアは全身にナイフを装備するスタイルだったが、たくさんの武器をあからさまに見せているのも悪印象になりそうなので、マントを着けて隠せるようにもしてある。


 さらに特筆すべきは、腰に着けたケース。防具並の硬さを誇るこのケースは、中身を保護するクッションも入っており、メガネをしまうのにぴったりだ。緊急時にすぐメガネをしまうことができる上、戦闘でメガネが壊れることもない。


「すごい。正義の味方っぽい。それにこれなら、お仕事中もメガネかけてて良さそう」


 闇とは反対属性の、光属性装備も混じっているので若干の能力減衰デバフも発生しているが、承知の上でクレアは気に入ってくれたようだ。


「良かった。能力が弱くなった分、感覚がずれると思うから、一度簡単な魔物退治とかで慣らすのがいいと思うよ」


「うん、そうしてみる」


「あのぉ~……」


 とかやっていると、そこにひとりの女の子が近寄ってきた。


「おデート中に申し訳ないんスけど~……そこの男の子、アタシのこと覚えてたりしませんスか?」


 見覚えがある。確か、おれが新生したその日に市場で……。


「パワーポーションと間違えて、アドバンスポーションを仕入れちゃってた商人の女の子?」


「そうっス! それアタシッス! あのときは本当に助かったッスよ~! 本当にありがとうございましたッス! ずっと探してたんスよー!」


「わざわざお礼を言うために探してたの? 気にしなくていいのに」


「いいえ、それだけじゃないッス!」


 すると女の子は、ガバァ、とその場に膝をついて頭を下げてきた。


「どうかお力を貸してくださいッス~!」


 あまりのことに、おれとクレアは顔を見合わるのだった。




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次回、商人の女の子レベッカから商売の相談を受けるエリオット。そこにレベッカの元雇い主が、商人など向いてないから辞めろと言ってきます。対し、夢を諦めないレベッカの言葉はエリオットの共感を誘うのでした。

『第18話 向いてないからって、他人にやめろなんて言われたくない』は、本日11:03に公開予定です!


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