第7話 楽に強くなろうなんて、つまんないやつだなぁ
訓練所に入ってさっそく、おれとゲイルは向かい合った。
「ではエリオットくん、さっそくだが、その木剣を構えてみてくれないか。それで君の実力はだいたい分かる」
「いいですよ。ま、構えなくても最弱なのは自明の理でしょうけど」
「違いねえ。こいつよりオレのほうが見どころがあると思うっすよ!」
レイフもおれの横にいたりする。ゲイルは軽く相槌を打つだけで、ろくに相手にしない。
「いいから、まずはやってみたまえ」
「じゃあ……」
おれは訓練所備え付けの木剣を手に取り、両手で構えてみせる。
ゲイルは微笑みとともにその動作を眺めていたが、構えが完成したその時、目の色が変わった。
切迫したように顔を強張らせ、素早く半歩下がり、腰の剣に手をかける。
なるほど、Sランク。隙のない良い構えだ。どこにも打ち込めそうにない。
だが別の構えからの一撃なら、崩せるかも?
おれは無意識的に構えを変えていた。防御を捨て、より早く、より鋭く切り込むための構えだ。
ゲイルは息を飲み、重心を後ろに下げた。回避、即反撃の構え。良い判断だ。
汗の滲む緊張感。
だが、この痺れるような好ましい空気は長くは続かない。
おれの腕が限界を迎え、ぷるぷると震えてきた。
「ふあっ、だめだぁ~……」
構えが続けられず、腕がぶらんと下がってしまう。握力も維持できず、木剣を落としてしまった。
以前は重さなんてほとんど感じなかった木剣なのに、今は重くて仕方がない……。
「おいおい、構えも維持できねーのかよ! ひゃははっ、さすが5Gは違うなオイ! ゲイルさんから教えを受けるなんざ10年早えんだよ、基礎体力をつけてから出直して来やがれ!」
おれは苦笑いしつつ、肩をすくめてみせる。
「レイフさんの言う通りだ。今のおれは10秒も構えていられない。おれにはまず基礎トレーニングが必要みたいだ。ですよね、ゲイルさん?」
「あ、ああ……」
ゲイルは遅れて構えを解いた。なぜか、冷や汗をかいてしまっている。
「10秒……? たった10秒だったのか……?」
「ええ、そんなもんでしたよ」
「レイフくん、君はもっと長く感じなかったか。彼の構えを見て」
「……? いや全然。へっぽこで、一発で倒せそうとは思ったっすけどね」
あっけらかんと答えるレイフから目を逸らし、ゲイルは改めてこちらに向き直った。
「エリオットくん、君の今の構えは、どこかで習ったものかい? あるいはどこかの流派の教本でも読んだとか……?」
「いや、しっかりと学んだものではないです。体に任せたら、自然に構えた感じで」
「まさか……。そんなことが、あり得るのか……」
「こんな適当な構えも維持できないんじゃ話にならない。おれ、まともに体を鍛えたことないんです。どんなトレーニングをしたらいいか教えてくれませんか」
「あ、ああ……。それなら木剣の素振りから始めるといい。走り込みも必要だな。体を傷めないようトレーニングの前後にストレッチもするといい」
「素振りに、走り込み……! なるほど、確かに握力や体力が鍛えられそうだ! そっか、みんながしてたのはそういう意味があったのか。ありがとう、ゲイルさん! さっそく初めてみます」
おれはひとり、木剣を拾い直して素振りを開始する。
すぐ汗が吹き出してきて、腕に、足腰に疲労が溜まっていく。
うーん、この痛みにも似た疲労感、たまらない! 鍛えてるって感じがする!
でも連続で何回もできないので、2、3回振ったら休んで、また2、3回振るというペースでやっていく。でないと腕がもぎれてしまいそうだ。
ゲイルはしばらく見守ってくれていたが、すぐレイフに絡まれていた。
「あんなへっぽこより、オレの構えはどうでした? 結構、いいセンいってると思うんすけどねェ~」
「すまない、よく見ていなかった」
「え~。まあいいっすけどね。それよりなんか強くなる秘訣とかあるんすか? Sランクのゲイルさんなら、楽に強くなれる方法とか知ってたりしないんすか?」
「そんな方法あるわけなかろう」
軽くあしらわれるレイフを横目に、おれもため息をつく。
なんでそんなこと考えるんだろう。
苦労もなく強くなったって、なんの楽しみもなく、ただ虚しいだけだと言うのに。
むしろ少しずつ達成感を積み重ねるほうが絶対面白いのに。
まったく。楽に強くなろうなんて、つまんないやつだなぁ……。
……なお。
肝心の仕事探しをすっかり忘れていたことには、宿に帰ってから気づいたのだった。
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※
次回、その晩、ギルドではエリオットの話題で持ちきりでした。エリオットの不思議な評判にレイフは苛立ち、一方のゲイルは大きな期待をエリオットに抱くのです。
『第8話 番外編① 苛立つ者と期待する者』
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