2-16.敵の正体

「お前の所から落ちてきたプランターで、危うく殺されかけた者だが、少し話したいことがある。中に入れてくれないか?」


 普段の悠斗では絶対ありえないようなぶっきらぼうな調子でヴァルがインターホンに話しかけた。それに対し、インターホンの向こうから、戸惑いのような間が生じる。


『……あの、もう遅いので、お話なら改めて後日にでも』

「わざわざ被害者であるこちらから足を運んできたんだぜ。それを無下に帰すのか? あー、何かここで叫びたくなってきたかな。ここに人殺しがいますよーってな」


 ごく常識的な返答をする女性に対し、ヴァルの態度はイチャモンをつけているだけだ。しかし、


『……わかりました』


 女性から肯定の返答があった後、僅かな間をおいて、カチャリとドアのロックが解除される音がした。

 そして、ゆっくりとドアが開く。そこに立っていたのは、二十代半ばほどの、細身の若い女性だった。部屋着姿で、少し訝しげな表情を浮かべている。


「あの…、どんなお話でしょうか……?」

「詳しい話は中でさせてもらおうか。――邪魔するぜ」


 ヴァルは開いたドアの隙間から強引に中へと足を踏み入れる。


「あ、あの――」

「他の人間に聞かれたら困るだろう――えっと、蒲生さん、だったかな?」


 表札に書かれた名前を思い出し、ヴァルが女性の名を呼びながら、その目を真っ直ぐ見据えた。


「……わかりました。では、リビングでお話ししましょう。どうぞ中へ」


 諦めたかのように女性はそう言い、無礼な訪問客を廊下の奥へと導く。


「それじゃあ、上がらせてもらおうかな、遠慮なく。靴は脱いだほうがいいかな、蒲生、いや――田代麗の偽物さん?」


 その呼びかけに女性が肩を震わせ、固い表情をヴァルへと向けた。


「……何のことでしょう?」


 あくまで平静を装う女性に、ヴァルは言葉を続ける。


「おや、おとぼけか? じゃあ、こう呼ぼうか、川口先生?」

「な――!?」


 息を呑み、目を見開く女性。その顔に向け、ヴァルはポケットから素早く持参したボトルを取り出し、スプレーを吹きかけた。


「ぐっが……!」


 周囲に強烈な香りが広がる。すりおろしたニンニクのしぼり汁をベースにいくつかの野菜や香料などを混ぜ合わせた液体だ。催涙スプレーのような効力で、女性が涙を滲ませ、嗚咽する。そして、しばらくすると、信じられない変化が始まった。

 女性の顔が、まるで粘土のようにぐにゃりと歪み始める。髪の色が変わり、骨格が軋むような音を立てて変形していく。一瞬、あの怜悧なイケメン教師、川口一郎の顔が現れたかと思うと、次の瞬間には、悲しげな表情を浮かべた田代麗の顔に。さらに、見知らぬ老人、子供、様々な年齢の男女の顔が、万華鏡のように目まぐるしく変化していく。

 それに伴い肉体も変化していった。背が伸び縮みし、男に女に、痩せたり太ったり、まさにカオスだ。


(な、な、なんだ、これ!? ヴァル、何なのこれ?)

「変身が解ける。見ていろ、悠斗。すぐに正体が見れるぞ」


 麗に化けていたのは変身能力のある宇宙人で、その正体は川口で、この部屋に別の女性としても住んでいる様だ、ということは悠斗は聞いていたが、さすがに様々な人に目まぐるしく変化していくのを目の当たりにすると、驚きを抑えられなかった。一方ヴァルは予想していた通りだとばかりに、いたって冷静だ。


「あ……ああ……あああああっ!!」


 変身の制御が効かなくなったのか、この部屋の住人だった人物は苦痛に喘ぎながら、その体全体が不定形に波打つ。そして、最終的に変化が止まった時、そこに立っていたのは、人間とは似ても似つかぬ異形の存在だった。

 全身が、まるで銀色の滑らかな金属で作られたスーツを着ているかのような、つるりとした質感。手足の形状は人間に近いが、細部は微妙に異なる。そして、最も異様なのはその顔だった。目も、鼻も、口も、耳も、何もない。その姿はまさに――


(のっぺらぼう!)

「ふふ、そいつは妖怪だな。知ってるぞ。だが、こいつの正体は――ムジナール人。アーカサ星系に住む変身能力に長けた種族だ」

(ムジナール人…、やっぱ宇宙人だったんだね……)

「そういうことだ。連邦や帝国の諜報員に使われることも多いが――お前の飼い主は、シンジケートあたりかな? 戦闘タイプのベジターは非合法だからな、連邦でも帝国でも」


 ヴァルの問いかけにのっぺらぼうの異星人は、苦しげに肩を上下させながら、こちらに顔を向けた。目はないが睨みつけている、そんな雰囲気だ。


「どうして…わかった……」


 口はないのにやけにはっきりした音声で、ムジナール人が話す。喉を震わせ声を出している様だ。


「学校の周囲には、すでに俺様の監視網が張られているのさ。夕方、お前が麗の姿で襲ってきた後、しっかりとその『目』で、追わせてもらった」

「く……。さすがだな、ヴァルヴァディオ。銀河最強と呼ばれるのは伊達ではないか」

「さて、お前が何者か、ゆっくり話をしようか。ムジナール人の変身能力は大したものだが、その力は本人のまま変わらぬ。お前らのしょぼい戦闘能力で、俺様に敵わないことはわかっているよな?」

「……私は川口一郎だよ。この星では、それでずうっと通している。それだけだ。それ以外に、話すことはないな」


 いうや否や、ムジナール人――川口が、意外なほど素早い動きで身をひるがえし、廊下の奥へと駆けだした。

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