3-19.検査される悠斗

 しばらくの間、悠斗のボディースキャンは続き、その結果をマルコーは自分の机の上にあるモニターで舐めるようにじっとりと確認していた。


「……特に変わったことはないかの」


 映し出された画像にも、観測された数値にも、あらかじめ用意していた標準的な地球人のデータとかけ離れたところはなかった。それは、ヴァルが自身の生命力を隠蔽し、活動レベルを最低限まで抑制していた結果だった。今そこにある機器ではそれを見抜くことは不可能だろう。


「むむ…、やはり簡単にはあぶりだせぬか……。レポートにあったとおりだの……」


 マルコーは独り言のように呟くと、モニターを見ながら、何事かをじいっと考え込んだ。


「……少し刺激を加えるか。その反応で、ボロが出る可能性も――ふふぉふっ、それがいい」


 口元に嫌らしい笑みを浮かべたマルコーが、机にあるコンソールから、ボディースキャナーにアクセスする。直後――


「あ、ぐああぁっ!」


 ベッドの上の悠斗の口から悲鳴が上がった。マルコーが悠斗の体に低周波の電流を放ったのだ。拘束されたままの悠斗の体が、ピクピクと跳ね上がる。


「ドクター、何を?」


 看護ロイドが驚いたように訊き返す。


「刺激による反応の検査じゃ。お前らは余計な口を出すな」

「はい、ドクター」


 どうやら看護ロイドは、マルコーの命令には逆らえないらしい。マルコーはその後、何度か同じような電気ショックを悠斗へと繰り返し、そのデータをモニターで観察した。


「反応なしか……。くそ、どうする……」


 カエルのような頬の膨らみがピクピクと動く。何かを真剣に考えているようだ。しばらく考え込んだ後、プハーっと大きな口から息を吐きだした。


「面倒だ。やってしまおう……」


 呟くと、机の引き出しから小箱を取り出す。それを開くと中には三本の注射器が並んでいた。


「人形よ、来い」


 マルコーが看護ロイドを呼び寄せる。そして、取り出した注射器の一つを彼女に手渡した。


「こいつを検体サンプルに打て」

「ドクター、これは?」

「いいから黙ってやれ!」

「はい」


 看護ロイドが注射器をもってベッドへと戻っていく。その背中を見ながらマルコーがぼやく。


「ちっ、いちいち面倒な……。連邦に余計な腹を探られぬように、表面上はノーマルな看護ロイドを用意したが……ま、いい。わしの命令には逆らえぬ」


 大きな丸い目がぎょろりと事の成り行きを見つめた。その目つきにはとても医者のものとは思えない、暗い色が漂っていた。



 看護ロイドの一人がベッドのコンソールが操作し、半透明のシールドが開く。そして、注射器を手にしたもう一人が、電気ショックのせいでぐったりとする悠斗に近づいた。


「え、なに? 注射?」


 自分の腕に近づく針先を見て、悠斗は本能的な恐怖感を感じた。その時、脳内でヴァルが警告を出す。


(悠斗、注射が何なのか、看護ロイドに訊け!)

「え、あ、うん。――えっと、それ、何の注射なの?」


 その問いかけに、看護ロイドの動作が止まる。


「これは……」


 看護ロイドらしからぬ反応。それが何の為の医療行為なのか知らされていないせいで、思考が停止し、言葉に詰まる。


(おかしいぞ、悠斗。そいつを打たせるな!)

「え、でも、動けない……」

(本気を出せ、悠斗! 今のお前なら、こんな枷、余裕で外せる)

「――わかった!」


 ブチっ!


 悠斗の腕を抑えていた拘束具が、引き千切れる。自由になった手で首の拘束も破り、腰、足の拘束具も一気に破壊する。


「何をしている、人形ども。検体サンプルを拘束して、それを打つのだ!」


 マルコーの怒声が飛ぶ。それに反応して看護ロイドが動くが、その手を悠斗は弾き返した。


(悠斗、その注射をもぎ取れ! 中身を調べる)

「わかった!」


 言われた悠斗が、注射を持つ看護ロイドの手首をつかみ上げ、強引に注射器をもぎ取った。


「あ、いけません。お返しください」


 看護ロイドが取り返そうとするが、それを軽くいなし、


「ごめんね、看護師さん。この中身が何なのか知りたいから、少し待って」


 そう言うと、看護ロイドの動きが止まった。患者の想定外の行動に、どうすべきか逡巡しているようだ。


(一滴、手のひらに垂らせ、悠斗)

「え、大丈夫?」

(問題ない。俺様の力を信じろ)

「わかった」


 ヴァルの言葉に悠斗は押子を軽く押して、針先から一滴、薬液を手のひらに垂らした。


(――こいつは!? 毒だぞ、悠斗!)

「ど、毒っ!!」


 悠斗が思わず叫ぶ。

 その声を聞いたマルコーが、文字通り顔色を変えた。薄緑だった肌が、茶色くなる。


「何をしておる、人形ども! 早く、そいつを拘束せよ!」

「はい、ドクター。しかし、患者様にあまり手荒なことは――」

「くそっ、――人形ども、緊急コードだ。ドクター・マルコーが命じる。コード999、Bシステム起動」


 その声を聞いた途端に、二人の看護ロイドの動きがぴたりと止まる。そして――


「コード999、受理。戦闘システムを起動します」


 抑揚のない声で、そう呟いた。


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