第15話 お前は本当に、つまんないやつだな

「エリオットくん、これ! 早くこれ飲んで!」


 クレアはレイフが用意していたハイポーションを拾ってきて、おれに差し出してくる。


 おれは全身の痛みをこらえながら服用する。瓶を持つのも痛いくらいで、おそらく骨は何本も折れているし、出血も多くて意識が飛びかかっていたくらいだった。しかし、高級品のハイポーションの効果は絶大。一気に全快した。戦う前よりも調子がいいくらいに。


 その間に、レイフは我を取り戻していた。


「ふっざけんなァアア! てめえ、今ので勝ったつもりかコラァ!」


 刀身を失った剣の柄を投げつけてくる。そこに割って入ったゲイルが、キャッチしてくれた。


「いいや。君の負けだ、レイフくん」


「アァ!? 冗談じゃねえ! たまたま刀身が外れちまっただけで、オレは圧倒的だったじゃねえか!」


「たまたまだと? あれは慢心からくる必然だ。武器の整備も疎かにしてたとはな……」


「だからたまたまなんだよ! たまたま手入れをサボっちまったときに……!」


「実戦で、魔物にそんな言い訳がきくと思うのか」


「きかねえなら素手でやるだけだ! オレは素手でもこんなクソザコ、ボコれるぜ!」


「バカなこと言うな。実戦なら素手で戦う以前に死んでいる。エリオットくんは、君の首を刺すこともできたのだぞ!」


「でもやってねえじゃねえか! まだ勝負は終わってねえ!」


 みっともなく食い下がるレイフだったが、喚けば喚くほどに周囲から白い目で見られていく。彼とつるんでいた冒険者たちさえ、ため息をつき始める。


「負けるのもあり得ねえけど、あの言い訳はマジでねえわ……」


「おい、もうあいつとつるむのやめようぜ。同類にされたくねえよ」


 一方、ライやチェルシーたち他の冒険者たちは、おれのほうへ駆け寄ってきた。


「やったな! 偶然とはいえ、それを見逃さない判断力、大したもんだよ!」


「最後まで立ってた根性もだよ。よく頑張ったね、エリオットくん!」


「こりゃあ予想外の大物食いだ」


「思いついたぜ、5Gのエリオット、度胸GUTSのGの次は大物食いGIANT KILLERのGだ!」


「――ふっざけんなてめぇらァ!」


 それらが聞こえていたレイフは、顔を真っ赤にして激昂した。


「負けてねえっつってんだろ! んなやつ、秒でぶっ殺してやる!」


 そのまま一足飛びに襲いかかってくるが、ゲイルが見逃すわけがない。


 すかさずレイフの行く手を阻み、一瞬で組み伏せた。


「うがぁあ! 離せっ、離しやがれェエ!」


「頭を冷やせ! これ以上続けるなら、この私が相手になるぞ!」


「なんでだよ、関係ねえだろあんたにはよォ!」


「いい加減にしろ! 現実を受け入れられんようでは、冒険者はやっていけんぞ! いずれ実力を見誤って死ぬことになる!」


「うるせえ、見誤ってんのはてめえらだろうが!」


 おれはため息をついてしまう。


 黙って引き下がるとは思ってはいなかったが、ここまで拗れてしまうとは……。


 呆れつつ、おれは声をかけてやる。


「とにかく、ここにいたみんながおれの勝ちを認めてくれたんだ。約束は守ってもらうよ。それがレイフさん、君のためだ」


「なにがオレのためだクソが!」


「約束も守れない人間は、契約を守れない人間ということだ。依頼を受けて仕事をする冒険者として、信用を失うことは致命的だよ」


「負けてねえんだから果たす必要はねえだろうが!」


 ダメだ。話が通じない。


 初対面の印象も最低だったが、それを下回るなんて思わなかった。


 苦労もせず強くなりたいなんて、積み重ねる楽しさを否定するようなこと言うし。


 自分に冒険に出ず、そこにあるワクワクや達成感も得ずに、人の報酬を奪おうとするし。


 最も基本的な武具の手入れさえ疎かにして、戦いを挑んできたし。


 それで負けても、反省せず、次に活かそうという気概がないし。


 こいつはいつも、過程をすっ飛ばして、美味しい結果だけを得ようとしている。


 その過程にこそ大切なことが詰まっているというのに。


「――お前は本当に、つまんないやつだな」


 思わず本音が出て、睨みつけてしまった。


 最弱の少年エリオットとしてではなく、かつての最強のおれとしての言葉だった。


「――!?」


「――ひっ?」


 それは相対していたレイフと、捕らえていたゲイルだけが気づいたようだった。


 レイフは驚きとともに一瞬、恐怖を見せた。しかしそれを認めたくないのか、さらに大声を出して暴れ出す。


「うるせえうるせえうるせえ!」


 火事場の馬鹿力じみた勢いでゲイルの拘束から逃れ、レイフは握った拳をおれに振り上げる。


 が、音もなくその背後に接近した黒い影が、レイフを捉えていた。


「――がっ?」


 その影はクレアだった。瞬間的にレイフの首を絞め落とす。上位ランクといえど取り乱している相手なら、容易く背後を取って一瞬で無力化だ。さすが闇属性。不意打ち闇討ちが得意なだけはある。


 クレアが手を離すと、レイフはその場に崩れ落ちる。


「うわ……怖……」


「あれ、絶対何人か殺ってるよね……」


 おれがレイフに勝ったときとは違い、怯えるようなひそひそ声が周囲から聞こえてくる。


 クレアはそのままおれの近くへは戻ってこず、寂しそうに隅っこのほうへ行ってしまう。


 場の空気を変えるように、ゲイルが咳払いして、レイフを担ぎ上げた。


「私は彼を宿にでも放り込んでこよう。その間にみんなはエリオットくんを祝ってやってくれ。見事な勝利だった。止めようと慌てて来たが、その必要もないほどだった」


「奢りっすか、ゲイルさん?」


「いいとも。今日の飲み代はすべて私が出すぞ!」


「さすがSランク太っ腹!」


「どっかのBランクとは器が違うぜ!」


 再び歓声が沸き起こり、おれはその祝福の波に飲まれていく。


 だがおれは、素直にそれを受ける気にはなれなかった。


 気まずそうにしているクレアの姿が気がかりだったのだ。


「クレア、待ってくれ」


 やがて音もなくギルドを去ろうとするクレアを、おれは引き止めた。




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次回、ギルドを抜け出てクレアとふたりで打ち上げをするエリオットは、クレアが人を怖がらせてしまうことに悩んでいることを知ることになるのです。

『第16話 正義の味方に憧れて』

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