3-9.驚きの情報

 奥の書斎兼寝室になっている部屋に入った川口は、机の上に置かれたノートパソコンを開き、操作を始めた。OSが立ち上がり、ごく普通の画面が表示される。そこで、一つのアプリを立ち上げ、コマンドを打ち込む。

 直後、パソコンに組み込まれていたカメラからスキャン用の光が放たれ、川口の生体情報を読み取っていった。

 数秒後、そのパソコンは銀河シンジケートのネットワークに接続され、専用の操作画面が表示される。


「さて、とりあえず連邦の名簿から探ってみるか……」


 川口はひとり呟き、検索を始めた。



 一方、ヴァルはリビングのソファに座ったまま、目を閉じ、静かに時を待つ。川口について行き、自らの手で調べる――なんて愚行は犯さない。シンジケートに繋がる端末には間違いなく監視用のカメラが仕込んである。一緒に行けば、敵に悠斗の顔をさらすようなものだ。


「さて、何者なのか、あの娘……」


 銀河連邦は大きな組織だ。関係者とは言っても、どのような立場なのか? 今のままでは情報が少なすぎて、予想も難しい。

 悠斗の肉体を休める目的もあり、リラックスした姿勢で目を閉じて待つヴァル。静かな時が流れ、十数分ほど過ぎたところで、川口が戻ってきた。その顔には困惑の色が滲んでいるのを、ヴァルは鋭く感じ取った。


「何が分かった、川口?」

「それが…、確定情報は得られませんでした。かなり強力な情報の隠ぺいがされています」

「隠ぺい? どういうことだ」

「銀河連邦の職員であること――恐らくそれは間違いありません。彼女だけでなく、家族全員」

「やはりそうか……」


 予想していたこととはいえ、悠斗にはどう伝えれば――ヴァルは、困惑した。宿主の精神的動揺は、寄生している自分にもろに影響する。やっといい感じに馴染んできた所だというのに……


「それで、どこの所属だ?」

「それが……」


 川口の眉間に皺が寄る。どう伝えるべきか、考えている様だ。


「これはあくまでも推定です。それらしい情報を組み合わせて、導き出されたものですので、確実ではないのですが――」

「はっきり言え! 結論は?」

「……銀河連邦安全保障局、惑星監視課、ではないかと」

「なに――!?」


 ヴァルが思わず驚きの声を漏らす。

 銀河連邦安全保障局惑星監視課――それは連邦に加盟する惑星及び恒星系の動静を見守る部署である。特に何らかの騒動の目――クーデターや犯罪組織の蔓延、連邦秩序を乱すような兆候――などが見られる星々に、エージェントを送り込み、調査監視するのを主な仕事としていた。


「惑星監視課だと――馬鹿な、間違いないのか?」


 連邦の版図内ではあるものの、連邦に加盟していない地球に、その職員が送られることは珍しい。


「確定ではありませんが、恐らくは……」

「辺境惑星監察官ではないのか?」

「いえ、それは別に派遣されています」


 地球のように文明レベルが理由で連邦に未加盟の惑星に派遣されるのが、辺境惑星監察官であった。他惑星からの不要な干渉が行われないよう監視、時には実力をもって排除するのを役割とする。所属は銀河連邦の総務局環境課で、先程の惑星監視課とは部署が違う。


「どういうことなんだ…?」

「わかりません…」


 二人とも難しい顔して、無言のまま頭を捻る。だが、いくら考えても答えは出ない。情報が少なすぎるのだ。


「何かないのか、他にわかったことは!」


 イラついたようにヴァルが声を荒げる。


「今のところは……」

「くそ、使えない奴め!」


 どうするか?


 惑星監視課が動いているとなると、厄介だ。その上、安全保障局は連邦軍に準ずる戦力を有している。軍が動かなくとも、安全保障局だけで、この地球ぐらい簡単に制圧できるだろう。もし目的が自分だったなら――


「ちっ、はっきりさせないと、マズいか……」


 玲於奈が持っていたスマホの画面。あれは生体エネルギーを観測するものだった。万一を考え、その手の対策は打っていたが、何らかの異常を大空悠斗に感じ取っているのは明白。このまま放って置くのはあまりにも危険だ……


「さらに深く探れ、川口。天城玲於奈――彼女たちが地球に送り込まれた理由、その目的を。お前の持つ、あらゆる情報網を使って探り出すんだ」

 強い調子でヴァルは川口に命じた。反論は許さない、そんな意思がその声には含まれていた。


「わかりました。より深く…ですね。出来る限りのことはします。ただし…私の立場もあります。シンジケートの本部に目をつけられては……」

 川口は何かを言い淀んだ。シンジケートの情報網は高度だが、銀河連邦、特に安全保障局のような組織の情報にアクセスするのはリスクが高い。彼自身が危険に晒される可能性もあるのだ。


「わかっている。その辺りの加減は、うまくやれ。とにかく俺様は今の暮らしが気に入っているんだ。邪魔をされたくない。わかるな?」

 戦闘のない悠斗との平和な学園生活――それを守るためなら全力を尽くす。それが今のヴァルの心からの思いだった。その為なら、どんなことでも――目の前の人物が命を落とすようなことになっても気にしない。

 お前の生殺与奪権は自分が握っているんだぞ。しっかりと働け――そんな無言の圧力を込めた視線を、川口に向けた。


「……わかりました。可能な限り、調査を続けさせていただきます」

「急げよ。僅かな遅れが命になるかもしれない」

「はい」


 素直に頷く川口にとりあえず満足して、ヴァルはほっと一息ついた。


「さてと…、じゃあ帰るわ」


 ソファーから立ち上がり、玄関ではなく、入ってきたベランダに向かって歩き出す。窓を開け、そこに置かれたスニーカーを履き、ベランダの手すりに手をかけたところで、今一度、川口を振り返る。


「天城玲於奈の件、しっかり調べてくれ。頼むぞ」


 そう念を押し、ヴァルは宙へと飛び出した。一瞬、ふわりと空に浮き上がった後、重力に引かれ落下していく。が、もちろん問題ない。猫のようにスタッと静かに着地し、そのまま何事もなかったかのように道路を進んでいった。


 そんな様子を川口はベランダから見送りながら、ぼそりと呟いた。


「やはり化け物だな…。仕方ない、自分の命がかかっている。やれるだけ、やるか……」


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