3-17.宇宙へ
「うむ…ぐ…ぐ……」
ラブラの豊かな肉丘に口と鼻を塞がれ、息ができない。逃れようと首を左右に振ると、
「あん、そんなに暴れないで、坊や」
なんとも色っぽい声でラブラが囁き、更に力強く抱きしめられた。
「あっ――」
(死んだ、これは死んだな……)
悠斗がそう覚悟した時、
「か、課長! その、ちょっと、密着しすぎなんじゃ――」
救いの女神が現れた。玲於奈だ。
「なんだい、レオナ。羨ましいのかい?」
「い、いえ、そういう事じゃなくて、その、それじゃあ、息ができないんじゃないかと、悠斗が……」
「ん? おお、確かにな。――すまんな、坊や」
赤を超えて紫色になりだしていた悠斗の顔色を見て、ラブラが力を緩める。そこで、悠斗は、はぁ~と一息ついた。
「さて、坊やにはもう少しこのままおとなしくしていてもらうか。いいかな?」
「……はい」
弛まったとはいえ未だにしっかりとホールドされたままなので、ただ頷く以外の選択肢は悠斗にはなかった。
「レオナ、お前は私と一緒に上に来い。ケンとジュンはここに残って、後始末だ」
「後始末ですか?」
ラブラに言われてケン――レオナの父親、天城賢人が訊き返す。横には母親の純子が寄り添い、心配そうに成り行きを見守っていた。
「朝になって、この坊やの姿がなかったら、大騒ぎになるだろう? それをうまく誤魔化すのが、お前らの役目だ」
「誤魔化す……」
「どうしましょうか……」
天城夫妻が顔を見合わせ顔を曇らせた。それを見て、ラブラが少し苛立ち気に言い放った。
「レオナと駆け落ちしたとでも言っておけ! それで、問題ないだろう!!」
それを聞いて、天城夫妻はなるほど、と頷いたが、
「な、何言ってるんですか、課長!」
玲於奈が顔を真っ赤にして、叫ぶ。
「あ、あ、あたしが、ゆ、悠斗と、駆け落ちって――」
「照れるな。ただの方便だ。――それより、もう少し、こっちにこい。上がるぞ、船に」
「え、あ、はい……」
まだ何か文句を言いた気な玲於奈であったが、ラブラにこれ以上何を言っても無駄だとわかっていたので、素直にその言葉に従う。
玲於奈がすぐ横に来たのを見計い、ラブラが左手首に巻かれた通信装置に命令を伝える。
「こちらライラック、パスファイン、三名転送だ!」
ラブラの言葉が終わるとすぐに、ラブラ、悠斗、玲於奈、三人の姿が虹色の光に包まれる。
「え、なに…?」
突然の事に戸惑いの声をあげる悠斗。何事かと僅かに自由になる首を巡らし周囲を見回した、その時には、すでに三人の姿は別の場所にいた。
無機質な金属で囲まれた小部屋。宇宙船パスファインの転送ルームだ。
「え、え、どこ? なに、どうなったの?」
状況が全く分からずうろたえる悠斗に、屈強な二人の男が近づいてくる。船の警備を担っている職員だ。
「坊や、悪いけど、手足は拘束させてもらうわよ。あなたがどんな力を隠し持っているか、わからないものね」
そのラブラの言葉が合図だったかのように、近づいてきた男たちが、悠斗の手足に金属製の拘束具を装着する。冷たい金属の感触。手足の自由を奪われる絶望感。まるで犯罪者扱いだ。
「どうして……。玲於奈、何なの、これは?」
「え、その……、ごめん、悠斗……」
問いかける悠斗の視線を避け、玲於奈は顔を横に背けた。
「玲於奈……」
「坊や、大丈夫、別に痛いことはしないよ。ただ、少し、坊やの体を調べさせてもらうだけ。その体の中に、何かが隠れていないかをね……」
ラブラの大きな目が、すうっと細くなる。まるで悠斗の中にいるヴァルを直接睨みつけているようだ。
「調べる? え……、そもそも、ここはどこなの?」
「ここは、私の船、宇宙船パスファインの中だ。現在、地球の衛星軌道上にいる」
「え、ええ、それって、宇宙にいるってこと?」
「そういう事だな」
「ええっ、でも、その、ふわふわしてないよ、宇宙ステーションの中みたく」
「地上での行動も考えて、体を慣らすために地球と同じ重力に設定してある。違和感はないだろう、坊や?」
「え、そうだけど――どうして、こんなところに?」
「さっき話した通りだ。少し調べるだけ……何もなければ、すぐに帰してあげるよ、坊や。――医療室に連行しろ」
ラブラが二人の部下に命じる。
「イエッサー!」
先程枷をはめた二人が、悠斗を左右から挟み込み、腕をつかんで強引に歩き出す。
「え、あ、あの…待って! ねぇ、玲於奈、助けてよ!」
引きずられるように進む悠斗が、情けない声で叫ぶが、
「……」
応えはなかった。
(ヴァル、どうしよう?)
(今はおとなしくしていろ、悠斗。様子見だ。隙を見て、逃げ出してやる)
(え、あ、うん。わかった、そうするよ…。でも、玲於奈は、どうしちゃったの?)
(その事も、これから話す。とにかく、余計なことは口にするな。いいな?)
(うん、わかったよ……)
ヴァルとのとりあえずのやり取りを終え、悠斗はおとなしく連行されていった。
そんな悠斗を、ただ無言で見送った玲於奈の顔には、苦悩の色がにじんでいた。
「……悠斗」
「心配か? レオナ」
「え、いえ、その……」
「惚れたか、坊やに?」
「え、あ、いや、な、なに言ってるんですか、課長。そんなこと――」
「……まあいい。とりあえず、その辺りのことも含めて、ここまでの経緯をもう少し詳しく知りたい。私と共に船長室へこい、レオナ」
「は、はい!」
その返事を聞く前にすでに歩き出していたラブラの後を小走りで追う玲於奈。そして、二人も転送ルームを後にした。
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