第4話 兄と妹



人里離れた郊外に、その巨大な施設はあった。

その正門に二人の男女が向かっている。


一人は白く涼し気なセーラー服に身を包んだ、女の子。

腰当たりまである長い髪が、ふわりと軽やかに揺れるさまが実に優美。

艶やかな肌に、長い睫毛に縁どられた瞳が美しい。

お人形のように整った、可愛らしい顔だ。


もう一人は男性で、服装は平凡なトレーナーとチノパン。

容貌もこれまた平凡で特に特徴はない。

髪を中途半端な長さに伸ばして、うなじが隠れているのが唯一の特徴だった。


今より少し前…


、もうすぐ着くけどさ…」

広央は助手席の少女に、おずおずと話しかける。


レンタカーの中で、彼女は自分を“ひめ”だと名乗った。

名前なのか愛称なのか、はたまたコードネーム的なものなのか。


一切の判別もつかないまま、ただそう呼べと言われその通りにしている。

姫の異様なくらい気の強い眼差し。

それに睨まれると広央は何も言えず、ただ従うしかなかった。

どうにも姫には、父を目の前にした時のような気後れを感じさせるものがある。


「あなた、本当にアルファなの?」

その姫が、広央の顔をまじまじと見つめながら問い質してくる。

明らかに疑っている目付きで。


「ああ、そうだけれど…」

慣れない運転で前方に神経を集中させながら、答える。

種別を聞かれるのは好きではなかった。

自分と彼らを隔てる壁が出来てしまうから。


「私と同じ種別アルファなのね、あの間抜けぶりからは信じられないけれど」


今度は広央が彼女をまじまじと見る番だった。

実は人口のそう多くない神之島では、希少種別のアルファの数も当然少なく、女性のアルファにリアルで出会ったのはこれが初めてだったのだ。


「姫って、アルファだったんだ…」


「そうよ、“アルファのメス”よ」

姫は臆することなく、はっきりと答える。


優秀な種別だとされている“アルファ”は、崇拝と尊敬と羨望の対象となる。

だがこれは、“男性に限り”、なのだ。


無駄に能力が高くて扱いずらい。

傲慢で男を下に見る。

アルファの女性に対しては、少数種別に対して偏見と優秀種別に対する嫉妬とからか、蔑みの対象になる。

“アルファのオス”は尊称だが、“アルファのメス”は蔑称だった。

男性はアルファであることを誇るが、女性はその種別を隠して生活するのがこの国の社会的慣習だった。



「私は隠したりしないわよ、恥じる事は何もないもの」


姫が強く言い放つ。

虚勢でも傲慢でもない、卑屈さのかけらもないその表情にが広央に強い印象を残した。

自分とは正反対の人間だと思ったからだ。




旧ひたち海浜公園。


戦前は陸軍の基地であった。

戦後GHQに接収され民間企業に払い下げられたが、結局軍が再度接収して現在は研究施設となっている。

民営だった時代に広大な敷地が公園として整備され、季節ごとに種類の違う花々が咲き乱れていた。

特に春の瑠璃唐草ネモフィラが有名で、青く澄んだ花が丘一面を覆う様は、まるで海が出現したようで“瑠璃色の海”と呼ばれるようになった。


その名残が軍でも受け継がれ、縮小されたものの花の管理は続いていて今はまさにネモフィラが見頃の時期だった。

もっとも高く厳めしいコンクリート塀に囲まれ、民間人では瑠璃色の海を見ることは叶わないが。



正門の入り口には、迷彩服姿の兵士が銃を構えて見張りをしている。


「徐行」「車両一旦停止」「関係者以外立入禁止」「撮影禁止」「無断立入は厳罰に処す」


強烈に“外部の人間は拒絶”を醸し出している注意喚起の看板が、嫌でも目に入ってくる。

普段なら施設関係者以外の人間は近寄る事すらないこの場所に、二人の人間がやってきた。

おそらく大学生くらいであろうラフな出で立ちの男、そしてセーラー服に身を包んだ少女。

兵士にとって階級章がない人間は人間ではない。(少なくとも軍ではそう判断するのが一般的だ)

銃を分かりやすく向けてやれば、すぐに追い払えるだろう。


だが男の方が、許可証を出してきた。

面倒だが銃を向ける以外の対応が必要だ。

氏名と職業の欄を確認する。


予想通り大学生と、その妹の高校生だった。

続けて許可の理由欄を見る。


兄の方は商学部の観光学専攻で、この施設をネモフィラの時期にだけ一般開放した場合の経済効果と影響を卒論のテーマに選んでいるため。

妹は“軍がいかに市民にとって大切な役割を果たしているか”を調べてレポートを提出するという学校の課題のため。



「入れ」

兵士は固く不審の表情を変えないまま、二人を通した。

警戒している訳ではなく、単に職業的な慣習からそうした。


一種の宣撫として、時折学生に見学許可を出している事は知っている。

もちろん、申し訳程度の箇所を見学できるだけだが。

一時の許可を得た民間人など、時折施設に紛れ込んでくる小動物と同じ価値だ。

ふたりの顔が全く似ていない事も、上記の理由からこの見張りの興味を喚起しなかった。


兵士の前を通りすぎた後、二人が(特にの方が)密かに安堵の表情を浮かべた事など、当然気付く由もなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る