3-20.VS看護ロイド

「人形ども、そいつを捕らえよ。――いや、殺してしまえ!」


 とても医者とは思えぬ言葉が、マルコーから飛び出す。看護ロイドならそのような命令に従うことは決してないのだが――


「了解しました、ドクター」


 二人の看護ロイドが、同時に答える。


(気をつけろ、悠斗!)

「え、どういう事?」

(あのカエル野郎が、敵だったてことだ)

「敵?」

(シンジケートあたりの回し者だろうよ!)

「え、銀河シンジケートなの、あのお医者さん!」


 悠斗が思わず漏らした叫びを、マルコーは聞き洩らさなかった。


「おや、見かけによらず鋭いようだの、この検体サンプルは」

「え、それじゃあ、やっぱり……」

「くほっほっ、多額の研究費を援助してくれるというのでの。目的は、ヴァルヴァディオじゃがな。そなたの中にいるのかどうか確かめきらなかったが――肉体を殺してから、ゆっくり調べさせてもらおうかの」


 それが合図だったかのように、二人の看護ロイドが悠斗に襲い掛かってきた。


「うわっ!」


 叫びながらも悠斗が、看護ロイドの片方に抱きつくように体当たりする。そのままもつれ合い、床に転げていく。共に転げた看護ロイドが、悠斗の体を拘束しようと腕を伸ばすが、それをするりと躱し、立ち上がる悠斗。


「ちょっと、待って。ダメだよ、看護師さんがこんなことしちゃ!」

(無駄だ、悠斗。そいつらはもう戦闘用だ。倒すしかない! 俺様がサポートする)

「ええ、それなら前みたく、僕と代わってよ」

(いや、今後のことを考えると、俺様の存在を表に出すのはマズい。ここはお前ががんばれ、悠斗)

「そんな……」


 ヴァルの言葉通り、二人の看護ロイドは悠斗の言葉などまるで気に留めず、ジワリと迫ってくる。


(来るぞ、悠斗! 相手は機械だ。人間じゃない。思いっきりやれ!)

「……そうか、仕方ないな」


 覚悟を決めた悠斗。脳内にヴァルからの戦闘指示が浮かび、それに従うように体が自然に動く。こちらに向かって掴みかかってきた看護ロイドに強烈なタックル。そのまま体重をかけ、相手を引き倒した。


 ぐがきっ!


 床にしたたかに打ち付けられた看護ロイドの後頭部から、鈍い音が上がる。全身がビックと痙攣し、動きが止まった。

 そこに、残る一人が襲い掛かってくる。自分を捕まえようと伸ばした腕を、悠斗はがっしりと掴み、そのまま背負い投げのように投げ飛ばした。先程まで悠斗が横たわっていたベッドに勢いよくぶつかり、看護ロイドはそのまま動きを止める。


「よし!」


 片が付いた――悠斗はそう思ったが、


「くっ、何をしておる、人形ども! さっさとそいつを殺せ!」


 マルコーの一喝で、二人の看護ロイドが再起動する。ただし、一人は首が不自然に折れ、一人は片腕がぶらりと垂れ下がったままだ。


「えー、まだ来るの……」

(相手はアンドロイドだからな。脚を封じろ。それで動けなくなる)

「脚ね……」


 悠斗の体がゆらりと動く。次の瞬間、首の曲がった一人の足をつかむと、そのまま引き倒し、ひざの関節をありえない方向に曲げた。


 ぐきりっ!


 嫌な音を立てて、脚が折れる。

 更に動きを止めず、もう一人の元に駆けると、正面から思いっきり膝を蹴りぬいた。


 ぐごっ!


 鈍い音と共に、膝関節が逆に向く。更には、反対の膝に鋭いローキックを放つ。脚が跳ね上げられ、バランスを崩して倒れる看護ロイド。そこで、トドメとばかり片足を掴み上げ、メキリと折り曲げた。


「なんだと――」


 完全に動けなくなった二人の看護ロイドを見て、呆然とするマルコー。ここにきて、自分が相手にしたものが何者か、はっきり悟ったようだ。


「ヴァルヴァディオ――やはりそこにいるのだな!」

「……それは、どうかな? 僕、こう見えても強いんだよ。この前、学校の体力テストでも、凄い記録を出したんだからね」

「ふざけるな、地球人の小僧が、これほどの力を――ええい、仕方がない」


 マルコーが目前のコンソールを操作する。すると、先程看護ロイドが現れた奥の扉が、再び開いた。そして、そこから、また看護ロイドが姿を見せる。次から次へと……


「ふっ、万一を考えて用意しておいてよかったわ。――人形ども、奴を殺せ!」

『はい、ドクター』


 十数体の看護ロイドが一斉に返事をする。今度は始めから戦闘モードのようだ。更には両手に鋭いメスも握っている。るき満々といった感じだ。


「うわ、どうしよう、ヴァル」

(この狭い空間で、あれだけの数はマズい。――逃げるぞ、悠斗!)

「わかった!」


 悠斗がそう決断した時、


「どうしました、ドクター・マルコー! 部屋の中から変な音がしましたが」


 廊下に待機していた警備員から、確認の呼びかけがかかった。そして、


「開けますよ」


 その言葉と共にドアが開く。


「こ、これは――!?」


 中を覗いた二人の警備員の顔に驚きが広がった。


(チャンスだ、悠斗!)

「わかってる!」


 悠斗の体が風のように奔る。二人の警備員の間を抜け、廊下へと飛び出した。


「ば、ばかもん、検体サンプルを逃がしおって! ――追え、人形ども!!」


 マルコーの叫びと共に看護ロイドたちが一斉に入口に殺到する。


「なにが――」

「うあぁーーっ!」


 何が起きているのか全く理解していない二人の警備員を突き倒し、看護ロイドたちが廊下に出る。


「なんだ、何が――」

「連絡だ。課長に連絡しろ!」


 あたふたとする警備員たちを尻目に、看護ロイドたちは先に逃げた悠斗の後を追って、廊下を駆け去っていった。


 そんな様子を医療室内から見ていたマルコーは、そのカエルのような顔を怒りに歪ませていた。


「くっ…、逃がさんぞ、ヴァルヴァディオ……。しかし、こちらの尻にも火がついたか。あの女課長に正体がバレるのも時間の問題……。手を打っておくか」


 地から響くような不快な声で呟き、マルコーが机の上のコンソールに指を走らせ始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る