第14話「容疑者、寄橋紗煌」

 *


「仲は良かったですケド、特にこれと言って特徴が無いって言うか、普通の奴でしたね」


 3人目の容疑者――寄橋紗煌は、溜息を吐いてそう言った。


 笹坂さんのようにうれいを帯びたものではなく、至極鬱陶うっとうしいというような、どちらかというと負の感情の強いものであった。


 思い出したくない記憶を掘り起こされた時のように、彼女はそう言った。


「どうして続いているかって言えば、向こうが執着してきたからですし、定期的にご飯に行ったりしていましたケド、でも、正直私としては、さっさと縁の切りたい相手でした」


 実に嫌そうに、寄橋さんは言った。


 寄橋紗煌――事件より1週間前の日曜日に、被害者と接点を持っている人物。まあ、容疑性は薄いが、被害者と密接な関係のあった人物として名前が挙がっていた。正直、時間的にも動機的にも容疑は薄い寄橋さんだけれど、苅生咲穂という人物像を浮き彫りにするために必要だとして、急遽きゅうきょアポイントを取ってもらったのである。


「咲穂さんとは、どのようなご関係で」


「警察にも話しましたケド、中学時代の同級生で、まあ、私が子ですね」


 あっさりと、彼女はそう言った。


 罪悪感はなく、まるで誇るかのように。


 いじめ。


 主に学校内での暴力行為、暴言行為を総称してそう言う。


 多様性が認められるようになった世の中で最も増え、そして中高生の自殺の原因ともなっているのが、このいじめである。今まで別学級や特別措置などで配慮されてきたはぐれ者たちが、等しく平等に教育を受けなければならなくなったのだ。


 怨むべきは、多様性を認めた世界そのものというべきか。


 そうか、咲穂さんは、いじめられっ子だったのか。


「って言っても、別に過激じゃなかったですよ? 無視したり、教科書隠したり、あいつすぐ泣くから、何か面白くて」


 ああ――うん。いじめっ子の方はそうだろうな。


 なんか面白い。


 なんか楽しい。


 何となく。


 理由もない。


 ただ、楽しいから――そうする。


 加害者側にとって快楽でなければ、いじめはもう世の中から無くなっているだろう。


 結局、気持ち良いのだ。


 誰かを自分の思い通りにするのは。


 そして学校という包囲網の中では、暴力と暴言は、いじめという言葉に置き換えられる。


「まあ、警察にも色々聞かれましたケド、ちゃんと私、反省しているんですよ?」


「そうですか」


 適当に流した。


 そう、いじめた側は常にそう言うのだ。


 自分は反省したからこの件はもう終わり――と。


 傷付いた被害者の心のことなんて、誰も気にせず――明日になったら全てが零に戻っているなどと勘違いしている。そんな訳がない。思春期の咲穂さんは、恐らく家庭にも、学校にも、自分の居場所がなかったのではないのだろうか。それが結果として、今の――ゆがんだ教育的方針を持つ咲穂さんを作ってしまったのかもしれない。


 それこそ、推察でしかないけれど。


「何かあっちはシングルになっているみたいですケド、でもそれまで私の所為にされても――って感じはしますね。いじめたのは確かに悪いって思ってます。思ってますよ? でも、それを今にまで引きずるのって、ズルくないですか」


「ズルい?」

 

 復唱する。


 特に意味はない。


「昔何か嫌なことをされたってずっと主張し続けて、っていうことです」


「成程、では――あなたは今でも感じていたわけですか。苅生咲穂さんに対する、罪悪感を」


「…………まあ、どうして咲穂が、いつまでも私との縁を続けた理由わけも、分からないんですケド。そうですね。会うたびに申し訳ないって思ってましたよ」


 半ば投げやりに、寄橋さんは言った。


「分かります? 会うたび会うたびに不幸自慢されて、その発端は中学時代のあなたのいじめの所為、みたいに暗に言われるの、正直言ってきつかったですよ。でも、こっちに非がある訳ですから? 縁を切ろうにも切ることができなかったんです」


 不幸自慢――というのは、シングルマザーになったことだろうか。まあ、多様性多様性と口にする割には、離婚した女性をバツイチ子持ちと呼んで蔑称のように扱う文化は、ネット上にもいくつか残っているし――これからも無くなることはないだろう。


「実際に言われたんですか?」


「いいえ? でも、大変だ、そっちがうらやましい、みたいな話を良くされて、正直私も参っていました」


「ちなみに寄橋さん、ご結婚は」


「しています。高校時代からの付き合いで。だからこそ、より羨ましがられましたね。嫉妬って言うんですか? そういうの。こっちが安定した収入と生活を送っているからって、自分ばっかり不幸ぶって。だからぶっちゃけて言えば、せいせいしたって感じですね。死んでくれて」


「…………」


 学生時代のいじめの主犯格が言う台詞にしては、百点満点だった。


 ああ、そうか、こういう類の人種もいるのだ――と、再確認させられた。


 不幸になって死ねば良いのに。


 そう思うが、思うだけで心の中に留めた。


 褒めて欲しい。


 私の隣には、有珠来警部がいるけれど――彼は黙して語らず、な状態であった。


 思う所はあるのだろう。


 というか良く警察の人がいるのに、こうも赤裸々に話せてしまえるものだ。


 こんな主張も、多様性の世界では認められるのか。


 思っていたより、残酷な世界なのかも知れない――なんて、今さらか。


 他人の気持ちを考えられない、自分の幸せのみを追求し、それを当たり前のように手にしている人物。笹坂さんや苅生千秋さんがまだマシに思える。


「いじめは、具体的にどのように?」


「えー、私も正直覚えてないですね、内容は。ただ、校長先生に呼び出されたり、教育委員会の人が来たりしてめっちゃ怒られたのは覚えてます。あの時、面倒だったなあ」


 一切反省していなかった。


 どうもすみませんでした――と。


 呼吸するように、きっと彼女はクラスメイト前で言ったのだろう。


 簡単に想像がつく。


 こういう種類の人間は、一生、反省することはない。


 家庭、学校。


 それは、思春期、青年期を構成する人々にとって当たり前に安心が提供される場所であるはずである――のだが、苅生咲穂さんには、そのどちらも欠落していたのだ。


 これは思っていたよりも、深いのかもしれない。


 闇が。


「成程、良く分かりました。ちなみに当日は、何をされていましたか?」


「ええ、何ですかそれ。私、疑われているんですかあ?」


 そう言って、面倒くさそうに溜息を吐いた。


「そうですね。その日の日曜日は、夫と買い物に行っていたと思います。電車移動したので、その記録が残っていると思います。その辺は、警察に確認してもらいましたから」


「そうですか――すみませんね。別に疑っているという訳ではなく、私も、被害者のことを知りたいと思ったので。いじめを受けていた過去があったとなれば、そこに事件性が生まれる可能性も、あり得ますから。ただの確認です」


「そうですか。……あの、もう良いですか?」


 苛立った様子でそう言われたので、私は返した。


「ええ。あなたが犯人だったら良いのにと思いました」


 と。


 私は本心を述べた。




(続)

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