第15話「幕間③」

 *

 

「流石にあれは言い過ぎだ、鹿海」


「駄目ですか」


「駄目だろう。我々は常に中立の立場に居ねばならない。いくら寄橋紗煌が最低最悪の人間だったとしても――殺人を犯したという証拠を立証できない限り、何を言われても、我々からの暴力は許されない」


「言葉の暴力もですか」


「そうだ」


世知せちがらい世の中ですね――実際私も考えてみましたけれど、あの人は容疑者から一番遠い所に居ますね。直接会ったのも1週間前ですし、交友関係は長いというだけで、動機の面から恨んでいるという訳でもない」


「そうだ」


 分かったことは、苅生咲穂の周囲の環境は最悪だった、というれっきとした事実のみであった。


「警察としては、どう思うんですか。過去のいじめの主犯格に対して」


「どうとも思わん」


「酷いですね」


「そう取られても構わない。学校という組織単位の問題でもある。あそこは閉鎖的だからな」


「まあ、確かにそうですよね。学校側から発信しないと表沙汰にならないということはありそうです」


「ネットで検索でもしてみろ。いじめについて、いじめられた側、いじめた側、いじめられた側の関係者、傍観者が、好き放題言い合って阿鼻叫喚の様相を呈している。学校側――大きな教育機関単位としては、『いじめはなくさねばならない』と言うくらいしか、対策がないんだよ」


「そんなものですか」


「そんなものだ。罰則にも限界がある。ぶん殴って解決できるのは漫画の世界だけだ。加害者にも人権があるからな」


「加害者にも人権がある――ですか。いじめで自殺した子がいても、同じ台詞が言えますか」


「言えるな。人権を剥奪することはできない。だから加害者に対する復讐をすれば、それは犯罪になるのだから。法律上、それは当然のことだ。基本的人権の尊重、今じゃ小学校でも習うんだろう」


「そりゃそうですけれど。でも、それだけで解決できる問題じゃないでしょう」


「そうだな。ただし、それ以上の解決をするには、時間と金と人員が足りないと、俺は思う。ただでさえ、日本の教育業界を志す人間は減衰傾向にある。小学校教諭の試験など定員割れしているしな。1人にどこまで肩入れできるか――という問題でもあるのだ。学校にある問題は、それだけではないからな」


「どこまでも冷徹ですね」


「ああ。仕方のないことだ。多様性社会だからな」


 誰か1人に肩入れはできない――か。


 いくら手ですくおうとも、こぼれてしまう命もある。それは仕方ない。


 仕方ない、仕方ない、仕方ない。


 きっと苅生咲穂も、そんな風に「仕方ない」と言われて放っておかれた人間なのかもしれない。


 学校ではいじめに遭い、家庭では母親による精神的虐待、どこにも安息の場所が無いまま、大人になってしまった存在。


 そりゃゆがみもするだろうと、私は思ってしまった。


 恐らく警部は、それを私に認識させるために、わざわざ容疑者候補から遠い人物の所へと連れて行ったのだろう。


「自殺――という線は無いか?」


 しばらく私が黙ったのを見越してか、有珠来警部は言った。


「いや、それは無いでしょう。ベランダの鍵の謎が解けていません。それに自殺をするのなら、もう少し分かりやすい兆候のようなものがあるはずです」


「そうだな、その辺りは、次の4人目の容疑者――ベビーシッターの品留豆流の所で探ると良いだろう」


「良いだろうって……警察も調査はしたんじゃないんですか?」


「したが、事故性が高いので、そこまで深入りはしていない。それを、君に頼みたい」


「……分かりました」


 有珠来警部にそう言われれば、そうするしかない。


 この事件の4人目の容疑者、品留豆流の所へと、私達は向かった。




(続)

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