第6話 強さと偉さは関係ない
「べつに舐めてるわけじゃないよ、レイフさん」
冒険者のランクは、Sを最上として、A、B……と続き、Gが最低となる。目の前のレイフとかいう男は、Bランクなので冒険者としてはかなり上位だ。
「実際、おれとBランクのあなたとは、大きな力の差があるだろう。けど、わざわざそれを言って、なにがしたいのか、おれにはわからないんだ」
「てめえ実はバカか!? 冒険者はな、力が物を言うんだよ! 強いやつがすげえんだよ! その一番強えオレがてめえは邪魔だって言ってんだ! 黙って消えりゃいいんだよ、クソザコ野郎!」
「……なるほど。この街の冒険者として一番強い自分が一番偉いから、弱くて邪魔になりそうなおれが気に入らない、と?」
「だからそうだっつってんだろ!」
「レイフさん、ふたつ思い違いをしているよ」
「アァン?」
「まず、ひとつ。強さと偉さは関係ない。どんなに強さに差があろうと、他人に指図できる権利はない」
「てめえ、誰に向かって言ってんのか分かってんのか?」
レイフは低い声で脅すような顔をするが、知ったことかとばかりに無視して話を続ける。
「ふたつ。おれは弱いが、小さな仕事をコツコツこなして、少しずつ鍛えていくつもりだ。Bランクの仕事とかぶるわけもないから、あなたの邪魔になるわけがな――うぐっ」
言葉の途中でレイフの右拳が、おれの腹にめり込んでいた。
がくり、と膝をつく。苦痛で立っていられない。苦しくてろくに息もできない。
「鍛えるっつーんならオレが鍛えてやるよ! てめえ、これでもまだ冒険者やれるってのか、アァ!? 弱えやつがどうなるか教えてやるよ!」
レイフの足が動いたかと思った瞬間、今度は頭部に衝撃。顔面が床に激しく叩きつけられる。
だが意識は失っていない。絶妙な力加減は流石Bランクといったところか。気絶させずに苦しめようという魂胆らしい。
そのまま何度も暴行を加えてくるが、レイフを止めようとする者はいない。
というよりも、止められない。この街の冒険者のほとんどは、DやEランクだろう。中にはCランクもいるかもしれないが、Bランクには敵わない。止めようとしても止められる力がないのだ。
そしておそらく、レイフはこれまでにそれを周囲に思い知らせてきている。こういった暴行も初めてではないだろう。
その場の誰もが、おれに同情の目を向けつつも、手を出せずに悔しそうな顔をする。
味方はなし。つまり、おれひとりでこの窮地を切り抜けなければならない。
おれは、さり気ない動作でレイフの蹴りを誘発させた。直撃を受け、狙い通りに食堂のテーブルに激突する。その衝撃で皿やグラスが床に落ちて割れる。
その割れて刃物のように鋭利になったグラスを、気付かれぬよう拾って隠す。
レイフはさらに蹴りで追撃しようとするだろう。その瞬間に割れたグラスを突き出し、カウンターを決めてやるのだ。
「冒険者の厳しさが分かったかオラァ!」
予想通り、レイフは踏み込んでくる。が、カウンターは不発に終わった。
「待て!」
と、おれたちの間に割り込んできた者がいたのだ。
「なんだてめえ!?」
レイフは威勢よく食ってかかるが、その人物はいささかも動じない。
「ゲイル・マッキーニという。少しは名の知れた冒険者だと思うが」
「ゲイルだぁ……ア!?」
レイフの表情から一気に余裕が消え、顔が青ざめていく。
「あのSランクの、ゲイル・マッキーニさんっすか!?」
「そうだ」
「す、すんません。失礼しましたッ!」
ゲイルはレイフのことは放って、おれのほうに寄ってきた。
「やはり君か。私のことは覚えているかい?」
覚えている。この間、アイテムを鑑定してもらっていたベテラン風の冒険者だ。
「あのときは、どうも」
おれは後ろ手で割れたグラスを床に戻しつつ答えた。
「君のお陰で貴重なアイテムを捨てずに済んだ。かなりいい稼ぎになったよ、ありがとう。さあ、これを使うといい。この程度の怪我ならすぐ治る」
ゲイルはサイドバックから取り出したポーションを渡してくれた。遠慮せず服用。レイフに殴られた傷が癒え、痛みも消えていく。
「しかし、このような少年に暴行を加えるとは、いったいどういうつもりなのか」
ゲイルは振り返り、改めてレイフを睨みつける。
「いや勘弁してくださいよォ~。そいつが、あんまり無謀なこと言うから冒険者の厳しさを教えてやってただけなんすから。だって知力以外全部Gなんですよ、G。冒険者なんざ辞めさせたほうが親切でしょうよォ~?」
「本当かね?」
ゲイルは受付嬢に尋ねると、コクコクと頷きが返される。
「それなら確かに……。鑑定師にも分からない品を、一瞬で見極めるだけの目利きだ。他に選べる道はいくらでもありそうだが……」
「冗談じゃない。おれは、冒険者がやりたいんだ。誰かに指図されて辞めたりはしない」
おれの返答に、レイフはギョッと慌てた。
「てめえゲイルさんにまでなに言ってやがる!? 分かってんのか、Sランクだぞ! 本当ならてめえなんかが口が利ける相手じゃねえんだぞ!」
「さっきも言ったけど、強さと偉さは関係ないよ」
それを聞いてゲイルはにやりと笑ったようだった。
「その通りだ。しかし先人の助言として、君は能力値的には冒険者に向いていないとだけは言わせて欲しいな」
「承知の上だ。困難があるからこそ、達成の喜びもある。痛みや苦しみが、楽しみにも変わる。それを味わいたいから、おれは冒険者をやるんだ」
おれは周囲の冒険者たちを見渡して、言葉を連ねる。
「みんなもそうじゃないのか。剣が振れるなら衛兵の仕事がある。魔法が使えるなら街の便利屋をやるのもいい。探せばもっと楽で向いている仕事があるはずなのに、冒険者をやっているのは、冒険そのもののロマンを楽しんでいるからじゃないのか」
みんな、きょとんと目を丸くしていたが、やがて共感するように笑ったり、唸ったりする者がいてくれた。意外なことに、ずっとおれを睨んでいた暗殺者風の女冒険者まで頷いていた。
やがて、ゲイルも微笑んだ。
「……そうだな。その気持ちこそが、冒険者に一番必要なものかもしれんな。カードに記載される能力ではないが、この志の強さ如何で、その者の将来を大きく変える」
さすがはSランク冒険者だ。話が分かる。
「君、名前は?」
「エリオット・フリーマン」
「ふむ、見どころがあるかもしれないな。良ければ、私に君を鍛えさせてもらえないか」
「Sランク冒険者に、そんな暇があるとは思えないけれど」
「お前なに断ろうとしてんだ! Sランクに鍛えてもらえるなんて滅多にねえことだぞ! 床に頭こすりつけてお願いしろやぁ!」
レイフが横でうるさいが、ゲイルは朗らかに笑った。
「はははっ、いいさ。久しぶりに故郷に帰ってきたんだ。面白そうな後進がいるなら、のんびり育ててみるのも悪くない」
「そんならゲイルさん、オレも! オレも鍛えてくださいよォ~! オレ、Bランクで終わる男じゃねえっす、もっともっと強くなれるんすからァ~!」
レイフは先ほどとはまるで別人のように媚びを売りまくっている。まったくもって浅ましい。
でもまあ、もともとスライムにリベンジするために鍛えるつもりではあったのだ。ゲイルの申し出を受けるのも悪くない。
「……じゃあゲイルさん、よろしくお願いします」
「うん、よし。決まりだな。確か、ここのギルドの裏手には訓練所があったね? さっそく、そこで君の今の実力を見せてもらおうかな」
「ゲイルさん、オレも! オレも行っていいんすよね!?」
しつこいレイフに、ゲイルはいよいよ苦笑した。
「わかったわかった。君もついでに見てやる」
「っしゃぁ!」
ほとんど相手にされていないのに、めげない男だ。かえって清々しく見えてくる。
レイフに呆れつつ、おれはゲイルの後ろについて訓練所に踏み入るのだった。
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※
次回、訓練所で木剣を構えたエリオットは、ゲイルを驚愕させます。一方、レイフの態度にエリオットはこう思うのです。
『第7話 楽に強くなろうなんて、つまんないやつだなぁ』
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