3-18.ドクター・マルコー

 船の狭い廊下を、屈強な二人の警備員に引きずるようにして連れられていく悠斗。騒ぐことなく無言のままであったが、脳内ではヴァルから、これまでの経緯――玲於奈が銀河連邦の職員で、悠斗の監視のために地球に来たことなどを、簡潔に聞かされていた。


(そんな、玲於奈が……)

(川口から得た情報に基づく推測だったが――この事態を見ると外れていなかったようだな)

(じゃあ、ここは、その銀河連邦の宇宙船の中なんだね?)

(そういうことだ。静止軌道上に停まってるのだろうよ)

(……どうしよう、ヴァル。僕、話が大きくなりすぎてついていけないや)

(とにかくしばらくは様子見だ。脱出するにしても、壁を破ってバイバイとは行かないからな。今のお前の体じゃ、宇宙空間に耐えられないものな)

(今のって――まあいいか、とにかくしばらくはこのままおとなしくていればいいんだね?)

(そういうことだ)


 そんな感じで今後の方針が決まった頃、警備員がとある部屋の前で立ち止まった。ドアのプレートには文字が書かれていたが、悠斗には読めない。なんて書いてあるのだろう――そう思った次の瞬間、その文字の意味が脳に伝わってくる。


「医療室……」

(そういえば、体を調べるとかなんとか言っていたなぁ……。ってあれ、僕、知らない字が読めている?)

(俺様のおかげだ! 言葉もちゃんと通じていただろう? あの大きな姉ちゃんと)

(え、ああ、そう言えば、なんか聞こえている話し声が変だなって――リアルタイムの翻訳機?)

(そんなところだ。あれは銀河標準語なんで、俺様も知っていたんでな。いい感じで理解できるようにしておいてやった。悠斗の話す方は、向こうの翻訳機がどうにかしているようだから、会話に問題ななかろう)

(へぇ、凄いね。――英語とか中国語とかもできる?)

(聞く方は簡単だ。話すのもちょっと時間をかければ、どうにかもな)

(それは、便利だね。じゃあ今度――)

 そこで、医療室のドアが開き、背中を押されるようにして中へと連れられた。


 冷たい金属で囲まれた部屋で、医療室というより研究室めいた雰囲気があった。手足に拘束具をつけられ、身動きがままならない状態の悠斗は、警備員に促されるまま部屋の奥へと進む。

 すると、そこに待ち構えていたのは、この部屋の責任者であろう人物――いや、人なのであろうか。椅子に座ってこちらを待っていたそのモノは、悠斗が見慣れた地球人の姿とは、かけ離れた容姿をしていた。

 頭部が大きく、顔の中心には両側に張り出した巨大な目玉。鼻腔は無く、代わりに横に広がる扁平な口。全体的に肌の色は、薄緑色をしていた。椅子に座る胴体も横に太っており、ずんぐりむっくりとしている。薄い緑色の服を着ているのも相まって、まるで巨大なヒキガエルのよう――悠斗は見た瞬間そう思った。


(悠斗、ガルガマ人だ。帝国領に母星があるので、連邦域ではあまり見かけないが――外見に騙されるなよ。優秀な頭脳を持った種族だ。油断ならない)

(ガルガマ人……)


「ドクター・マルコー、ライラック課長の命で、例の宿主と思われる人物を連行してきました」


 警備員の一人が敬礼しながら告げると。


「おお、やっと検体サンプルが来たのだな」


 それ――ドクター・マルコーが、ザラザラとした声で話す。銀河標準語で話している様だが、どこか不快な響きが混じっていた。悠斗を見てニヤリと浮かべた笑顔も、薄気味悪い。


「下がって良いぞ。ここから先はわしの領域だ。余計な者は邪魔になる」


 マルコーは悠斗を連れてきた男たちに向かって、低い、野太い声で命じる。すると、


「万一のことがあると大変ですので、引き続き部屋の外で警備を続けます。何かあったらお呼びください」


 そう言い残し、二人の男は一礼し部屋を後にする。

 ここまでの警備員の態度を見ていると、どうやら目前のカエル男は、それなりの地位いる様だ――悠斗はそう感じた。ならちゃんとした人物なのだな、とも思うが、やはり生理的に嫌悪感を感じてしまう。今もその大きな瞳でねっとりと見つめられ、思わず背中に寒気が走った。


「さてさて、待ちに待った検体サンプルの味見、じっくりとさせていただきますかな……」


 ピンク色の舌が飛び出し、横に広がる大きな唇をぐるりと嘗め回す。


「あ、あの…、味見って、まさか……」


 食べられちゃう? 悠斗はマルコーの様子に思わずそう思ったが、もちろんそんなことはなかった。

 マルコーは椅子に座ったまま、短い右手をあげて、何か合図を送る。すると奥の扉が開き、二人の人物が現れた。マルコーとは違って、悠斗も見慣れたフォルム。日本人の若い女性だ。看護師らしき白衣姿で、悠斗に歩み寄ってくる。ただ、奇妙なことに二人とも全く同じ顔をしていた。双子なのだろうか。


「あ、あの……」


 近寄る二人の女性に悠斗は思わず声をかける。すると、


「私たちは、あなたの検査の為に用意された看護ロイドです」


 右側にいた女性が応えた。その言葉は日本語であったが、イントネーションが平坦で、微妙に違和感を覚える。


「看護ロイド――ロボットてこと?」

「そうです。人型ロボット――アンドロイドです」

「へぇ~、SFだぁ……」


 口をぽかんと開けて、まじまじと目前の女性を見る悠斗。しかし、どう見ても人間そのものだ。肌が滑らか過ぎる感じはしたが、美肌なんだな、程度で済ませそう。


「人形たちよ、さっさと準備を始めろ」

「はい、ドクター」


 マルコーに急かされ、二人の看護ロイドが悠斗をすぐ傍に置かれたベッドに促す。


「えっと、何を……」

「そのベッドに横になってください。あなたの肉体を隅々まで調べさせてもらいます」

「調べる?」

「大丈夫ですよ。あなたはそこで横になっていただくだけです」

「そうですか……」


 促されるまま悠斗がおとなしくベッドに横たわると、看護ロイドが手足の拘束具を外す。自由になったと悠斗は心の中で喜んだのも束の間、ベッドから代わりの拘束具が飛び出し、手足だけでなく胴と首もしっかりとベッドに固定されてしまった。


「う、動けない……」


 呻く悠斗を傍目に、看護ロイド達は手際よく作業を続けていく。ベッドの脇のコンソールを操作すると、ベッド全体が半透明なカプセル状のシールドに覆われる。


「な、なに……?」


 頭がほとんど動かせないので、目だけをきょろきょろさせて悠斗は周囲を見回した。そんな悠斗の耳に低く唸るような機械の動作音が届く。直後、カプセル内を幾筋もの光線が飛び交う。


「え、え、何、何なの――」

(落ち着け、悠斗。ボディースキャンだ。大丈夫、問題ない)


 見かねたのか、ヴァルが声をかけてきた。


(そ、そうなの?)

(一般的な医療行為だ)

(えっと、バレない、ヴァルのこと)

(ふっ、俺様を誰だと思っている。銀河最強の生命体だぞ。この程度で、存在を悟られるものか)

(そうなんだね)

(ああ、だから悠斗は落ち着いて、余計なことは考えるな。もちろん、下手なことは話すなよ)

(わかったよ。信じてるよ、ヴァル)

(ああ、任せろ、相棒)


 この会話で悠斗は落ち着きを取り戻し、成り行きを静かに見守った。


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