2-17.逃げる者と追う者
「くそ、逃がすか!」
脱兎のごとく逃げるムジナール人――川口を、ヴァルも即座に追う。廊下の奥、リビングに入り、室内を見渡すと、すでに川口は窓を開けベランダへと出ていた。
「そう言えば、逃げ足が速かったな、ムジナール人」
ヴァルは苦虫を噛み潰したように言い捨て、逃げる獲物の後を追った。数舜遅れてベランダに出るヴァル。その目前で、川口の体が宙に舞った。
(あっ、飛び降りたよ、ヴァル! 飛び降り自殺?)
脳内で悠斗が驚く。だが、次の瞬間、川口の背中が、ぐにゃりと変形し、そこから翼長二メートルはあろうかという、巨大な鳥の翼が現れた。そして、力強く羽ばたき、川口の体はぐんぐんと高度を上げていく。
(あ、飛んだ!)
「くそ、奴ら空も飛べるんだった。全く厄介な!」
またも寸前で逃げられ歯噛みするヴァル。
(どうするの? 逃げられちゃうよ)
「ふん、問題ない。この程度の距離なら――」
ヴァルが半歩下がってから勢いよくバルコニーの手すりに飛び上がると、それを強く蹴り、夜空を飛翔する川口目掛けて跳び上がった。
(ぬあぁぁ!)
脳内で悠斗が騒ぐが、ヴァルは全く無視をする。
驚異的な跳躍力。先を飛ぶ川口にぐんぐんと追いつき、そして、その背中に飛び乗った。
「なにぃっ!?」
飛行中の川口が驚きの声を漏らす。
「捕まえ~たぁ~!」
楽しげな様子でヴァルが、目の前の巨大な翼を両手で掴んだ。直後、川口の体がぐらりと揺れる。飛行のバランスが崩れ、左右にゆらゆらと揺れながら、下降を始めた。
「離せ! この!」
川口が必死にもがくが、ヴァルの力はそれを許さない。獲物に食らいついたワニのごとくがっしりと翼を掴んでいた。
「もう逃がさないぜ、ムジナール人!」
「くそ、このままじゃ、落ちるぞ!」
悲痛な叫びと共に、川口の体が錐揉み状態に陥る。墜落――そう言ってもいい角度で急速に落下していく二人。眼下には、学校の裏手に広がる暗い森が迫っていた。
「くっ、死ぬ気か、ヴァルヴァディオ!」
(ヴァル、落ちるよ! 死んじゃうよ!!)
川口と悠斗の悲鳴が重なる。が、ヴァルの顔には強気の笑みが浮かんでいた。
「ふっ、俺様がこの程度の高さから落ちて死ぬかよ」
(え、え、でも、僕の体だよ。そんなに強くないよ!)
「心配するな。俺様に任せておけ。落下は得意技だ!」
(落下が得意でも意味ないよ。落ちたら死んじゃうじゃん!)
「おおう、そうか。えっと、任せておけ、着地も得意技だから、悠斗」
(え、ええぇぇ――)
そんな掛け合いをしている間に、森の木々は一気に近づき、そして――
ずさっ、ざざざざーーーっ……
二人は絡み合ったまま、森の木々へと吸い込まれていった。
川口の体が枝を折りながら、地へと迫る。僅かな減速はしたが、そのまま地面に落ちれば、ただでは済まないだろう。
(うわ、うわ、うわぁぁっ!)
「うるさいぞ、悠斗。俺様を信じろ!」
そう言った直後、ヴァルは川口の背中を蹴るようにして、その体から離れた。ふわりとした感じで空中を泳ぎ、近く木の枝を両手でつかむ。悠斗の体重で枝がしなり、折れる――寸前に、ヴァルは、ぱっと手を離し、下の枝に降りる。その枝も同じように折れる前に下へと移りを繰り返し、まるで猿がごとき身のこなしで下へ下へと降りていった。
そうして見事地面に着地したヴァルに、悠斗がほっと一安心する。
(よかった、死ななかったよ……)
「だから言っただろう、任せておけ、と」
(うん、ありがとう、ヴァル)
「いや、まだ終わってなさそうだぞ、悠斗。――どうやら奴もうまく着地したようだ」
(え? ――あ、銀色宇宙人)
悠斗=ヴァルが着地した少し先に、立ち上がる川口の姿があった。翼は不自然な角度で曲がり、全身のあちらこちらから赤い血を流していたが、行動不能になるほどの怪我は負っていないようだ。悠斗たちの視界には入ってなかったが、地への激突寸前で翼を思いっきり羽ばたかせて地面を打ち、衝撃を吸収してどうにか無事に着地していたのだ。
「……よくもやってくれたな、ヴァルヴァディオ」
言う声に明らかな怒気を含んでいる。
「おとなしく降参したらどうだ、ムジナール人。俺様には勝てないことがわかっただろう?」
ヴァルがどうだとばかりに胸を張る。
対峙する二人。夜の森の静寂の中、緊迫した空気がその間に流れる。
「……確かに、お前は凄いな。ひ弱な地球人の体に寄生しても、これほどの力を発揮するとは――驚きだ」
「ふっ、褒めるなよ。俺様の力はまだ、微塵も見せてないんだからな」
(え、そうなの? 僕には結構全開に感じたけど……)
「黙れ、悠斗。――全然余裕さ、どうだ、試してみるか、ムジナール人。俺様の本気を」
「……そうだな。お言葉に甘えて、試させてもらおうか、こいつを使って」
川口が脇の下から何かを取り出すような仕草をする。あまり知られていないがムジナール人はそこに隠し袋があり、小物をしまっておくことができるのだ。
取り出したのは小ぶりな筒状のもの。川口の体と同じ様な銀色の金属製で、ラベルが貼り付けてあった。そこに書かれた文字を読み、ヴァルが驚愕の声を上げる。
「それは――『悪魔の翼』か!」
「その通り。使わせてもらう、この切り札を――」
川口がその筒の先を首筋へとあて、そのまま強く押し込む。
「くそ――!」
(どうしたの、ヴァル? あれは、何?)
「特製の麻薬だ。銀河シンジケートが流通させている戦闘用ドーピングドラッグ・悪魔の翼――レブルだ!」
(レブル――悪魔の翼って?」
「使用者の肉体を極限を超えて増強させ、その精神を狂暴化させる禁断の麻薬……。見ろ、変様が始まった!」
ヴァルの指摘通り、川口の体が再び激しく変化し始めた。銀色の体が膨張し、筋肉が盛り上がり、皮膚が硬質化していく。手足には鋭い爪が生え、背中の翼は消え、硬い甲殻のようなものが形成される。顔のない頭部が前方に突き出し、巨大な顎と鋭い牙が現れた。
(な、な、何これ! 恐竜っ!!)
悠斗が思わず叫んだ通り、目前に現れたのは銀の光沢をもつメカ恐竜というべきものだった。そこにはもはやムジナール人の面影もない、全長三メートルはあろうかという、獰猛な恐竜を思わせる異形のモンスター。筋肉質な体に、爬虫類のような硬い皮膚。鋭い爪と牙。現れたその目は赤く輝き、荒い息と共に、口からは蒸気のようなものが漏れている。
「くっ、厄介な――!」
苦々し気に顔を歪めるヴァルの前で、モンスターと化した川口が、獣のような咆哮を上げた。
グオオオオオオォォォーーーーォっ!!!!
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