回り出した歯車
ギシギシと歯車は回り始める。
いびつな音を立てて、それでも軽やかに。
突然だが俺には一つ下の弟がいる。
弟は俺と違ってあまり話すのが得意じゃない。
出会いからして、そうだった。
弟は、母の再婚相手の息子だ。俺とは血のつながりはない。
「はじめまして、俺は牧野沙月。よろしくな、えっと、斗愛」
「……」
そう言って手を差し出す俺をじっと見たまま、弟……斗愛は動かなかった。何も発さず、じっと俺を見つめている。その視線に耐え切れなくなったころ、義父が言った。
「すまない、沙月くん。斗愛はかなり人見知りが激しくてね。こんな感じの子なんだけど、仲良くしてもらえると嬉しいよ」
申し訳なさそうな感じで頭を下げてくる義父に向って、俺はブンブンと腕を振る。
「あ、あやまらないでください!勿論です。俺、弟が出来て嬉しいです!」
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」
ニコっと笑顔で伝えると、強張っていた義父の顔も心なしか柔らかくなった。そんな義父を見て、俺はあるお願いをする。
「あの、それで、今日から家族になるんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「それなら、お、お父さんって呼んでもいいですか?」
俺がそう言うと義父はとても驚いた顔をした。すぐにそう呼ぶのは失敗だったな?嫌われたかな?そんな事が頭をグルグルとめぐる。
あの、やっぱりいいです……。そう言おうと思った俺を遮るように義父が俺をギュッと抱きしめた。
「勿論、勿論だよ沙月くん!そう言ってもらえるなんて、とても嬉しい」
ギュッと暖かい温もりに包まれながら母を見ると、若干微笑んでいる。そして斗愛の方を向いてこう言った。
「すぐには難しいかもしれないけど、斗愛くんも私をお母さんって呼んでくれたら嬉しいわ」
その言葉に、斗愛は視線をウロウロさせて小さく頷いた。
これが俺と、斗愛の出会いだ。
あれから数年。高校生に俺達はなった。
今ではすっかり義理とは思えないほど、仲がいい家族になっていると俺は思っている。……斗愛を除いては。
斗愛は相も変わらず、俺とは必要以上に関わろうとしない。母の手伝いや父と出かけたりはするが、俺が話しかけると口数が少なくなる。
(もしかして、俺って物凄く嫌われてる?)
そんな風に思うくらいには。
そうは思っても、俺と一緒に帰ったりはするし、俺と友達がじゃれていたりしてくっついていたりすると、腕を掴んできて引き離そうとしたりする。
凄く嫌われているなら、こんな事しないだろう、多分。
斗愛は相変わらず必要以上に人と関わろうとしないが、見た目と性格でモテている。斗愛の周りでは女子が一方的に斗愛に話しかけている事が多い。
(まぁ、全部無視されているんだけどな)
一生懸命アプローチしている子をないがしろにするのはいかがなものか……と思いはするものの、それは斗愛が決める事だから口を挟むことはしない。口を挟んだら、これ以上拗れそうで挟めないチキンではないから間違わないように。
「お~い、沙月~」
「そんな事を考えていたら、友達の祐樹に声をかけられた」
祐樹は俺のクラスメイトで、入学から仲良くしてくれる悪友でもある。
「沙月、いまいいか?」
「どうしたんだよ?」
祐樹が俺にお伺いを立てるなんて珍しいなと思いながら椅子を薦めると、真面目な顔になった祐樹が話し始める。
「なぁ沙月、お前さ弟くんとの仲で悩んでるじゃん?」
「う、うん。ってかいきなりなんだよ?」
確かに斗愛との距離感で悩んではいるが、それがどうしたというのだろうか?
「俺さ、悩める親友の為に姉貴に相談したのよ」
「親友じゃなくて、悪友の間違いだろ。ってか姉貴に相談?!」
なに勝手に人の事を相談しているのだろうか……。開いた口が塞がらなく、驚いている俺を置き去りにして話はどんどん進んでいく。
「悩める親友の為だから許せよ。それでな、こんなものを借りてきたんだ」
「なんだこれ?ゲーム?」
ガサゴソとカバンの中から祐樹が取り出したのはゲームだった。パッケージには男女のキャラクターと、歯車時計が描かれている。
「五月雨の君へ?」
ゲームのタイトルだろうか?そう書いてある文字を読んでみる。
「そう、姉貴が言うにはさ恋愛ゲームみたいなんだけどよ」
「恋愛ゲームぅ?!」
俺達とは無縁のジャンルに驚いた声を上げてしまう。俺達が普段やるのは、音ゲーや格ゲーだ。恋愛ゲーム、ギャルゲーやBLゲームがある事は知ってはいるが、プレイしたことは一度もない。
「俺達とは無縁だけどさ、よくパッケージ見てみてくれよ。なんかさ、お前と斗愛に似てないか?このキャラクター達」
「は?」
何言ってるんだこいつ……。そう思いながらもう一度パッケージをまじまじと見てみる。……確かに似ているかもしれない。男の方は俺にそっくりだし、女の方は斗愛に似てなくもない。まぁもう性別が違うんだけどさ。
「たし……かに?」
「だろ?俺驚いてさ、姉貴に借りてきちゃったんだよなぁ」
「まぁ、事情は分かった。でもこれを俺にどうしろと?」
うんうん頷いて俺とゲームを見比べている祐樹に、じとーっとした視線を向けると二ッと笑って俺を指さしてきた。
「沙月くん、姉貴が言うにはゲームも馬鹿にならないらしい」
「???」
祐樹が何を言いたいのかが分からず、?マークが俺の頭上を占める。
「まぁ、ゲームで人付き合い学んだらどうだ?って事らしい」
「なるほどな、はじめからそう言え」
やっと言いたいことが理解できた俺は溜息をつく。
「それは分かるけどさ、このゲームのキャラが斗愛に性格似てなかったら意味なくないか?」
そう俺は斗愛との友好度をあげたいだけだ。決してゲームがやりたいわけじゃない。
「まぁ、そうなんだよな。そのキャラ斗愛よりは明るいらしい」
「じゃあ意味ないじゃないか」
この話は終わりと俺は帰るためにカバンを持ち上げる。
「待ってくれ、俺の話は最後まで聞きたまえよ」
「腹立つな」
「いや、ごめんって。ふざけてるんじゃないんだけど、そのゲームをプレイしてみてもいいのは本当」
「その根拠は?変な事だったら、ぶっ飛ばすから」
「沙月って結構そういう所あるよな……。あのな、そのゲーム一緒にプレイした人た達は幸せになれるんだと」
「はぁ……。そんな胡散臭い」
そんな訳ないだろ、ゲームをして幸せになれるなんて。そんなゲームがあったら、誰しもプレイしているだろ。
「はい、終了。もう俺帰るからな」
そう言ってカバンを持ち、下校をするはずだった。そのはずだったのに、俺の手は祐樹の持っているゲームを掴んでいた。
「なんだよ、そう言いながら興味あるんじゃないか」
「え?いや、これは」
ゲームなんてやってられるか!そう思っているのに、何かの力が働いているようにこのゲームから手を離すことが出来ない。
「まぁさ、俺がお前を心配しているのは本心だから。騙されたと思って、たまには一緒にゲームでもしてみたら良いと思うぜ。……恋愛ゲームなのがどうなんだって思うけどな」
ケラケラと笑ってゲームから手を離す祐樹。その瞬間ゲームは俺の手の中に落ちてきた。
回るよ回る、運命は回る。
フワフワと風のように舞い、キラキラと星のように輝きながら。
小さき炎はやがて大きな炎へ。
フワフワキラキラ輝きながら、ギシギシと鳴る歯車は……たった今動き始めた。
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