3-10.宇宙から新たに来るモノ
ヴァルヴァディオが地球の深夜、川口一郎の隠れ家で密かに情報を収集している頃、地球からさほど遠くない漆黒の宇宙空間で、不意に空間が歪み、虹色に煌めく残光を纏った一隻の宇宙船がフォールドアウトしてきた。
地球上の水に浮かぶ艦船とは異なる、滑らかな流線形を描いた船体。それでいて、堅牢な装甲に覆われていることが見て取れる。船腹には、複雑な意匠を持つ銀河連邦のエンブレムと、シンプルだが力強い安全保障局のロゴが誇らしげに描かれていた。
銀河連邦安全保障局に所属する巡視艇パスファインだ。軍の所属ではないが、軽巡洋艦級の船体と武装を持つ戦闘艦だった。そんな宇宙船がなぜ、こんなところに?
それは、とある特殊任務のためにこの地球宙域へと訪れたのだった。
その艦橋、宇宙船の頭脳とも呼べる場所では、今クルーたちが忙しく働いていた。
「フォールドエンジン停止。空間異常、ありません」
「通常推進、10%。微速前進。目標、地球」
「空間座標、固定。周辺走査、開始します」
高度な情報ディスプレイと無数の操作パネルが整然と並んでいる中、クルーたちは皆、紺色の制服を着用し、張り詰めた雰囲気で各自の持ち場についている。彼らは皆、安全保障局の職員であり、軍人ではない。しかしその統制のとれたてきぱきとした働きは、連邦軍の兵士たちに引けを取らない。
そんな艦橋の中央奥に設けられた船長シートに一人の女性がどっかりと、確かな威厳を持って座っていた。銀河連邦安全保障局惑星監視課課長、ラブラ・ライラック、その人である。
「おら、気をつけろ。ここは帝国との境界が近い。しっかりと遮蔽するの、忘れるな!」
課長という響きからは考えられない豪快な調子で命を出す。彼女はデスクに座って書類整理をしているタイプでなく、この船、パスファインをかって銀河を飛び回っている行動派だった。
地球の基準で言えば非常に体格の良い女性で、肩幅があり、筋肉質な体つき。だがそれは武骨なのではなく、鍛え上げられた肉体の力強さを感じさせた。
目鼻立ちも一つ一つが大柄で、存在感のある顔立ち。そして、彼女の種族、リラール人であることを示す最大の特徴――小麦色の肌に映える、薄い紫色の髪と瞳。地球人と姿形は似ているが、この鮮やかな紫の色は地球ではまず見かけられない。年齢は宇宙標準で五十歳とされているが、その容姿は地球人の感覚で言えば三十代半ばほどの、成熟した美しさを持つ女性だった。顔に化粧っ気はないが、引き締まった表情には、長いキャリアで培われた知性と経験が刻まれていて充分に美しい。
「遮蔽装置稼働率70%」
「もっとエネルギーを回せ! 防御は考えなくていい。どうせ誰も撃ってこない、こんな辺境ではな。シールドは最低限で、その分を遮蔽に回すんだ!」
「了解」
重力レンズ効果を利用した遮蔽装置はエネルギーを多量に消費する。更に精密なコンピューター制御を必要とするが、この船はそれを可能としていた。惑星監視という職務上、隠密行動をすることも多く、連邦でも最高クラスの遮蔽装置を積んでいたのだ。
「地球との通信はどうだ?」
「現在通信回線構築中です、課長」
「充分に注意しろよ。どこかの馬鹿どもに盗み聞きされないように、しっかりと対策するんだ」
「了解」
盗聴の対策も怠らない。機密保持は最優先事項だ。特に今回は、自分たちの存在を気取られてはならない。地球人にも、ゴラオン帝国にも、そして、他の何者にも……
この帝国との境界に近い場所に、軽巡洋艦級の宇宙船が何の予告もなく活動しているのを知られれば、厄介な事態になりかねない。帝国との戦乱のきっかけになってもおかしくないからだ。
「回線が開き次第、地球のエージェントに伝えろ。『私が来た』と」
「了解」
「ああ、それと、準備が整い次第、私が直接地球に降りることも伝えておけ。それまでに、対象に関する情報、何らかな具体的な成果を出しておけ、ともな」
ラブラの表情が不敵に歪む。そして、ゆっくりと立ち上がった。クルーたちが一斉に彼女に注目する。ここにいる者たちにとって、彼女は絶対の女王だ。その一挙手一投足がすべて重要となる。
そんな中、ラブラはシートを離れ、ゆっくりと歩みだした。
「特異存在
ラブラは艦橋の正面、メインスクリーンに近づき、そこに映る青く輝く美しい惑星――地球をじっと見つめた。生命活動の輝きを帯びたその星に、果たして銀河最強の兵器と呼ばれる生物が潜伏しているのだろうか?
天城一家からの報告では、その可能性は高い、となっていたが、はっきりとした確証は得られていなかった。
「まあいい、私が直接調べてやる。待ってろよ、
ラブラはスクリーンの地球を見つめながら、誰に聞かせるでもなく、静かに、しかし強い意思を込めて呟いた。その紫色の瞳には、確固たる決意の色が宿っている。
ヴァルヴァディオの存在を確かめ、必要であれば捕獲、もしくは排除すること。それが、惑星監視課が辺境の未加盟惑星・地球まで派遣された理由だった。ラブラ・ライラックは、その任務遂行のため、自ら最前線に降り立つ覚悟を決めていた。
地球という閉鎖された世界に潜む最強の宇宙生物。銀河の様々な思惑が、少しずつ、大空悠斗が『普通』を願う星に集まり始めていた。その平穏な学園生活に、ラブラ・ライラックという、これまでとは全く異なるレベルの、強力な銀河連邦の戦士が今まさに介入しようとしていた……
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