第13話「探偵活動」
*
私が行ったのは、主に現場周辺の家への聞き込みであった。
大後悔時代、ということも相まって、昭和や平成と比較しても、世の中は探偵に寛容になった――と言うのも、それまでは、探偵と聞けば、やれ「警察の邪魔をする集団」だの、やれ「世からはぐれた社会不適合者の集まり」などと言われていた時代があったのだ。
この時代に生まれて、そして探偵になって良かったと、心からそう思う。
まあ、探偵が多いということはつまり事件がそれだけ多いということに等しく、一概に喜ぶことはできないけれど。
結果として得られたものはどちらにせよ安寧なのだからどうでもいいと、私は思う。
大義とか、使命とか、そういうものは、探偵になるにあたっては要らなくなった。
それこそ、昭和期からの推理小説の並々ならぬ発展が、人々に間違った認識を与えているように思う。
探偵はこうあるべき、という固定観念。
私が幼少の頃は、まだ世に
その時の、いわば探偵暗黒期を抜け出すきっかけになったのが、ある一つの事件、というか、ある一人の探偵なのだが、――おっと、少し語り過ぎてしまったらしい。
これは次回作の伏線として投げておくことにしよう。
さて、現場周辺の聞き込みによって、事実がより明確になった。
何の事実かと言えばそれは、「被害者は自身の教育方針を、周囲に巧妙に隠していた」点である。
良い家族だとか、あの家がどうしてとか、そんな人知らないとか(これが圧倒的に多かった。令和っぽい、ドライでクールなご近所関係と言える)、それっぽい、何となくそれらしい一般家庭の普遍的な見方が述べられていたように思う。
しかし
聞けば近所で彼女がシングルマザーであることを知っている人もごくわずかで、どうやら相当な情報操作を行っていたようである。
言ってしまえば、犯罪者を育てていたようなものである。
これから――どうなるのだろう。
ふとそんなことを考えてしまった。
0歳の始くんはまだ良い。
ただ、3歳の秋音ちゃんはどうだろうか。
3年間、みっちりと犯罪者教育を詰め込まれたその闇の教育期間は、既に彼女に染み付いているのではないだろうか。
生来の――犯罪者として。
そして、その首謀者である母親、苅生咲穂は、既に死亡している。
救いようが、無いではないか。
いや――いやいや。
今考えるべきは、そういうことではない。
ベランダの不審な落下死。それについてを考えねばならない。
第一発見者を疑うのも定石っちゃ定石だけれど、まあ、その大学生が犯人――なんて線はあり得ないよな。
ここに来て新しい登場人物というのも、私としてはお腹一杯である。ここまでの情報だけで、犯人を推理できないだろうか――いや、それは早計か。まずは容疑者の話を聞いてからだろう。結局話を聞いてみなければ分からないものは分からないし、分かった気になることしかできない。それはどんな仕事でも同じだろう。思っていたのと違う、なんて、どこでもある話である。
思考を巡らせながら、自宅最寄り駅近くのスターバックスで
駅西口から家の方向に30秒程南下した位置にひっそりと店舗を構えており、いつも決まってこの時間には人が少ない。人混みはあまり得意ではないので、ありがたい。フェインは脳を活性化させる(嘘)。私にとっては、必須のアイテムである。
休息しないとか言いつつ、しちゃってるな、私。
まあ、最近は労働基準も厳しくなっている、過剰労働は厳禁なのだ――ただ、誰かの過剰で、この世の歯車が回っていることもまた事実だと私は思う。
例えば全員が一斉に労働基準法をきちんと守り、定時通りに帰宅し、誰も無理をせず、誰も無茶をせず、秒単位でスケジューリングがなされるようになったとすれば、世界はいずれ立ち行かなくなる。それは間違いない。
どこかの誰かの無理と無茶があって、世の中が回っているのだ。
それを痛感しながら飲む珈琲は、いつもより少し苦くて寂しい。
(続)
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