第8話 番外編① 苛立つ者と期待する者
その晩、冒険者ギルド併設の食堂では、新人エリオットの話題で盛り上がっていた。
「いやマジGはレアだって! あんな貧弱見たことねえよ」
「冒険者には向いてねえよ。かわいそうだが、すぐ死んじまうだろうなぁ」
「オレもそう思う。いつ死ぬか賭けてみるか?」
そんな声を聞きながら、レイフは苛立ちを慰めていた。
――気に入らねえ。
レイフはエリオットをひと目見たときから、どうにも気に入らなかった。
クソザコのガキのくせに、一切怯まず堂々とギルドに入ってきた。能力値をバカにされても、悔しがるどころか余裕の笑みを浮かべていた。なにより、この自分を目の前にしても、まったく恭順の意を示さなかった。こちらのほうが圧倒的に強いというのに!
なにが『強さと偉さは関係ない』だ。強けりゃ偉いに決まってるだろうが!
さらに気に入らないのは、やつに立場を分からせてやろうとしてたときに、ゲイルに割り込まれてしまったことだ。
Sランクの前では、さすがに大人しくするしかなかった。目の前に、立場をわきまえないクソザコのガキがいるというのに!
それに、あのゲイルは、こともあろうにあの最弱のエリオットを目にかけていた。この街一番の、このレイフ様を差し置いて!
せっかくSランクの顔を立てて媚びてやってたってのに、なんなんだあの態度は!
レイフはグラスの酒を一気に飲み干した。
「……クソが」
そんな呟きは、喧騒にかき消される。
「でもさあ、他の仕事なら大成すると思うんだよなぁ。だって知力はSだろ? 知識が凄えのか、頭の回転が早えのか、どっちかは知らねーけど、どっちにしても凄えよ」
「そういや俺、市場であいつ見たことあるんだよ。露店でさ、パワーポーションとアドバンスポーション、一瞬で見分けてたんだよ。ラベルでも貼ってなきゃ、俺は見分けらんねーのに」
「鑑定師とかになったら大活躍したりしてな。ダンジョンで拾える物にはよくわかんねー物も多いし、目の利く鑑定師なら大儲けできるだろうぜ」
「いやいや、オレはやっぱり助言屋とかがいいと思うね。オレが話したちょっとした情報で魔物を特定して倒し方まで教えてくれたんだ。あれ、商売にしてくれたら、オレ常連になっちゃうよ」
だんだんとエリオットを持ち上げる方向になっていき、聞いているレイフは酒を飲むペースが早くなっていく。
「でもさぁ、向いてなくてもやりたいからやるって啖呵切ってたのは、ちょっとオレ、感動しちゃったよ。なんていうか、オレも憧れで冒険者になったクチだから……」
「それ、分かる。あたしも、冒険者なりたての頃を思い出した」
「あのレイフさんにも、Sランクのゲイルさんにも一歩も引かずに、ああ言い切れるのは、ちょっと凄いよな。度胸があるっていうか」
「5Gのエリオット……。Gのひとつは
「いやいや。じゃあ他の4つはなんだよ!?」
「でもあの度胸が買われて、ゲイルさんに目をかけられたんじゃない?」
エリオットの話題で、楽しげな笑いが起きつつある。
なんであんなやつを……ッ!
レイフは「チッ」と強めに舌打ちをして立ち上がった。談笑している連中を睨みつつ、近づいていく。
「わっ、レイフさん!?」
そのテーブルを蹴り上げてやろうとしたが、咄嗟に止めた。ゲイルが食堂へ入ってきたのだ。暴れるわけにはいかない。
今度は小さく舌打ちをして、テーブルを離れる。外へ出るべく、ゲイルのすぐそばを通り過ぎようとする。
「レイフくんか。君はもう帰るのか」
「ちょいと飲み過ぎちまいまして」
愛想笑いだけして、そのままレイフは表に出た。酔った勢いで娼館へ行き、苛立ちを乱暴に女に叩きつけるのだった。
◇
一方、レイフと入れ替わりで入ってきたゲイルは上機嫌だった。
残業を終えて飲みに参加してきた受付嬢も交えて、楽しく談笑している。
しばらくは、この街出身のSランク冒険者であるゲイルのこれまでの活躍が話題になっていたが、やがて受付嬢が思い出したように尋ねた。
「そういえばエリオットくんは、どうでした? あの能力値じゃ、やっぱり冒険者に向いてなかったですよね?」
「いや。正直、私も最初は気持ちだけの少年かと思っていたのだが、彼には光るものがあるよ」
実のところは、そんな生易しいものではない。
訓練所でエリオットに木剣を構えさせたとき、ゲイルはただそれを見てやるだけのつもりだったのだ。
なのに、咄嗟に自分も構えを取ってしまった。長年の勘が――冒険者としての本能が、無防備でいてはいけないと警鐘を鳴らしたのだ。
そしてエリオットの力が尽きるまでの、わずか10秒未満の向かい合い……。ゲイルには、10分――いや1時間にも思えたのだ。
そんな凄みのある構えを、体に任せて自然に取ったのだと言うのだから恐ろしい。
「彼には凄まじい才能があるに違いない。今は体力がないが……その才能に肉体が追いついたとき、私にも及ばない大物になるに違いない……!」
その発言に、聞いていた全員が目を丸くする。
「Sランクのゲイルさんに、そこまで言わせるなんて……っ!」
「そう言われてみると、あいつの立ち居振る舞いは、なんか大物っぽかった気がする!」
ゲイルは酒を口に含み、その手に持ったグラスを眺める。
ふと思い出す。エリオットがレイフに暴行を受けていた際、彼は割れたグラスを手にしていた。偶然手に取ったものだと思っていたが、もしかすると彼はレイフに反撃する武器を得るために、わざとグラスが割れるよう立ち回ったのでは?
もしあそこで止めていなければ、どうなっていただろう? 彼ほどの才能なら、能力で大きく勝るレイフに一矢報いて――いや、撃退さえしていた可能性さえある。
「育ててみせる。私が、一流に……!」
久しく見ない才能の原石に、ゲイルの心は躍っていた。初めて冒険に出た少年の日のように、ドキドキと胸が高鳴っている。
だからこそ翌日、エリオットがギルドに現れるのを楽しみに待っていたのだ。
本当に、本当に楽しみだったのだ。特に約束はしていなかったが、今日も鍛えてやろうと思っていたのだ。
「……? 来ないな?」
そこに受付嬢が、一言。
「そういえばエリオットくん、同じ宿の方が言うには全身筋肉痛で安静にしてるそうですよ」
ゲイルは思わず、ずっこけそうになった。
たったあれだけの運動で、動けないほどの筋肉痛?
貧弱過ぎる。才能があると思ったのは、やっぱり気のせいだったのかも……?
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※
次回、同宿のクレアと親交を深めつつ、日々の生活で少しずつ鍛えられていくエリオット。いよいよ運動の翌日でも動けるようなったある日、彼はある宣言をするのです。
『第9話 今日からのおれは一味違うよ!』
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