第12話「幕間②」

 *


「どうだった」


「分かりません」


「直接的な物言いだな。感心しない」


「分からないものは分からないんです。はっきり言った方が良いでしょ。探偵が万能なのは小説の世界だけですよ。まあただ、あの苅生千秋が、苅生咲穂の『現在いま』に関わっていることは言うまでもないですね」


「それこそ、いちいち指摘するまでもない。子が親の影響を受けるのは、当然だ」


「…………」


 あっさりと言ってくれる。


 それが問題で「親ガチャ」「子ガチャ」などという言葉が世を跋扈ばっこしているというのに。


「親が親なら子も子――という言葉をここまで体現した人だとは思いませんでしたよ……特に自分の非を認めようとしないところは――恐らくそっくりだったのでしょうね」


「まるで見てきたように言う」


「推察ですよ。それにしても、ちょっと興味もありますよね」


「興味? 何にだ」


「苅生咲穂が『現在』に至るまで、つまり――犯罪行為助長親になるまでの過程に、少々興味はある――という意味です。多分、苅生家の環境だけではない、と私は思います」


「それは、君の勘か」


「勘というより、経験則に基づいた、希少的かつ希望的観測です」


「それを勘という。しかし――まあ、そうだな。気にはなる所ではあるが――それこそ、何でもあるのじゃないか」


「何でもある、ですか」


「そうだ。今の世は、情報が錯綜し交錯し交雑し錯雑している時代だ。例えば先月逮捕した女性は、だった。SNSで『人懐っこい野良猫が可愛い動作をする動画』を見つけると、その地まで赴き、虐の限りを尽くすのだそうだ。転じて一つの『可愛い』動画や画像でも、解釈する側にとってはいくらでも解釈が可能ということだ――そしてその媒体がもう無限大に近くあるのだったら、何に影響を受けたか、何の所為でそうなったか――それを特定することは難しいだろう」


「……一利ありますね。影響元を特定したところで、被害者が変わるわけではないですし」


 それに苅生咲穂は、既に亡くなっているのだ。死人は朽ち無しという。


 いや、口無し、だったか。


「そうおっしゃるということは、有珠来警部、警察でも、その影響の特定は難しいと?」


「目下特定中、とだけ言っておこう。大概はスマホの履歴や交友関係から洗い出せるが、今のところその形跡はない」


「どこか変な新興宗教に所属しているとか、そういうことはないんですね」


「そうだ。ちなみに保険金の面も調べたが、受け取り人は子供たちになっていた」


 少し安心した。ここで宗教問題となると、また面倒なことは発生する。宗教二世。新興宗教がおしなべて平等に異常かと言われればそうではないと分かってはいるが――誤解を恐れずに言えば、その言葉が示す意図は、あまりよろしくない。それは、で、十二分に痛感している。


 まあ、毒親(もう一般に膾炙かいしゃしているので普通に使うことにする)が毒親になる過程など、見ても良いものでもないだろう。


「犯行動機としては――孫、という強い存在がありますよね。孫を守りたい、あるいは孫を庇護ひごしたい、欲しい、独占したい。それ故の殺人だったという点です」


「守りたい、庇護したいはともかく、欲しい――はないだろう。事実孫――2人の子供は、苅生家の遠縁の親戚が保護している」


「あー、まあ確かにそうですね。保護、ですか。一応ですけれど、そこに千秋さんが頻繁に来訪していたりはしますか」


「しない。他県だからな。一度だけ顔を見せたけれど、後はその親戚に任せているそうだ。一応、そちらの警察にも通達しパトロールに組み込ませたが、姿を見せることはなかった。まあ、先程のやり取りを見る限り、不服はあるらしいがな」


「…………」


 殺害の理由としては弱い――か。


 話を聞く限り、苅生千秋が執着しているのは、孫たちではなく――終始娘の方だったように感じる。娘を適切に育てることのできなかった自分を、娘への敵愾心で隠している、というような。


「現場証拠の方はどうなんです、例の監視カメラとか」


「ああ、確かに前日、廊下に苅生千秋の姿が確認されている。その後、次の日――事件当日の朝にゴミ出しをする被害者の姿が確認されているから、少なくとも前日からベランダに監禁されていた、とかそういうことはないな、少なくとも」


「何か仕掛けを作っておくという線は、もう潰れています? ベランダの鍵に細工をしていたとか、落下しやすいように何か工作していたとか」


「今の時点では、その線は無い。一応現場にも捜査は入ったが、そのような痕跡は無かったよ」


「そうですか」


「で、どうなんだ」


「結論を急がないで下さい。私はそんなに頭の回転の速い探偵じゃないですよ。ただ、思考を並べて、正しいものを選ぶってだけで」


「何を言っているのか分からないな。要するに、まだ分からないということか」


「そうですね。今の時点では、結論は出しかねます。あと2人の容疑者についての話を聞くまでは」


「……そうだな」


「ベビーシッターでしたっけ」


「そうだ。平日パート中に、始くんの面倒と家事を担当している」


「始くんって、0歳でしたっけ」


「そうだ」


「何か月ですか」


「7カ月、と聞いている」


 産んで1年も経っていないのに仕事に身をやつさなければならないとは、恨むべくはシングルマザーへの支援の足りない自治体に住んでいること、か。その要件なら生活保護など受給できそうな気もするが、どうなのだろう。何かしらの助成金があるはずだ、多分。


「だが、それよりも先にアポイントが入った。明後日の夕方に、寄橋紗煌氏の事情聴取を行う」


「寄橋さん――というと」


 確か、中学時代の同級生、だったか。大人になってもそういう人々と繋がっているのは凄いと思う。私なんて、ほとんどの人と縁を切ってしまった。


「成程分かりました。では、また明後日」


「おう、今日はお疲れ様」


 そう言って私達は別れた。


 さて――寄橋さんの事情聴取が始まる前に、私も私で、独自調査と洒落しゃれ込もう。


 探偵に休息はないのである。




(続)

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